「いやだから分かれ。幽霊ってことだろそれ」
「はるくん、具合は大丈夫ですかぁ?」
いつものように陽真はさくらの声で目が覚めた。
自分の寝たあたりに自然光が射し込んでるのに気づいて、朝なのかと認識する。
確か今日は休日だったはず。
平日は遅くまで社内にいる人もいるから、飲み会なんてできない。原稿の締め切り近くとなったらなおさらだ。
いちおう仮眠用の布団まで社内にあったりする。
寝返りを打とうとして、陽真は自身が寝かされた場所の固さに眉をよせた。
身体の上には毛布二枚と掛け布団がかけられているのだが、下は床だ。
もそもそと動いて、どこの床が確認する。
オフホワイト一色でよく分からんが、玄関と水回りを兼ねたエリアの床に似てる気がするようなしないような。
「はるくん、二日酔いとか大丈夫? お味噌汁つくったけど食べる?」
すぐ横に正座して、さくらが問う。
陽真はもそもそと寝返りを打ち、さくらの顔を見上げた。
「……二日酔いにはなったことないけど食う……」
「はるくん、二日酔いなったことないんだ」
さくらが身を屈めてこちらの顔を覗きこむ。
「今んとこ。酒に強い家系で」
答えながら、何をすんなり世話になっとんじゃと自分で思う。
ダメだ。
きっと呪いだ。
呪いの飯を日々食わされて、もはや魂がこいつの支配下になっているのか。
……休日の朝から深刻に考えるのも面倒くさい。
毛布二枚と掛け布団を退けて、頭を掻く。
何でここで寝てる事態になってるんだっけ。
「……俺、夕べ帰ってきて何した」
「ここで寝る、うるさいって言って寝ちゃったんだよ?」
さくらが答える。
「その前」
「会社の人がタクシーで連れてきてくれたの」
「誰」
「女の人ひとりと、男の人……二人くらい?」
誰だろ。
運ばれてる間に、夢うつつで同僚の三人の会話聞いてた聞いてた気がするが、そいつらだろうか。
「タクシー代、はるくんの財布からお返ししておいたからね」
さくらが、ぷんっと頬をふくらます。
まあ、そのくらいの出費はしょうがないかと思う。
本来なら会社に戻って仮眠用の布団で朝まで寝て始発のバスで帰るつもりでいたんだが、さくらから離れた安心感がすごすぎた。
というか。
「えっ……お前、俺の同僚としゃべったの?!」
「うちのはるくんがすみません、ありがとうございましたってご挨拶したよ?」
さくらがキッチンの方へ行く。味噌汁の鍋と思われるものを火にかけた。
勝手に同棲アピールされてんじゃねえか。
「うわ……」
何こいつ。俺の周囲に同棲と認識させて、外堀から埋めるとかそういうのか。
そして俺が地獄に連れ去られる頃には、誰もおかしいと思わず誰も助けてくれない。
俺がいなくなったことすら忘れて平和に笑いながら過ごしていく。
「何が目的だお前……俺に目をつけた理由は何だ……」
陽真は絶望して布団に突っ伏した。
「はるくん、お味噌汁食べるんじゃないの? もう一回寝るなら、お布団敷き直すからちゃんとお部屋で寝てね」
味噌汁の香りが漂った。
「彼女さん、さくらさんていうんだ」
休み明け。
タクシーで運んだ云々と話しかけてきた立花に、陽真はさくらのことを軽く説明した。
「だから彼女じゃないって何べん言えば。あれはあのアパートに憑いてる幽霊」
「あのアパート、事故物件なんですか?」
缶コーヒーを飲みながら立花が問う。
「……大家も不動産屋も、絶対に事故物件じゃないって言い張ってる。誰も死んでないって」
「ぅわお」
立花が変な声を出す。
「不動産屋の噂でありますよねえ。一ヵ月くらいバイトの人に住まわせて、告知しなくてもいいようにするって」
立花がゲラゲラと笑う。缶コーヒーを口にしながら別フロアの方を見た。
「住宅情報誌の人たちって、結構そういうウワサ聞いてそう。不動産屋の娘もいるし」
「いたな。確か」
陽真は相槌を打った。
「実際、お前ら俺のアパート来てさくらと話してんだろ? 変なのに気づかなかった? あいつ影ないし」
「ん……ていうか」
立花が缶コーヒーを飲む。
「うちら、さくらさんと顔合わせてないんだよねえ」
立花がそう答える。
陽真は目を見開いた。
「玄関のドア開いて女の人の声が聞こえたから、彼女さん玄関にいるんだと思って温崎さん渡そうとしたら、姿がなくて」
立花はそう話した。
「和室の方に布団敷きに行ったのかなと思って、置いて行って大丈夫ですか? って聞いたら、大丈夫です。ありがとうございましたって聞こえたから、あ、やっぱ奥にいるのかなって」
陽真は、すとんと椅子に座った。
「……何だそれ」
そうか。幽霊だからそういうのもあり得るのか。
さくらは他の人間に見えていない。
陽真はゾッとした。
「ちょっと顔見たかったなあと思ったけど、温崎さんのお世話大変だろうからしつこくいるのも悪いし」
立花が言う。
「……お前らにタクシー代渡したって言ってたけど」
「タクシーおいくらでしたかってさくらさんに聞かれたから、春日さんと梅田さんに確認しながら金額伝えて、温崎さんの方もう一回見たら、いつの間にかお金を手に持ってたっていうか」
立花が少々不可解そうに眉をひそめる。
「いつの間にって思いはしたんだけど、春日さんたちの方見てたときに横に人がいた気配あったし、そういや手渡された感触あったなみたいな?」
陽真は全身に鳥肌を立てた。
マジで霊現象じゃないのか、それ。
「上の空で受け取っちゃって失礼だったなと思ったけど。また奥に行っちゃったのか、声だけ聞こえてたから」
「いやだから分かれ。幽霊ってことだろそれ」
「んん?」と立花が宙を見上げる。
ダメだ。
もはや誰も助けてくれないパターンに突入してる。
陽真はげっそりとしてデスクのPCに向き直った。




