「結婚なんて勢いですよ」
婚姻届を出し、役所の建物を出る。
段差の少ない扇型の階段をさくらと降り、陽真は伸びをした。
とうとう結婚しちまったなと思うが、まだ実感はない。
「ディズニー柄のかわいい婚姻届、ちょっと使いたかったなあ」
さくらが軽く唇を尖らせる。
「恥ずかしすぎるだろ。バカップルみたいで」
陽真は顔をしかめた。
「うん」と返事をしたものの、さくらはまだ少しディズニー柄に未練があるようだった。
「……あとでダウンロードしたやつに名前書いてやるから、保存版にしとけ」
さくらがこちらを見上げる。
「やっぱりはるくんって優しいね」
そう言いにっこりと笑う。
優しくした覚えは一回もないんだけどな。本当に何が気に入ったんだか。
横を一組の男女が通りすぎる。
同じように婚姻届を出してきたカップルだろうか。
男性が、先ほどの陽真と同じように伸びをする。
手の先が陽真に触れそうになった。
「あ、すみません」
男性がそう言い、手を引っこめる。
「いえ」
返事をして男性の顔を見る。
統真だった。
「は?!」
統真が大きく目を見開く。
「陽真?!」
かたわらには、晴峯 桃香がいた。いやもう温崎 桃香なのか。
「何してるお前?!」
統真が晴峯を後ろに庇いつつ声を上げる。
「お前が抜け駆けしてさっさと結婚したって清水から聞いたから、こっちも速攻で結婚話進めたんだろが」
陽真はそう告げた。
「清水は、お前が親父の本心知って抜け駆けしたって言ってたけど?」
統真が目を眇める。
「ウソつくなよ、愚弟」
統真が威嚇するように顔を近づける。
「てめえにつくウソいちいち考えてるほど暇じゃねえよ」
陽真は、グッと額を押し返した。
「清水と組んでなに企んでやがる」
「スパイやるやつに言われる筋合いはねえ」
晴峯が統真のうしろで顔をかたむけた。
こちらがうしろに庇ったさくらの方を見たようだった。
晴峯が、そそっとさくらの方に進み出る。
「さくらさんですね。桃香と申します」
晴峯がこっちの空気も読まずにさくらに挨拶を始める。
「あっ、はい。さくらと申します」
さくらがお辞儀をする。
「こっち無視して和んでんじゃねえ!」
「桃香ちゃん、いまは馬鹿な弟が危ないから、さくらさんとは後で話して」
統真が晴峯の両肩をつかんで陽真から引き離す。
「危ないのはてめえだ、統真。さくらにまでおかしなスパイ活動しかけんなよ、こら」
「お前こそ清水の野郎と組んで、桃香を危険にさらしやがったら殺すぞ」
統真と睨み合う。
「てめえ、とっくに結婚したんじゃなかったのか。親父の本心知ってさっさと婚姻届け出しに行ったって清水から聞いたぞ」
「それはこっちのセリフだ」
統真が睨みつける。
すぐ横に黒い乗用車が止まった。
ドアが開き、細身の壮年の男が降りてくる。
「お二人とも、ご結婚おめでとうございます」
清水だ。
いつもながらきっちりと黒いスーツを着こなし、シレッとした顔で祝いの言葉を告げた。
「清水てめえ! ハメやがったな!」
「両方に同じこと言いやがったな、てめえ!」
兄弟二人でそろって声を上げる。
「嵌めたのは否定しませんが、お二人とも婚姻届けを出す日時まで同じとは」
清水がククッと笑う。
「気が合いますねえ」
「合うわけねえだろ!」
陽真と統真はそろって声を張った。
「俺らで遊んでんのかてめえ!」
統真がさらに声を上げる。
「そんなつもりはありませんよ。統真さんは余計な憶測で二の足を踏んでいらっしゃるし、陽真さんはいつまでもグダグダとはっきりなさらないし、背中を押して差し上げたんじゃないですか」
クスクスと清水が笑う。
「結婚なんて勢いですよ」
「……だから生涯独身選んだやつが言うなって」
陽真はげんなりと眉をよせた。
「お父さまからの伝言です」
清水が構わず切り出す。
「 “まずは結婚おめでとう。どちらが継ぐかは、さっさと話し合って決めなさい” 」
「統真に決まってんだろ」
「いや陽真、お前継ぐよな」
兄弟で睨み合う。
「 “わたしとしては権限分担で二人取締役という線も考えているので、その際には二人とも社会で一社員として身につけたスキルを活かしてくれるよう” 」
「活かすか、ばーかと伝えとけ」
「以下同文だ。誰がやるかと伝えろ」
兄弟二人で清水に告げる。
「お二人のその負けん気の強さと根性のあるところは、わたしはカリスマ経営者の素質があると思いますよ」
清水がクスクスと笑う。
「では」
清水が一礼する。運転手が社用車のドアを開け、清水は乗りこんだ。
「何が二人取締役だ。こっちの努力をきれいさっぱり無駄にするようなこと考えつきやがって」
清水の乗った車を見送りながら統真がぼやく。
「まったくだ」
「くそ親父と清水のくだんねえ策なんか阻止するぞ。気を抜くなよ、陽真」
「お前もな」
陽真は、さくらの手を引いた。
「帰るぞ」
「うん」とさくらが返事をし、晴峯に手を振る。
晴峯が、統真に肩を抱かれながら手を振った。
「今日、お味噌汁なに入れる?」
さくらがそう尋ねる。
「大根。あと油揚げ」
「あ、お塩買って帰んなきゃ」
さくらがバッグの中の財布を確認する。
役所をぐるりと囲む桜の樹が風で揺れた。
終
I hope to see you again somewhere around the world.
最後までお読みいただきありがとうございました。




