第99話『追想 参』
「あの、それ……」
僕は、失礼かとも思いながら、少女をゆっくりと指さした。
「―――――?
……あぁ、これね。
アルビノ。
そして、これは鎌」
「……」
手に持った鎌を、僕に見えやすいようにずいっと前に差し出しながら、それだけで会話を済ませてしまう少女。
いや、それはもちろんそうなんだけど……。
それは見れば分かることであって……、僕が聞いているのはもっとこう……詳しい説明というか。
あわよくばこの状況についても聞きたいんだけど。
聞いたところでまともな返答が返ってこないかもしれないな……、と会話の続きを躊躇っているその最中。
「おい、カリン!!」
少女の背後から現れる一人の学ラン姿―――――。
利発そうな雰囲気を携え、前髪を上げている。
歳は多分僕と同じか、ちょっと上か。
「あっ、与一。
コイツら、視える側だよ」
突如現れた学ランの青年は、電柱にもたれかかっている僕と、へたり込んでいる楓を見て状況を理解したらしく―――――。
「……まずは、介抱。
あと、この人達は多分お前よりも年上。「お前」呼びは止めろ」
「与一だって、私のこと「お前」って言ってんじゃん……」
女の子はぶつくさ言いながらも、楓の方へと手を引き、無理矢理に起き上がらせている。
「君も、大丈夫?
歩ける?」
「あ……はい、何とか……」
痛みのピークは去ったものの、痛みは現在進行形で僕の体中を暴れ回っている。
その旨を学ラン君(仮称)に伝えると、「とりあえず、移動しよう」と肩を貸してくれた。
「これからは、奴らの時間だ」
奴ら……。
学ラン君の視線の先―――――。
既に昼間の残光を僅かに残しただけの、藍色の空。
夜が、すぐそこまで迫っていた。
***
「とりあえず、ここなら大丈夫」
そう言いながら僕と楓が通されたのは、簡素な住宅街に突如現れた西洋造りの建物。
その建物の中の―――――一室。
学校の教室くらいはありそうな広さに、床は土足で踏むのも躊躇われるような高級そうな絨毯が敷かれている。
壁際にはこれまた見たことのない調度品が置かれていて、思わず萎縮してしまうほどの内装。
「……僕達、場違い?」
すると、僕の言葉を聞き、それまでずっと真剣な表情をしていた学ラン君が表情を崩して笑みを浮かべた。
「……そんなことない。
自由にくつろいでくれて構わない」
くつろぐって言ったって……。
「……」
楓はさっきからずっとキョロキョロしているし……。
「よっ! ほっ! おりゃあ!!!」
鎌を持ったあの子は、素振りを始めているし……。
「まぁ……、とりあえず怪我の具合を見るよ、背中をかしてくれ」
「……」
思考を既に放棄しかけていた僕は、学ラン君に言われるがまま、背中を向ける。
転瞬。
背中に手が置かれる感触と共に、僕の体を包む温かさ。
僅かに僕の体が発光している……ような気がする。
霊から漂っていた、あの光にすごく似ているのは気のせいだろうか。
「骨は、―――――大丈夫。
ちょっと筋に傷はついているけれど……、これなら自然治癒で何とかなるレベル。
……なんだ、霊力でちゃんと防御してたのか」
「……?」
―――――全身を覆っていた温かさが、消える。
「紹介が遅れた、俺は日比谷与一。
新都立第一高校の一年。
……おい、お前も」
大鎌を縦横無尽に振り回している少女に、ジト目を向ける日比谷さん。
すると、少女は溜め息をつきながら、これまためんどくさそうに「新都立第一中学校1-Aの夏鈴ちゃんでーす」と答えた。
……そして、また素振りに戻った。
どんだけめんどくさいんだ……。
でも、あの子の制服。
どこかで見たことあると思ったけど、一中の……。
「君たちは?」
「僕は、西中三年の支倉秋人です。
それで、こちらは……」
「……服部楓、です」
僅かに頭を傾け、礼をする楓。
人見知りするようなタイプではないが、それでもこの急激な状況の変化について来れていないような、そんな感じがした。
「君たちは、『調整』を?」
僕と楓は静かに首肯する。
確信は無かった。
だけど、そうだろうな、と思っていた。
あの化け物。
それが『調整』に端を発するものであると。
「君たちの見たアレ―――――、俺らは『悪霊』と呼んでいる」
「『悪霊』……」
「……視えるのは、良い霊だけじゃないってこと」
いつの間にか、素振りを止めて俺らの輪の中に入っている、夏鈴……さん。
それに頷き、日比谷さんが言葉を続ける。
「悪霊は、悪霊を認識した者を襲う習性がある」
僕は、先ほどの光景を思い出す。
悲鳴を上げた楓に対し、悪霊はそれを認識して襲ってきた、ということか。
「よくある心霊系の話と同じ。
下手に霊に話しかけると、ろくなことにならないってことだね」
「そう、なんですか……。
……でも。
そんな危険な奴らが、そこら辺を闊歩しているなんて……」
「―――――気付いている人は、もうとっくに気付いている」
「そして……、コレを造った」と、夏鈴さんは背中に担いでいる大鎌を、肩を支点にして一回転させた。
「それって……、一体……?」
「対悪霊特化型霊力付与殲滅兵器」
えっと……。
対悪霊……、何?
