「桜、咲いたんだね、はるくん」
バス停に向かう途中で、さくらに持たされたゴミ袋をアパートのゴミ捨て場に置く。
もはやすっかり専業主婦と通勤途中の旦那の光景になってしまっていることに、げっそりと生気が削がれる気分になる。
こうして誰も気づいてくれないまま、俺は呪い殺されるのか。
半端ない絶望感で溜め息が出る。
近くの駐車場の桜の花が目に入った。
そのずっと向こうに見えるコンビニは、まだ閉まったままらしい。
事情は知らんが、このまま店じまいするんじゃないかなと陽真は推測した。
さくらを避けて弁当を買うとしたら、あの位置にコンビニがあるのは便利なんだが仕方がない。
ゴミ捨て場の銀色の蓋に手をつき、もういちど溜め息を吐く。
ややしてから、のろのろと金網の扉を閉めた。
このさい霊能力者でも頼んだ方がいいんだろうか。
どうやって探すんだ。ネット検索でいいのか。この前、ユーチューブの悪霊退散の祝詞を唱える動画をさくらの前で再生してみたが、まったく効果はなかった。
「はるくん、お弁当」
背後から毎日イヤというほど聞いてるソプラノの声がする。
陽真は驚いて勢いよく振り向いた。
ゴミ置き場の金網に、ギシッと音がするほど背中を強く押しつける。
青いハンカチに包んだ弁当箱を手に、さくらが立っていた。
「忘れて行ったでしょ」
わざと置いて行った。陽真は脳内でそう答えた。
外まで追いかけて来るとか。こいつ部屋に憑いた霊って訳じゃないのか。
足元から鳥肌が立つ。
「……要らない」
「どうして? お昼、外食じゃ栄養かたよっちゃうよ? はるくん」
さくらが小首をかしげる。
「お前、頼むから成仏し……!」
「あ、桜」
さくらが駐車場の桜の樹に目を移す。笑顔で花びらが舞う様子を見つめた。
「桜、咲いたんだね、はるくん」
一日二日前から満開だったと思うが。外に出られる割にはこいつ知らなかったのかと陽真は思った。
どんな原理なんだ。
さくらは、じっと桜の樹を見つめていた。
一瞬だけ姿が薄くなったように感じたが、確認しようとしたら元に戻った。
気のせいかと思う。
しばらく待ったが放心したようにいつまでも桜を見つめているので、陽真は無言で立ち去りバス停の方へと向かった。
会社のPCに向かい、必要な画像を取り出す。
桜並木の画像がいくつかあったせいか、陽真はバスに乗ってからのさくらの様子を思い出した。
バスが出発してすぐにアパートのゴミ捨て場が見えた。
そのとき、さくらはまだ満開の桜の樹を見ていた。
よほど桜の樹が珍しいのか。
それとも、桜の樹になにか未練があって成仏できないとか。
「立花」
陽真は自身と背中合わせの席にいる立花 弥生に話しかけた。
先ほどから立花はおどろおどろしいデザインのサイトを見てたが、伸びを始めた。
「例えばって感じで聞きたいんだけど」
「うん」
立花が振り向きもせずに返事をする。
「桜の樹をいつまでもじっと見てる幽霊がいたとしたら、何が未練で成仏できないんだと思う」
「桜の樹の下に自分の死体が埋まってるので見つけて欲しい」
立花が即答する。
秒での解答だったため、陽真はすぐに反応できずに「あ?」と聞き返した。
「ただのネタだから聞き返さないで。萎えるじゃん」
立花が頭を抱えてうつむく。
「同じ女としてはどんな心理?」
「その幽霊って女性って設定なの?」
「まあ」と陽真は返答する。
「なに? 彼女さんとの喧嘩の仲直りするネタでも探してる?」
立花の声に唐突にイライラする感じが含まれた。
「除霊の話だ。立花もうちに来て、さくらの姿見てないんだろ?」
立花がしばらく黙りこむ。
「変なこと言わないで。鳥肌立った」
そう言い自身の腕をこする。
「ほれみろ。俺の言ったこと分かったろ? あいつは幽霊で、俺が引っ越した次の日から居ついて家事全般やってる」
「たまたま奥にいただけでしょ? さくらさん」
そう言い、立花はPCの画面を変えた。
「お花見にでも連れて行って欲しいんじゃないの?」
「幽霊が?」
陽真はそう返した。
花見に未練でもあるんだろうか、あいつ。
花見のこと考えながら煮物作ってるときに死んだとか。
花見に誘ってくれた人間のパンツ洗おうとしたら殺されたとか。
花見中に皿洗おうとしてキャンプ地の方に行って猪に突撃されて死んだとか。
だから俺の部屋にきて家事ばっかやってんのかあいつ。
花見と家事のダブル未練か。迂闊だった。
「やっぱいい……」
相手は盛り塩も御札も効かない最強幽霊だ。周囲のド素人は頼れない。
陽真は、PCで「除霊」と検索した。




