「あたしが養うので、安心してお婿さんになってください」
「はるくん、おっかえりぃ」
アパートに着くと、玄関のドアが内側から開き、久々にキャピキャピのやかましい出迎えをされる。
「今日に限って居るなよお前……」
陽真は顔をしかめた。
「ん? ん? 今日に限ってって?」
さくらが大きな目を見開く。
清水にあんな条件を出されたとはいえ、今夜一晩くらいは考える時間があると思ってたのに。
「はるくん、カバン」
さくらが両手を差し出す。
「ああ……」
カバンを片手で渡してもう片手でネクタイを緩める。
「ネクタイよこして」
「ああ」
さくらにネクタイを手渡した。
「シャツ、お洗濯するから」
「ああ……うん」
ボタンを外し終えると、さくらが脱ぐのを手伝ってそのままシャツを持って行った。
「部屋着、そこに置いたから」
「ん……」
部屋着に着替えようとして、ハッと陽真は我に返った。
すっかりさくらとの連携が当たり前みたいになってんじゃねえか。
「いや、待て待て待て待て!」
着ようとした部屋着を陽真は脱ぎ捨てた。
「別のにする」
押し入れを開け、屈んで部屋着の置いてある引き出しをさぐる。
「ん? ん? どうしたのはるくん。その服、気に入らなかったの?!」
「もうやめろ、お前。嫁のつもりもないんだろ」
引き出しから引っ張りだしたTシャツの襟に頭をくぐらせ、陽真はもぞもぞと両手を動かした。
さくらが目の前にスッと正座する。
「あたしははるくんのお嫁さんになりたいけど、はるくんがやめろって言ったんだよ?」
上目遣いで言う。
なにこいつ。
陽真は屈めた身体を少し引いた。
こいつ俺がプロポーズする前に、スルッと結婚を受け入れやがった。
何か、ガクッと力が抜けて陽真は畳に手をついた。
「どうしたの? はるくん、具合悪いの?」
さくらが同じように畳に手をつき顔を覗きこむ。
「いいか、さくら」
「うん」
顔を覗きこんだままさくらが答える。
「俺は、実家の会社を継ぐ気はサラサラない」
「知ってるよ?」
さくらは答えた。
「いまの会社に定年退職までいたい人間だし、出世したいとか起業したいなんて野望もない」
「前に聞いたよ、はるくん」
「しかもクソ兄のスパイ活動で副業をバラされて、もしかしたら今の会社を解雇されるかもしれない」
「あっ、じゃあ、そうしたら堂々とうちのコンビニのオーナーやれるね、はるくん」
さくらがパンッと両手を叩く。
陽真は無言でうつむいた。
なんだこれ。
話が解決方向に行ってないか。
「いや、そうじゃなくて!」
陽真は顔を上げた。
「俺が失業しても嫁やる気あんのか、お前。マジでやんのか」
「うん、やるよ」
何でもないことのようにさくらが答える。
「もっとよく考えろ。お前の人生って、これから長いんだぞ。あと六十年はあるんだぞ。下手したら八十年。二十二世紀まで生きるかもしれないんだぞ、お前」
「はるくん、考えるスケールおっきい」
さくらが目を丸くする。
「明日にはもしかしたら失業してるかもしれない男に、次の世紀まで付き合う気か」
「うん」
さくらが当然のようにそう返事をする。
スッと畳に手をつき、折り目正しい感じでお辞儀をした。
「はるくんが失業したら、あたしがコンビニと研究者で養うので、安心してお婿さんになってください」
「……は?」
ストンと力が抜ける。
陽真は呆然とさくらの下げた頭を見た。
「あっ、はるくんのご実家にも言わなきゃ。息子さんをくださいって」
さくらがガバッと顔を上げる。
「……やめろ」
陽真は顔をしかめた。
「なに先にプロポーズしてんの、お前」
「どうしたらはるくんに分かってもらえるかなと思って、講義中とか一生懸命考えたの」
「……ちゃんと講義聞いてろ、馬鹿」
陽真は眉をよせた。
「ん? 先にってなに?」
さくらが目を丸くする。
「いや……」
すっかり力が抜けて、陽真は四つん這いでちゃぶ台まで移動した。
「……俺は後日」
「うん?」
さくらがよく分からないというような顔をしたが、女のさくらにあんな堂々としたプロポーズされたら、立場がない。
これを上回るプロポーズするとしたら、サプライズでもやるべきか。
いやしかしああいうの苦手だ。
「お夕飯にするね」
さくらがパタパタと台所に立つ。
「……ああ」
そう返事をして、陽真はげんなりと座っていた。