「……カリン、その説明じゃ伝わらないだろ。
これは、悪霊を『祓う』ための兵装。
昔から日本に存在する陰陽師になぞらえて、『式神』と命名したものだ」
―――――陰陽師。
それ以上に、僕が気になったのは「昔から日本に存在する」という言い回し。
かつての日本には官職としての『陰陽師』は存在していた、らしい。
しかし、現代の日本に現存するという話は聞いたことがない。
「日比谷さん、夏鈴……さん」
「呼ぶならカリンで。
さん付けとか、一番嫌いなの」
「俺も、与一でいい。君とそんなに歳も変わらないしね」
「……!」
食い気味な二人の返答に面食らってしまった。
与一……はともかく夏鈴さん……、いやカリンは見るからに不機嫌さマックスの表情を浮かべている。
「さっきの『悪霊』の話といい、『式神』……?といい、カリンと与一は……一体何者?」
そう。
有耶無耶になっていたけれど、最も僕が気になっていたのはそ、もそもの二人の素性。
何でそんなことを知っているのか、どうして『悪霊』に対抗しうる手段を有しているのか―――――――。
つまるところ、眼前の二人のような一般人は存在しないだろう。
僕達の常識の外にいるのは明らか。
与一は一瞬、表情を陰らせ答えるのを躊躇うような素振りを見せたが、やがて静かに口を開いた。
「俺らは、『悪霊』から身を守るための術を研究している自衛組織、組織の名は―――――『北斗』」
「自衛、組織……」
「……と言うと聞こえは良いけど、日本全国の金持ちが出資しあって、我が身可愛さに身を守ろうとしている集まりの一員ね」
カリンの補足に、与一の目の色が変わった。
「カリン……!
身も蓋もないことを言うな!!」
「だってそうじゃん。
アタシの家は製薬会社。
与一の家だって、新都の地主」
あくまでもカリンはただただつまらなそうに、淡々とそれらの事実を口にする。
でも……、なるほど。
与一には申し訳ないけど、正直二人を取り巻く環境は納得できた。
見たことないほどに絢爛なこの家も。
当たり前だけど、そこに住まうことのできる理由があってのもの。
「―――――これは、これからの日本にとって必要なことなんだよ」
「バカ親父達の保身に付き合わされて、アンタも大変ね」
一人納得している僕をよそに、与一とカリンは―――――一触即発。
額に青筋を浮かべているカリンが、今まさに与一の胸ぐらを掴もうとした、その時。
「―――――私も、それ使える?」
二人の間に走る緊張を、すんでのところで止めたのは―――――カリンの大鎌を指さす楓だった。
予想だにしない横槍に、カリンはその矛先を変える。
「ずっと黙ってて、急に何?
……あんなに腰抜かしていたアンタが、闘えるわけ―――――」
そこで、カリンは言葉を止めた。
「……それ、使える?」
「……!」
二度目の問い。
楓の声音から感じる、圧。
「楓……」
そして、その場にいた中で、多分……僕だけが。
楓の瞳に写る、あの輝きに気付いていた。