第100話『追想 肆』
『悪霊』による人的被害報告は、日に日にその数を増やした。
やがて日本全域で、その危険性及び対処が叫ばれるようになった時、名乗りを上げたのが、経済的な有力者たちの自衛組織『北斗』。
彼らは『式神』と呼ばれる兵装を用い―――――悪霊を祓う。
そして、僕も。
最初はただ楓に付き合っていただけだった。
霊力操作、それに付随する肉体の強化術を、与一やカリン、そして『北斗』から学んだ。
僕自身、元々荒事は避けたい性分で悪霊との戦闘に身を投じるつもりなんて、さらさらなかった。
しかし、……楓は違った。
彼女は人が変わったかのように、霊力の修練に打ち込み、自ら望んで『式神』を手にした。
やがて。
僕も楓も、夜の街を駆けることが日常になったとき。
そんな中で、僕は一つの事実に気付いた。
―――――僕には、どうやら。
『才能』とやらが、あるらしい。
[10月1日 新都クオリディアエステート屋上 23:43]
「秋人!! 左方!!!」
カリンの声を背後で受け、視界に対象の姿を捉える。
―――――人型の悪霊。
それが、目測で三。
新都の夜の闇へと、溶け込んでゆくのが見えた。
両腕は鎌のように鋭利に変形し、人体の動きを踏襲しているが故に運動能力も高い。
決してリーチが短いわけじゃないカリンの式神躁演を回避し、逃走を図っていることを考えると、確実に間合いに入れなければ……。
最上階まで追い詰めておいて、祓えなかった、ではすまされない。
アレを野放しにしておけば、更なる一般人の被害が拡大するのは明確。
「っ―――――!!」
霊力を全身に充填させ、跳躍。
転瞬、僕の視界全面に広がる、―――――新都の夜景。
十月の夜風が全身を包み、やがて自由落下の最中にその身を任せる。
夜間の空中という、考え得る限り最も悪条件下での三次元運動の制御。
眼球と三半規管を無理矢理霊力で固め、対象を視認。
対象の三体はビルの壁面スレスレを降下中―――――。
「……!」
―――――霊力装填。
手に持った日本刀、そして両の足に霊力を注ぎ込む。
試作品だろうが何だろうが、……使わせて貰う。
跳躍先の座標を、重力加速度及び落下速度込みで演算。
発現事象発動―――――『加速』。
大気を全身が裂き、人体の運動が知覚の限界を超えた時。
僕の目の前に現れるは、背中を向けた悪霊の姿。
誰が見ても分かるほどの、必中の間合い。
―――――一体目。
霊力を瞬間的に日本刀に込め、下段からの袈裟斬り。
空中で霧散する生体光子を横目に、僕のすぐ隣に一体。
下方には僕の先を落下するもう一体の悪霊。
地上まで数十メートル。
考えている暇は無かった。
「―――――!」
隣の悪霊を蹴り、発現事象発動―――――。
落下している悪霊よりも先に地上へ……!!
発現事象による急減速を逆手にとった、地面への着地。
相殺しきれないエネルギー量が全身に襲いかかるが、気合いで目線を上部へと移す。
僕のすぐ直上、最後の一体が落下してくる―――――。
もはや、刀を振る必要も無かった。
ただ落下してくる悪霊に剣線を合わせ、そして。
『縺ゥ縺?@縺ヲ?』
眼前の悪霊は、何が起こったか理解する間もなく。
日本刀の剣先に突き刺さり、形象崩壊―――――。
霊力の残滓を新都の大気に残し、夜光を乱反射させていた。
***
対象の悪霊を祓い数刻――――――。
眼前のビルからカリンが降りてくるのを一人で待っていた。
やがて、例の大鎌を背負いながら早足でこちらへと向かってくる一中の冬服姿。
眉間にしわを寄せ、小鼻を膨らませているけど……。
え、怒ってる?
なんで?
悪霊は祓ったはずなのに……。
何か走ってきてない……?
「……おらあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「おぶぅ!!」
カリンは僕の姿を見るなり、全力で助走をつけ、お手本のようなドロップキックをかました。
カリンの足蹴は腰部にクリーンヒットし、ずざーとコンクリに転がる僕。
対照的に、華麗に着地を決めるカリン。
「五十階よ!? 普通飛び降りる!!?
何アンタ馬鹿なの!!?」
「……?」
ズビシィっ!とこちらを指さしながら、いきなりものすごい剣幕で話し出すカリン。
別に、五十階建ても何も……。
「発現事象を発動させればいいかな、と思って……」
「それ!! 昨日今日形になったばかりの試作品の性能を、普通そこまで信じる!!?
どういう神経してんの!!」
……と、言われてもなぁ。
――――――陰陽師の使う、『式神』。
曹純さんは、『式神』の持ちうる不思議な能力のことを『発現事象』と呼んでいた。
『北斗』に技術提供をしていたのは、陰陽師と呼ばれる人たちだった。
僕も、実際に会うまで信じられなかった。
現代の日本に、そんな人たちが存在しているなんて。
しかし、―――――実際に僕は見た。
『式神』による奇跡を。
霊力を用いた、流麗な戦技を。
それは、思わず息を呑んでしまうほどに、幻想的で現実離れしている――――――。
「ったく……。
で、実際どうだった? その式神」
カリンの指さす先、そこにあるのは僕の握っている日本刀。
「まぁ、なんとなく……理解はできたかな。
使用に関しても、その肌感は分かった感じ。
……僕は、あんまり好きじゃないかも」
すると、先ほどのように、カリンの眉間にしわが寄る。
「アタシ、全然使いこなせなかったんだけど……?」
「え……と、ははは……」
そんなことを言われても、理解できてしまったのだから仕方がない。
大体、カリンは発現事象になんて頼らなくても膂力だけで十分戦闘になるからいいじゃないか―――――と言ったところで、カリンの怒りが収まるとは思えないから最初から言わない。
二か月も共に修練をし、悪霊を祓っていれば、夏鈴がどのような性格かさすがに掴めている。
『北斗』により、現在進行形で進められている人工的な式神の開発。
陰陽師の使用する『式神』。
その能力を再現するために日夜研究が行われている。
『悪霊』に対抗する力を、時と場所、人を選ばずに実践レベルで扱うことを目標としているが故の―――――『人造式神』。
「――――発現事象『加速』。
動きが直線的だから、そこを突かれたら……痛いと思う」
手に持った日本刀を軽く一振りし、カリンに渡した。
「まずは、持ち運びの部分を何とかしてほしいけどね。
アタシの得物、コレだし」
確かに、カリンの抱えている大鎌はとてもじゃないけど、持ち運びにいいとは言えない。
発現事象『加速』の件を含め、打診しておく必要があるだろう。
「しっかし、今日も多いわね」
「……」
悪霊の現界には、その場所の磁場が大きくかかわっているらしい。
夜の街へと悪霊を祓いに出るようになって少し時間が経ったが、悪霊の数、そして被害件数は日々増加している現状――――――。
状況は芳しくない。
「本当に、いるのかな」
「……いるんじゃないの?
知らない、アタシ見たことないし」
カリンは先ほど手渡した日本刀を僕に放り投げ―――――、踵を返す。
―――――新都では、同一の悪霊によるものと思われる遺体が発見されていた。
見つかった遺体に共通していることは、『上半身が激しく損壊している』ことと『有り得ないほど巨大な咬み跡』があること。
『北斗』は、対象の未確認悪霊を『咬食』と呼称し、その行方を追っていた。




