「たのむから俺の夢の中まで出てくんのやめてくれ……」
「はるくん朝ですよぉ。起きて起きて」
朝っぱらから頭上に降る呪いの言葉で陽真は目覚めた。
俺の寿命はあと何日なんだろうと絶望しながら上体を起こす。
大学時代から、朝はときどき頭が重くてスッキリしないことがあったが、最近はその現象がまったくない。
体調がすこぶるいい。
健康にしてやったと見せかける陰湿な呪いが身体中に染み渡っているのかと不安になる。
「ほら、パジャマ脱いで脱いで」
さくらが背後に回り、パジャマを脱がせる。
恐怖でされるがままになった陽真の背中に、通勤用のシャツをはおらせた。
「はい、袖通して」
「うわああああああ!」
陽真は恐怖が頂点に達して頭を抱えた。
「やめろお前えええ! 朝っぱらから俺に赤いちゃんちゃんこ着せる気かあああ!」
夕べこいつに気づかれんよう、布団に潜って除霊を引き受けてくれそうな寺や神社を検索していた。
夢中になって検索するうちにとある怪談サイトにたどり着いてついつい全ページ読んでしまい、読んだ内容が順番に夢に出てきた。
トイレの花子さんがなぜか男性用トイレに現れ、「俺はロリコンじゃねえ!」と叫んだら、代わって出てきたアクロバティックサラサラに痴漢あつかいされて正拳突きを食らったあたりがクライマックスか。
ここ三ヵ月の身体と精神の疲労で、もはや夢と現実を区別する気力もない。
「ん? ん? 赤くないよ? 白いワイシャツだよ? はるくん」
さくらが背後で言った。
目を丸くしてこちらの顔を覗きこむ。
すこし身体を離すと、パンッとシャツを両手で広げた。
「ほら。はるくんのために、漂白もばっちり」
「分かってんだ。シャツ着せたあと俺の肩にザックリ切れ目入れる気だろ、お前……」
「そんなことしたら大ケガしちゃうよ? はるくん」
さくらが肩をさする。
切る箇所を確認しているかのかと推測し、陽真はぞわぞわと鳥肌を立てた。
げっそりと疲労して、畳に手をつく。
「どうしたの? はるくん、変な夢でも見たの?」
さくらが頭をなでた。
呪いに使うための髪の毛でも抜かれるんじゃないかと寒気を覚えながら、さくらの手の動きを目で追う。
「たのむから俺の夢の中まで出てくんのやめてくれ……。夕べは夢の中で、お前にスターゲイジーパイのシュールストレミングあえ気まぐれサラダを食わされた……」
「大丈夫ですよぉ。はるくんが見たのは、ただの夢ですよお。悪い夢はどこかへ行っちゃいましたー」
痛いの痛いの飛んでけ的なノリでさくらが言う。
……いや、行ってねえじゃねえか。
悪夢が目の前でめいっぱい続いとるわと内心で返して、陽真はさくらの手をじっと見つめた。
会社の昼休み。
除霊をしてくれる神社仏閣をスマホで検索していたところ、同僚の立花 弥生がデスクに歩みよった。
陽真が手にしたスマホの画面を覗く。
「温崎さん、オカルトサイトなんて見るんだ」
そう言い目を丸くする。
「こういうの全然信じてない人だと思ってた」
無理やりにでも信じるしかないだろう。今の状況じゃ。
立花が少し身をかがめて、もう一度スマホの画面を覗く。
「立花……」
陽真は力なく呼びかけた。
「マジで除霊とかやってくれるとこ知らない?」
立花が無言でこちらの顔を見る。
「とり憑かれてる……」
陽真は頭を抱えた。
「ここ三ヵ月、女が俺のアパートの部屋にずっと居座ってキャピキャピキャピキャピ飯作って風呂わかして着替え手伝って掃除して」
立花が不可解そうに眉をよせた。
「おかげでげっそり……」
「血色、めっちゃいいよ?」
立花が言う。
「体調だってここんところ……何かちょっと違ってて。なんつうか、おかしなところが無いのがおかしいっていうか」
「健康そうだけど」
立花が目を眇める。
「いや風邪とかに全然ならんし。前は割とちょくちょく風邪ぎみとかある方だったのに。あと朝もスッキリ起きれすぎる」
陽真は、立花の方に身を乗りだした。
「おかしいと思わねえ?!」
「健康的でなによりって感じだけど」
立花がそう返す。かがめていた上体を起こした。
「温崎さん」
少々語気を強めて、立花が睨みつける。
「それ、お食事作ってくれる彼女のことでしょ? お料理うまくて栄養バランスまで考えて作ってくれる出来た彼女でようございましたね。──なにノロケとんじゃ。ハードカバーの本で殴るよ」
「話聞け。無断で居すわられてんだ!」
「ノロケ? 温崎さん、まっ昼間からノロケ?」
立花が歪めた顔を近づける。
「どうせわたしは彼氏と遠距離ですよ」
「だからそうじゃねえ……」
陽真は顔をしかめた。