「さくらさんにプロポーズとかどうです」
通勤用バスのバスステップから降りて、さくらの実家のコンビニに向かう。
どうしてもオーナーとして扱おうとするさくらの親父さんとレジで面と向かうのはなんとなく気まずいのだが、わざわざ遠回りして他のコンビニに行くのも面倒だ。
外から店内を伺う。
レジにいるのが、親父さんでもさくらでもないバイトの人間なのを確認してから入店した。
「チキンナゲット」
大学生くらいの年齢のバイトにそう注文する。
バイトが揚げ物のケースの前で作業している間、陽真は少し首をかたむけてスタッフルームの奥の方を見た。
さくらは、いま起きてるんだろうか。
起きて親父さんと夕飯でも食べてると推測していいものなのか。
バイトが怪訝そうな顔でこちらを見ていることに気づいた。
「え……と」
陽真は、何事もなかったかのように姿勢を正した。
必要もないのにネクタイを直してみる。
「こんばんは。こちらの娘さんはご在宅ですか?」
背後から知った声が聞こえる。
父の秘書の清水だ。
「清水」と呼びかける前に、背後からブラックカードが差し出される。
「支払いはこれで」
「いや、俺クレカ持ってるから」
陽真は財布を取り出した。
「ブラックカードをお持ちの方が?」
「家族カードとか要らん」
陽真は二つ折りの財布を取り出した。自身で作ったクレジットカードをバイトに差し出す。
「意地になりますねえ」
清水が肩をゆすって笑う。ブラックカードを内ポケットにしまった。
「統真も同じだろ?」
「まあ、そうなんですが」
バイトが袋に入れたナゲットを差し出す。陽真は無言で受け取った。
「えと……店長呼びますか?」
バイトが清水にそう話しかける。
清水がこちらを見た。
「さくらさんを呼んでいただきますか?」
陽真は答えずにきびすを返した。スタスタとやや早足で歩き、店舗から出る。
清水がバイトに会釈してあとを追ってきた。
「ちょうどいいな。お前がオーナーみたいな顔しててくれりゃ、会社に余計なことバレずに済む」
「オーナーの代理人が、外部の人には何となくオーナーと思い込まれてるみたいな形ですか?」
清水が答える。
「よくあるだろ」
「会社にバレるかどうかは別問題だと思いますが」
「それでも誰かの口からうっかり漏れるということは防げ……」
不意に陽真は口をつぐんだ。
昨日と今日の昼間。
二日連続で会社周辺で遭遇した統真の姿。
解雇に持ちこむネタがないか探っているようなことを言っていた。
「あいつ……」
歯噛みする。
コンビニのフランチャイズ契約の件はまだバレていないか。
バレていたら、あいつのことだ。とっくに上の人間にタレコミ電話なりメールなり送っていると思うが。
統真と話していた晴峯 桃香の姿が頭に思い浮かんだ。
「やっぱあれ、協力者か……」
内部の人間を使うとは、どこまで卑怯なんだあいつ。
陽真はふたたび歯噛みした。
晴峯 桃香に情報が伝えられたとしたら、上にチクられるのは時間の問題か。
そうはさせるか。
「清水」
社用車のドアを運転手に開けさせ乗りこもうとしていた清水を、陽真は呼び止めた。
「はい」と返事をして清水がドアを閉めさせる。
運転手が一礼して運転席にもどった。
「統真の弱味になる情報、持ってないか」
清水が微笑する。
こう言われるのを待っていたかのような表情にも見えるが、こちらとしては、フランチャイズ契約の情報が統真に渡った可能性がある以上、速攻で対抗できる情報を手に入れる必要がある。
「ないこともないですが……」
「もったいぶらずに話せ。会社の解雇につながりかねない情報なら何でもいい」
「情報をお渡しするなら、それなりの見返りをいただきますと先日言いましたよね? 陽真さん」
陽真はきつく眉根をよせた。
この悪徳秘書が。
社長秘書よりも外交の場にでもいた方が良かったんじゃねえかと思う。
「……分かった。お前の要求を言え」
睨みつけながら陽真はそう告げた。
「そうですね……」
清水が顎に手を当てる。薄笑いを浮かべながら、なぶるように陽真の顔をじろじろと見た。
「言っとくが、おんざきの跡を継げは却下する」
「それを提示すれば、とたんに交渉決裂なのはこちらも分かりますよ。そこまで交渉下手ではありません」
清水がクスクスと笑う。
「じゃあ……」
外灯の下の桜の樹を眺め、清水は口を開いた。
「さくらさんにプロポーズとかどうです」




