「先日からお兄さんとお付き合いさせてもらってます」
午後十時半。
陽真は、兄統真のアパートの鍵を開けた。
「おい統真、入るぞ」
世帯主の許可する声はない。
通勤カバンとスーツを手に中に入り、ズカズカと水場を通る。
前のアパートを引っ越していたのも知らなかった。
自身のアパートより築年数はありそうだが、部屋数は二部屋ありやがる。
「なっ、何だお前!」
南側の和室から出てきた統真が声を上げる。
「何でここが分かった!」
「清水」
陽真は短く答えた。
「鍵! かかってなかったのか?!」
「清水が合鍵作成してた」
陽真は答えた。言いながら、統真がたったいま出てきた部屋にズカズカと入る。
テーブルの横に、晴峯 桃香が座っていた。
思わず目を見開く。
「温崎さん」
晴峯 桃香が驚いたように目を丸くする。動揺したのか周囲を見回したが、ややして畳に軽く手をついた。
「えと、総務の晴峯です。先日からお兄さんとお付き合いさせてもらってます」
「桃香ちゃん、こんな奴に挨拶いいから」
統真が口をはさむ。
「進展早くね? お前」
陽真は兄の方を振り向いた。
「清水も気づかんうちにさくらさんと内縁関係になってたお前ほどじゃないだろ」
統真が答える。
あれはそういうんじゃねえと陽真は内心で返した。
「話戻すぞ、陽真。清水が作成してた合鍵って何だ」
統真が肩に手をかけ、強引に方向転換させようとする。
陽真は肩を大きく振り兄の手を振り払った。
「言葉通りの意味だ」
「いつ清水と手を組んだ! この卑怯者が!」
統真がこちらの胸ぐらをつかむ。
「スパイまでして人の弱み探ろうとする奴が抜かしてんじゃねえっ!」
陽真も手を伸ばし、兄の襟首をつかんだ。
「何しに来た!」
「泊めろ。胸クソ悪いが緊急事態だ」
「他に泊めてくれる友達もいないのか、お前」
統真が挑発するように額を押しつけて来る。
「他人さまの家に夜中に押しかけるほど非常識じゃねえんだよ、てめえと違って」
陽真もググッと額を押し付ける。
「清水ん家にでも泊めてもらえ」
「寝てる間にGPSと盗聴器しかけてそうな奴んとこになんか行けるか」
「あの……」
晴峯 桃香が口をはさむ。
「温崎さんの分のお布団、敷いてきますので。ごゆっくりなさってください」
はにかむように微笑み、部屋を出てとなりの部屋に入る。
「桃香ちゃん、そんなことしなくていいよ。こいつは今から叩き出すから」
「叩き出してみろ。引き抜きの件、前の会社にバラすぞ」
陽真は言った。
統真が無言で睨む。
「決まりだな。明日はここから出勤する」
「さくらさんはどうした。喧嘩でもして置いて来たのか」
「泊まりに来やがった」
陽真は答えた。
統真が眉をよせる。
「……もともと同棲してたんじゃないのか?」
「あいつは実家暮らしだ」
統真がさらに眉をよせる。
「愛想つかされて実家に戻られたのか」
統真が馬鹿にしたように口の端を上げた。
「もともと実家暮らしだ」
「……同棲だろ」
「あいつが勝手に入りこんで住み着きやがった」
「住み着いてたで合ってんじゃないか」
兄弟そろって睨み合う。
「……お前の説明は意味が分からん」
「分からなくて結構。俺に関わるな馬鹿兄が」
「お前が泊まりに来てんだ」
「うるせえ」
しばらくじっと睨み合う。
ややしてから、統真は肩をすくめた。
「はー分かった。つまりさくらさんと喧嘩して、愛想つかされて実家に帰られて、気が動転して時系列がわけ分からなくなってると」
「頓珍漢な方向にまとめるな。全然ちげぇわ」
「あの」
いつの間にか晴峯 桃香が横にいた。
盆に三人分のコーヒーカップを乗せている。
「お話は終わりましたでしょうか」
微笑して問いかける。
さくらの時と同じに、毒気を抜かれて男二人で晴峯の顔を見た。
「う……うん」
「お世話になります」
「コーヒー淹れたんですけど、冷めないうちに終わって良かったです」
そう言い、晴峯がコーヒーをテーブルに置く。
「仲がいいんですね」
晴峯が笑う。
「わたし兄弟がいないから、兄弟同士の会話ってこんな感じなんだなって」
晴峯がはにかむ。
陽真は、兄の顔を横目で見た。
「あ、お菓子もってきていい? 統真さん」
晴峯がそう言って台所の方に行く。
「おい統真」
陽真は兄と目を合わせず呼びかけた。
「ちまたのふつうの兄弟の会話、教えといてやれ」
「……お前がふつうに兄を敬えば済む話なんだよ」
晴峯がスナック菓子の袋を手に戻る。
兄弟二人、ふたたび睨みあった。




