第96話『追想 零』
[7月16日(火) 清桜会新都支部4F 科学解析部技術開発班 1:06]
「いったた……」
ずっと同じ体勢でいたが故に、肩が鉛のように重い。
時間も忘れて没頭していたために、時間の感覚が無くなっていた。
普段であれば泊まり込みなんて日常茶飯事である部署だが、今日は例外。
僕以外に残っている者はいないようだった。
そう言えば、誰かに帰宅する旨を伝えられた、ような気もするけど……。
覚えていない。
「……一時」
壁に掛かった時計で時間を確認し、既に冷えてしまったコーヒーで喉を潤す。
そのまま僕は白衣を着て、様々なものが散らかっている乱雑な自身のデスクを後にした。
全身が痛い……。
デスクワークの弊害、だな。
煌々と電灯のついた本部の廊下を歩き、エレベーターに乗り、そして向かう先は―――――屋上。
僕以外、誰もいないだだっ広い空間。
ましてや、霊災以降中央区で機能している建物なんてこの清桜会本部ぐらいなものであるため、人工的な光はほぼ皆無に等しい。
星や月明かりと言った自然光だけが、辺りを照らしていた。
「~~~……」
思いっきり伸びをすると、体に蓄積された疲労が滲み出てくるようで、少しだけ心地よかった。
―――――楓の残した、最後の式神。
新都の至る所に人工的に組まれた儀式用の霊場。
大気中の生体光子を永続的に供給し、それを式神の起動及び発動に転化する、名もなき式神。
その解析が、先ほど終了した。
解析に約三ヶ月の期間を有してしまったが、それに見合うモノだった。
結果から言う。
この式神の機構及び術式は、これからの陰陽師の常識を変える。
これまで術者の霊力に依存していた式神を用いての戦闘は、周囲の生体光子という新たな選択肢を得た。
故に、「一術者一式神」というこれまでの原則が壊れ、式神の同時併用を実践レベルで行うことが可能となる。
発現事象の複雑化、それによる戦術の拡大―――――。
加えて、来栖まゆりに端を発する、『制御破壊』。
様々な改革が行われるのは、想像に難くない。
「本部付きの大出世だったろうに……」
正しい手続きを経て世に出ていたら、の話である。
役職だけには飽き足らず、後世に名を轟かす術者になっていたのかもしれない。
しかし、そんな未来は来なかった。
楓が残したモノは。
この眼下の景色と、汚名のみ。
楓は「新型」としての名声よりも、「旧型」としての進化を選んだ。
「……」
―――――一体何が、楓をそこまで駆り立てたのか。
知っていた。
本当は、気付いていた。
彼女を構成する歪みに。
気付いていて、見ない振りをしていた。
僕は、一組織の長としての責任よりも、私情を優先した―――――。
「……」
体の力を抜き、屋上のフェンスに寄っかかった。
蒸し暑い外気。
陽光で焼けたコンクリートの匂い。
―――――屋上にいると、どうしても思い出す。
懐かしい、君の声を―――――。




