「統真さんが籍を入れたようです」
「統真さんが、晴峯 桃香さんと籍を入れたようです」
オン・ザ・ロックの氷をカラカラと鳴らしながら清水が切り出す。
二杯めのカクテルを飲みながら、陽真は口を半開きにした。
「……なんか早くね? 進展」
「お付き合い自体は、昨年からですからね。統真さんがきちんと身元をご説明したのはごく最近のようですが」
「……最近?」
陽真はカクテルを口にした。
晴峯が御曹司ねらいで声かけたとかじゃなかったのか。
「陽真さんの弱みを握ろうと会社周辺をさぐっているさいに知り合ったらしいです」
陽真は眉をひそめた。
微笑ましい話と受け取ってやろうとした矢先に、なんだその馴れ初めと思う。
「素直な性格の方らしくて、そのさいに統真さんがスパイをやっていると口走ってしまったのをそのまま信じて、本物の諜報の方を好きになってしまったと悩んでいたそうで」
「素直すぎるだろ。子供かよ」
陽真は顔をしかめた。
「ああ……成程それで」
同僚の立花の話を不意に思い出した。
「好きになった人がスパイとか頓珍漢なこと吐いてたってのそういうことか」
酔っぱらってまでもそう話すとか、心底その話を信じてたんだろうか。
晴峯もヤバいが、その設定で恋愛関係を続けられる統真もどっかヤバい。
「あり得ないですね。本物の諜報の人間なら、ハニートラップを防ぐ意味でも恋愛は御法度だったりしますからね」
清水が微笑する。
ゆっくりとオン・ザ・ロックを口にした。
「……何でそういうこと知ってんの、あんた。マジで諜報の人なんじゃないだろうな」
「諜報機関の仕事をやっていた時代に、お父さまにヘッドハンティングされまして」
陽真は目を見開いた。
椅子から腰を浮かせ、身体を引く。わずかに後ずさった。
「冗談ですよ」
清水がクスクスと笑う。
冗談と思えない相手だからものすごく困るんだが。
「つか統真の身元知ってたぞ、晴峯。御曹司ってお嬢さまを選ぶものなのかって俺に聞きにきた」
「ご自分でお調べになったようです。統真さんの会社か取引先の方にそれとなく聞けば、誰かは知っているでしょうから」
清水が、カランと氷を鳴らす。
「単純に、陽真さんがご親戚かなにかと見当をつけて、陽真さんの履歴書を見たかもしれませんが」
総務だしな。何かの仕事のふりして履歴書を見るくらいは可能か。それがいいのかどうかは別として。
「統真のところに泊まりに行って話したけど、清純派ド天然って感じだったな。統真、ああいうの好きなのか」
「ご兄弟で好みが割と似ていらっしゃいますね」
清水がオン・ザ・ロックを飲む。
陽真は眉をよせた。
「さくらは特に好みで選んだとかいうわけじゃ……」
「統真さんがご結婚されたなら、陽真さんはもう時間稼ぎをすることもないのでは?」
「どういうこと」
陽真は頬杖をついた。
「家庭を持ったら、お父さまが第一の候補として考えてしまうのではないか、そう考えて統真さんは晴峯さんとの仲が進展するのも籍を入れるのも躊躇していたわけですが」
「……実際、親父は本当にそう考えてるわけ?」
陽真は目を眇めた。
「実際は逆で、なるべく長く独身でいてくれた方が長時間拘束しやすいので仕事を仕込みやすいだろうとお考えです」
陽真は、父の秘書の顔を見た。
「統真さんにも、そうお伝えしました」
清水が口の端を上げて笑う。
「なので今現在、お父さまの中での有力候補は陽真さんですね」
陽真は目を眇めた。
「冗談じゃねえ。なに言ってきても拒否するぞ」
「まあ、統真さんは今ごろ高みの見物という感じなんでしょうが」
清水がククッと笑ってオン・ザ・ロックを口にした。




