「あんた、俺と統真どっちの味方だ」
陽真は、目を丸くして父親の秘書の顔を見た。
「思ったよりもずいぶん意外そうな顔ですね」
清水が面白そうに言う。
「意外ってのはあんまりないけど。……内容的にはな」
陽真は答えた。
中高生ではないのだ。あるていど親しい女がいてもおかしくはない。
問題は別のところだ。
「何でその情報をよこすのか、あんたの真意の方が気になる」
薄暗いバーの中。
陽真は清水を睨みつけるように見た。
清水が、カランと氷の音を立てる。ゆっくりとオン・ザ・ロックを口にした。
「家庭を持てば、落ち着いて経営に専念できるだろうとお父さまは判断しそうだと統真さんは見ている。だからあなたにさくらさんという方がいると知ったときに、喜び勇んでお祝いに来たでしょう?」
朝、まだパジャマでいた時間帯に押しかけて来た兄の様子を思い出し、陽真は眉根をきつくよせた。
確かに来た。
ものすげえウザかった。
あのとき統真が置いていった薔薇の花束は、やつが帰ってから即、開店祝いの名目でさくらの実家のコンビニに持って行かせた。
「あのとき統真さんにウソをつかれた仕返しと、跡継ぎの座を押しつけるのに使える情報では?」
清水が言う。
陽真は、相手の心中をさぐるように見た。
「けっこう有益な情報なんだが。何でこの段階で渡す」
「要らなかったですか?」
清水が微笑する。
胡散くさっと内心で吐き捨て陽真は眉をよせた。
だが、真意など聞いてどうせ答える相手ではない。
「ま、ありがたく受け取っておくけど」
「喜んでいただけて幸いです」
清水が答える。
「あんた、俺と統真どっちの味方だ」
「両方ですよ」
清水がクスクスと笑う。
「では、改めてプロポーズのご報告を待っていますよ。期限は指定しませんが、なるべく早くお願いします」
清水が立ち上がり内ポケットをさぐる。
自身のカードで支払いをした。
「送りますよ」
そう言い、品のいい仕草でバーの出入口に向かった。
「お付き合いなさっている女性の名前は、晴峯 桃香さん。陽真さんの会社の総務課にお勤めの方です」
帰りの社用車の中。
後部座席で脚を組み、清水はそう切り出した。
「晴峯 桃香?!」
陽真はそう聞き返した。
「ご存じでしたか」
「いや知ってるというか……」
陽真は流れる繁華街の風景を眺めた。
統真のスパイ仲間で玉の輿狙いの妄想女では。
「二、三回話しかけられたというか」
「やはりお知り合いでしたか」
清水が答える。
「同じ社内ですから、お知り合いの可能性もあるかと思っていました」
それであえて教えたんじゃないだろうな、こいつと陽真は思った。
知られる前に速攻で情報提供して恩を売る。こいつならやりそうだ。
「知り合いってほどじゃない。一回目は玉の輿に乗るにはどうしたらいいかみたいなこと聞かれて」
顎に手を当て、陽真はそのときの会話を思い浮かべた。
たぶんそういう意味の内容なんだよなと思う。
「おんざきの御曹司だとは知らずに統真さんに親切にしていて、統真さんが見初めたような形と報告を受けていますが」
報告だとよ、と陽真は頬をひきつらせた。
ふつうに言うなふつうにと思う。
「あんたらさあ、人のことスパイしてて気が引けるとかない?」
陽真は溜め息をついた。
「情報は重要ですよ。人がさぐるものも、サイバーの方面でも、その分析も。むかしから誰かがやらなければならない仕事です」
車の外を見ながら清水が答える。
「陽真さんのお相手と同じように、統真さんのお相手も将来の社長夫人になる可能性のある方ですから、おかしな方では困る」
陽真はふたたび溜め息をついた。
「俺も統真も、そういう監視下にいるのが嫌で実家と無関係の立場になろうと必死こいてるんだけどな」
「知っています」
清水はそう答えた。
「んで。晴峯 桃香は、あんたらから見てどういう女」
そうですね……と清水は宙を見上げた。
「さくらさんほど有能というわけではなく、いささか守られてるタイプという感じですが、悪い方ではないのかと」
さくらが有能とかいうのも疑問のある評価だが。
量子物理学専攻ということでポイントが高いのか、それとも家事万端なところか。
自分からプロポーズするいさぎよさか、それとも養ってやるとか言い出す男前なところか。
無言で窓の外を眺め、陽真は眉をよせた。
何となく複雑な気分になり、顔をしかめる。
夜の繁華街の風景が社用車の窓の外を流れていく。しばらくすると少しさみしい界隈にさしかかり、車は県道へと入った。
「……俺の見方では、晴峯 桃香ってのは最低な部類に振り分けてたんだけど」
陽真は切り出した。
「どのあたりがですか」
清水が問う。
とくに否定しているという口ぶりではなかった。
単純にできうる限りの情報を得ようという姿勢のようだ。
「玉の輿ねらってる女だと思ってたんだけど」
「根拠は」
清水が問う。
「大企業に身内がいるかとか聞いてきた」
「陽真さんにですか?」
清水が軽く目を見開く。
おもむろに脚を組み直した。
「統真さんとご親戚なのかどうかが聞きたかったのでは。お二人ともよく似ていますから」
車外を流れていく景色を陽真は眺めた。
言われてみれば、その可能性はあるのか。
「あと御曹司ってのは恋人にはやはりお嬢さまを選ぶのかみたいな」
「それは聞くでしょう」
清水が答える。
「なに? お前ん中では、あれでいいんじゃねで固まってる?」
「逆に陽真さんのご質問が疑問です。統真さんがろくでもない女性と一緒になれば、ざまみろと言ってお喜びになりそうですが」
陽真は、座った姿勢で清水から後退った。
「……あんた、どっちの味方?」
ほんと本音が分かんねえなこいつと怖くなる。
「両方に決まっているでしょう」
清水がにっこりと笑った。




