幽霊で現れて家事やるのは血筋かよ。
さくらがアパートの部屋に幽霊のような形で突然あらわれたのは、まだ寒い時期だった。
厚手のパステルピンクのセーターを着ていて、当然その服装はいつも変わらなかった。
着けていたエプロンだけはどこから湧いて出たものなのか謎だが、あとで生身になったときにも同じものを持ってきていた。
生きていたのだと分かったのは、桜の花が散ってすっかり葉桜になったころ。
いまは梅雨も終わりそうだ。
さくらの父親に短い連絡をして、陽真は通話を切った。
「はるくん、上着」
さくらがスーツの上着を両手で広げる。
「ああ……」
スマホをちゃぶ台に置き、陽真は上着に袖を通した。
「昨日、親父さん何か言ってたか」
「はるくんが挨拶に来るからって言ったら、ああそうって」
「ああそ……」
同じ返事をしてしまったと内心思った。
挨拶といっても、なんとなく今さら感があるなと思う。
さくら親子にはもうどっぷり関わってるし、父親同士がいちど酒盛りまでしている。
「お前のお袋さんの墓参りにも今度行くから」
「うん」
さくらがにっこりと笑う。
「いつ亡くなったの」
「すごく小さいとき。だからあんまり顔覚えてなくて」
さくらが苦笑いする。
だから家事上手いのかこいつと思った。
「すごく小さいときって。ふつう何歳のときとか言わね?」
「一歳か二歳かな」
さくらが首をかしげる。
「てもそのあと何年か女の人が家の中にいて、家の中のことやってくれてたんだよね」
さくらが今度は逆の方に首をかしげる。
「大きくなってみたら、なんかあたしに似てるような似てないような?」
あははとさくらが笑う。
ぞわっと陽真は鳥肌を立てた。
それもしかして。
幽霊で現れて家事やるのは血筋かよ。
「なんかその女の人がいつだったか、“さくらちゃんのお婿さんは、あたしがすっごくいい人探したげるね”って言ってたような言ってないような」
さくらがさらに首をかしげる。
「……何か断片的にはいい話っぽい気がするんだけど、お前言ってたのか言ってないのかくらいはちゃんと覚えとけ」
陽真は顔を軽くしかめた。
「墓参りは今度の休みかな……」
陽真はつぶやいた。今ごろの季節だと、暑くならなけりゃいいが。
「ちなみに俺の母親は離婚してる。性格が派手なじゃじゃ馬だから、俺も統真も別に親近感もない。気にしなくていい」
袖口を軽く直す。
「慰謝料もらって完全に離れてるから、おかげで財産分与も俺と統真で折半だから前借りの計算が簡単だった」
そう話し、ネクタイを直す。
「いまなにやってるのかも分かんないの?」
「それは知ってる。派手な美肌のCMやってる企業あるだろ。女社長が出てくるやつ」
さくらが目を丸くする。
「あれが俺の母親。もともと喧嘩っ早いというか自立心旺盛な性格で、専業主婦に収まらなくて出てってああなった」
さくらが目を大きく見開いて、じっとこちらの顔を見る。
「ふあ……」
変な声で相槌を打った。
「はるくん、もしかして性格お母さん似?」
「……どういう意味だ」
陽真は顔をしかめた。
「……何ていうか」
さくらの実家のコンビニ中二階。
西側にさくらの寝室、北側に父親の寝室と水場が隣接したこじんまりとしたリビング。
陽真は正座してさくらの父親と向かい合っていた。
「何か今さらな気もするんですが……」
さくらの父親は、何となく拍子抜けしたような感じで正座をした。
「いちおうきちんとするべきかなと」
陽真は畳に手をついた。
「やっぱり御曹司さんてのはきちんと教育されてるというか古風というか……」
「……“陽真” で結構です」
陽真は軽く眉をよせた。
義理の息子になってもなおこの人は、一生御曹司さん呼びする気だろうか。
「ちなみに……さくらとはどこで出逢ったんですか。さくらの話聞いてもちんぷんかんぷんで」
「……さくらさんが、昏睡状態の最中に幽霊のような状態でとつぜん俺のアパートの部屋にいまして」
陽真は説明した。
さくらの父親がかなり困惑した表情をしているが、これ以外にないんだから仕方ないだろう。
「はるくん、幽霊じゃなくて生霊」
「ああ、生霊」
陽真は言い換えた。
「いろいろ家事をやってくれていたんですが、その後も眠った際にだけ俺のところに生霊として来ていて家事を」
さくらの父親が、さらに困惑した表情をする。
「だからお父さん、量子物理学で説明がつくと思うの」
さくらが正座したまま身を乗りだす。
さくらの父親が「あ、ああ……」と返事をした。
「あ、そうですか。生霊……量子物理学ね、ああ、はい」
無理やり納得したように作り笑いをする。
量子力学だの相対性理論だの言われると、とりあえず曖昧な返事をして逃げる。
親父さんはやっぱ一般的な人なんだなと陽真は思った。
「じゃ、えと」
「はるくん、頑張って」
さくらが横で意味がよく分からん応援をする。
陽真は、頭を下げた。
「娘さんからお聞きになったかと思いますが、私は実家の企業を継ぐつもりはなく、一介の会社員として今後も生活するつもりです。その点でお父さんにはご心配をかけるかとは思いますが、何があっても娘さんを食わせるつもりではいますので」
唐突に「コンビニと研究者で食わせてやる」と言ったさくらがのセリフが浮かんでしまったが、実際のところはそうもいかんだろう。
だが、実家の企業や財産をまったく当てにしているつもりもなさそうなさくらが、あのときはありがたい存在だと思ってしまった。
「娘さんをください」
「いえ、こっちこそ御曹司なんて育ちの方が本気でコンビニの娘を嫁にするとは」
さくらの父親がこちらより低く頭を下げる。
「……“陽真” で結構です」
頭を下げたままで陽真は答えた。
「娘をよろしくお願いします、御曹司さん」
さくらの父親が同じように頭を下げたままで答える。
陽真でいいと言ってるのに。何回言ったら呑み込むんだ。
マジで一生、あんたのとこの婿の呼び名は御曹司さんか。陽真は内心でそう返した。




