「結婚はしてやるから」
さくらが今日も泊まる様子だったので、統真のところに行く準備をする。
歯ブラシと下着は途中のコンビニで買ったが、歯みがき粉は統真のものを使ったらいちゃもんつけて来やがったので、今日はそっちも買って行くかと思う。
さくらが自主的に帰らない以上、自分が強引にさくらの実家に届けなきゃならんのだろうが、その際にややこしい説明をしなければならないと考えると、せめて休みの日にしてくれと思う。
「はるくん、今日もお泊まり?」
畳の上で正座したさくらが、さすがに申し訳なさそうに言う。
「はるくんの家なんだから、はるくんが出かけることないんだよ?」
「お前、何回同じこと言わせんの。こんなせまい部屋に生身の女の身体と布団がセットであったら、男は分からんの」
通勤カバンに替えの下着とシャツを詰める。
「ムラムラきたときだけ価値観が違うんだからな。ガバッといって、スッキリしたらハッやべえみたいなことが普通に起こるの。覚えとけ」
「うん」
さくらが真剣な顔で返事をする。
むしろ、真剣な顔なだけに分かってないだろって気がする。
「つか、そんなに悪がってるくらいなら帰れ。すぐそこなんだから」
陽真は顔をしかめた。
「でも、はるくんにプロポーズしたって言ったら、怒りだしたんだもん」
さくらがぷっと頬を膨らます。
「御曹司さんなんて、そこらのコンビニの娘と本気で結婚まで考えるわけないだろって。オーナーになってくださったのも商売上での損得もあってだって。それで勘違いするなって」
「結婚はしてやるから」
さくらが無言で目線を上げる。
……なに言った。俺いま。
通勤カバンに手を突っ込みながら、陽真はカバンに詰められた下着とシャツを見つめた。
さくらの親父さんが言ったっていう言葉を、内心反発しながら聞いていた。
御曹司とかいわれる人間が損得しか考えてないだの、そこらのコンビニの娘を相手にするわけないだの、なんか偏見ありありの言葉に聞こえた。
御曹司だろうがなんだろうが、生身の人間なんだよ、阿呆が。
政略結婚がふつうだった大昔は知らんが、自分で選ぶとなったら、それなり話が合って価値観が合って、せまい部屋にいつまで一緒にいても苦じゃない相手が単純にいいに決まってんだろうが。
あと、御曹司ねらいじゃない奴とか人の家の財産食い潰す気満々じゃない奴とか。
その辺の価値観が一致するのがたまたま同じ環境で育ったお嬢さまってのは結構あるが、別にお嬢さまにこだわってるわけじゃない。
「だから、恋愛とか結婚ってな、生身の人間とやるわけ」
「うん」
唐突な語り出しに自分で困惑してしまったが、さくらが真剣な顔で姿勢を正す。
「コンビニの娘が、ふつうにだれかに愛してほしいだの、好きな相手と一緒にいたいだの。そんなもん御曹司だって同じなわけ」
「うん」
「自由に生きたいし、そこを親に干渉されたくないし、一緒に暮らすなら気の合う人間がいいし、そんなのも同じわけ」
「うん」
「こっちは好きなのに、相手が自分の金と家しか見てなかったら、ふつうにヘコむわけ」
「うん」
「爺さん、ひい爺さんが頑張って築いた財産を贅沢に使われたら、しまいには殺意も湧くわけ。だから御曹司ねらいの奴は最初から避ける」
「はい」
さくらが真剣な表情で聞いている。
なんか関白宣言みたいな雰囲気になってきた。何こいつにつらつらと本音語っとんだ、俺と思う。
陽真は、溜め息をついた。
通勤カバンに詰めた下着とシャツに目線を移す。
「生身の人間のものの選び方なんか同じだ。親父さんにそう言っとけ」
「はい」
さくらが真剣な顔でこちらを見る。分かってんのかなこいつと思う。
さすがにこれが分からんような子供じゃ無理なんだが。
確かにこいつは、こちらの素性なんかまったく知らずに好き好き言ってた。
素性を知ったのは三ヵ月も経ってからで、それまでかいがいしく家の中のことをやってくれてた。
話もおおむね合うとは思う。
ド天然セリフと量子力学は意味分からんが。
別にうちの財産のことなんか聞いて来ないし、コンビニの保証金は必ず返すと言ってくれたし。
正座して真剣に聞いているさくらの顔を見る。
いいのかな、と思った。




