「お父さまが応対いたしました」
「綿貫さんが、ご実家の方に来られました」
おんざきコーポレーション系列のイタリア風バー、カウンター席。
いつものように微かにチョコレートの香りのするオン・ザ・ロックを口にしながら、清水が切り出した。
蝋燭に似せたオレンジ色の明かりが、薄暗い店内を照らす。
「綿貫……」
カクテル、カミカゼを口にしながら陽真は一瞬だけ黙りこんだ。
「ああ、さくらの親父さん……」
そう確認してみてから、「え」と口元を歪める。
「何でそっちに」
「フランチャイズ契約のさいに、ご実家の住所の方を表記したからですね」
清水が落ち着き払って言う。
「あんたが勝手にそっちにしたんだろ」
陽真は眉をよせた。
「確認はきちんとしていただいたはず。そのときに何の異論も唱えなかった方に言う権利はありません」
清水がオン・ザ・ロックを口にする。
陽真は、カクテルを口にした。これはごもっともなので何も言えん。
「お父さまが応対いたしました」
陽真は無言で目を見開いた。
契約書の住所を実家の方にしてしまった迂闊さを後悔する。
「もちろん事情をいちばん存じているのはわたしですので、同席させていただきましたが」
清水が言う。
二十代後半にもなって息子の問題に親がしゃしゃり出てきた腹立たしさと、異性問題を起こしたわけでもないのに起こしたことにされてるイライラとで、この上ない複雑な気分だ。
「さくらの親父さん、なに言った。そこまで行ったらこっちも名誉毀損の裁判考えるぞ」
「穏やかではないですねえ」
清水がカラカラと氷の音を立てる。
「ただ、さくらさんに帰るよう伝えてくださいと」
陽真は、父の秘書の顔を見た。
「それだけ……? ではないだろ」
「内心はいろいろおありか分からないですが、陽真さんには助けていただいた経緯がありますし、そもそも手を出したにしてもさくらさんが自主的にお泊まりしているわけですから」
「訂正しろ。手は出してない」
陽真は父の秘書を睨みつけた。
「子供じゃないんです。内縁関係になっている時点で、何もないとは思っていません」
清水がオン・ザ・ロックを口にする。
「マジでない。これについては、どう調べても結構だ」
清水が驚いた顔をする。コトンと音を立ててグラスを置いた。
「本当のことをおっしゃっていますか?」
少し座る角度を変え、わざわざこちらに向き直る。
「ねえよ。だからそれ前提で話せ」
陽真は答えた。
清水が溜め息をつく。
「付き添わせていただきますので、こんど精密検査を受けましょう、陽真さん。とくに男性機能の問題について」
清水が真顔で言う。
「お二人の次の代にも関わることですから」
やっぱこいつはこう来るのかと陽真は額に手をを当てた。
統真の予想、大当たりか。
げんなりする。
「あとは? 親父はそのあと何か言ってたか?」
陽真はカクテルを口にした。
「ええ」
清水が氷の音を立てる。
「綿貫さんは、なかなかお強いと」
清水がオン・ザ・ロックを飲んだ。
「何が」
「お話ししているうちに応接間にお酒の瓶を並べて、酒盛り状態になりまして」
陽真は無言で眉をよせた。
「家政婦さんの言葉を借りるなら、もはや酒屋が開けそうな状態というか」
陽真は、さらにきつく眉をよせた。
温崎家は酒に強い家系で、馬鹿みたいに飲んでも顔色一つ変わらない人間が多い。
その中でも親戚中に語り継がれるレベルの大酒記録を持つ者が代々一人はおり、そのうちの一人が父だ。
「あんのザル親父。客と二人で何しとんじゃ」
「お言葉ですが、わたしもご相伴いたしておりました」
「あんたも何してるわけ?!」
陽真は顔を歪めた。
「綿貫さんの家のあのコンビニは、もともとさくらさんのお爺さまの代からの酒屋だったそうです」
清水がそう言い、オン・ザ・ロックを口にする。
「酒屋が酒が飲めずに勤まりますかとおっしゃってまして」
「それっぽい造りだなって中に入ったとき思った。最近のコンビニの店舗は、店長の居住してるところは別なのがふつうだから」
「お爺さまからの土地と建物を陽真さんに守っていただいてたら、まあ、なかなか責めるわけにはいかないでしょうね」
清水がオン・ザ・ロックを飲み干す。
「そもそも綿貫さんは、陽真さんがわざわざオーナーになってくださったのは、すでにさくらさんと関係していたからだと認識しています」
カランと氷の音が鳴る。
「そうでなければ、説明がつかないと。まあ、納得です」
陽真は、空になったグラスを見つめた。
「カミカゼもう一杯。それとコザック」




