「なんていうか……こちらの娘さんを少し知ってて」
通勤バスに内蔵されてる女声のアナウンスが、次の停留所を告げる。
身体を揺らされながら陽真は降車口に向かった。
ステップを降り、さくらの実家のコンビニを横目で見る。
いつもと変わらず明かりがついているのを見て、ホッとした。
たまにはコンビニの弁当の味が恋しくなるが、いま買って帰ったらさくらにうるさく言われるかもしれんと思う。
レジ横の揚げ物なら食いながら帰ればアパートに着くまでなくなるだろと思い、いったんアパートに向いた足をコンビニに向けた。
コンビニの自動ドアが開く。
店内に入ってから、さくらがレジの手伝いしてるかもと気づき、こわごわとレジの方を見た。
レジには、人の良さそうな小太りの中年男性がいた。
さくらの親父さんだ。
こちらに気づくと、両手を脇にそろえて改まったお辞儀をした。
顔、覚えてたのか。
何か気まずくなり、陽真は適当な会釈で返した。
そわそわとしながらレジに歩みよる。
「……チキンナゲット一つ」
ふつうの客の体で陽真は注文した。
さくらの父親が返事をしてチキンナゲットを取り出し、ガサガサと袋に入れる。
「おんざきコーポレーションの御曹司さんですよね」
テープを貼りながら、さくらの父親はそう尋ねた。
「その節はお世話になりました。改めてご挨拶に伺うつもりだったんですが、本社の社長秘書さんから特に結構ですと言われて」
「ああ……」
陽真は曖昧な口調で返事をした。
「そいつの言う通り、特にいらないから」
「どういったわけでうちを」
さくらの父親が尋ねる。
「なんていうか……」
そういや、そのことも自分の口から説明したわけではないなと思った。
さくらに「気にしなくていいと伝えてくれ」と言っておいただけだ。
ふつうに考えたら、たしかに気味悪いだろうなと思う。
「なんていうか……こちらの娘さんを少し知ってて」
陽真は苦笑してそう答えた。
「桜を?」
「才能のある優秀な娘さんだなと。うちの社も量子コンピューターの開発をやっているので、才能のある方に投資できたらと。そんな感じ……」
目を合わせず陽真はそう語った。
「そうですか」と答えてさくらの父親は陽真にチキンナゲットを手渡した。
嬉しそうだ。やっぱり自慢の娘なんだろうなと思う。
「ちなみにさくらさんは、今は」
「ああ……奥でちょっと」
さくらの父親がそう答える。自室で寝ているということだろうか。
ということは、今アパートに来てる確率が高いのか。
今度からこの方法でさくらの居る居ないの見当をつけてから帰ろうかと考える。
身体を少しかたむけて、陽真は内ポケットをさぐった。財布を取り出す。
「お金はいいですよ」
さくらの父親が告げる。
「そんな訳には」
「ご自分のお店でしょ?」
さくらの父親が苦笑する。
「というか、名義についても実は考えたことが。ついでだし綿貫さんにご相談……」
「カードでお願いします」
うしろからクレジットカードが差し出される。
ブラックカードだ。
眉根をきつくよせ陽真は自身の背後を見た。
父の秘書の清水がいた。
いつものように黒いスーツをきっちりと着こなし、皺が少々刻まれながらも端正な顔。シレッとした表情。
「あ……ども」
さくらの父親が会釈をした。
「何しに来た」と陽真は声には出さず口だけを動かし問うた。
「ご心配しなくても。陽真さんの家族カードです」
清水がにっこりと笑う。
「聞いてねえし要らねえ」
陽真は顔をしかめた。
「これでお支払いをお願いします。いくらご自分がオーナーでも、そこはけじめをつけなくては」
清水がさくらの父親にカードを手渡す。
「はあ……そうですか」
さくらの父親がカードを受け取り、陽真の顔を確認するように見る。
「現金で」
陽真は対抗するように語気を強めた。
「ここはお時間を取らせない気遣いをすべきでしょう?」
清水がそう返す。
確認するようにこちらを見たさくらの父親に、清水はにっこりと笑いかけ、改めて「カードで」と告げた。




