「はるくんが一番かっこいいよ」
「おかえりなさい。はるくん」
遅い時間にアパートに帰ると、いつものようにさくらが出迎えた。
三和土で靴を脱ぎながら、陽真は部屋の奥の時計を見る。
いつもよりもかなり遅い時間帯だが、文句も言わんのなこいつと思う。
嫁としてはめちゃくちゃできた奴なんだろうが、年齢的にも才能の面でも、もったいないのではと思ってしまう。
さくらがいつものようにピンクのエプロンを着け、味噌汁を温め直しはじめる。
「……今日も霊体か?」
「生身で来ると、はるくん怒るでしょ?」
さくらが、ぷっと頬をふくらます。
「いや……生身で来たけりゃ、それでもいいけど」
ついそう口走りながら上着を脱ぎネクタイを外す。
「ん? どっちなのかな? はるくんは」
さくらが小首をかしげる。
また訳分からんこと言っちまったと陽真は顔をしかめた。
「今日から大学行ったの? お前」
「行ったよ」
さくらがにっこりと笑う。
「イケメンとかいっぱいいたろ」
「はるくんが一番かっこいいよ」
さくらが笑顔でそう返す。
何で臆面もなくこういうこと言うのかな、こいつと陽真は思った。
「……でも同じ学部の奴の方が話が合うだろ。俺は量子なんとかとか相対性理論とか、そういう話はできないし」
「生霊になってはるくんのアパートに来ちゃうことも、実家のコンビニのことも、相談できるのは、はるくんだけだよ?」
その話の何が楽しいのか。
陽真は眉をよせた。
「はるくん、お味噌汁食べるでしょ?」
さくらが温めている最中の味噌汁を軽くかき混ぜる。わかめと豆腐が浮き沈みしていた。
「ああ……」
ウォッカベースのカミカゼとオン・ザ・ロックと、日本酒カクテルのちゃんぽんやって来たんで、さすがにあまりすっきりとはしない。
二日酔いは起こしにくい体質なので明日に響くことはないだろうが、味噌汁はちょうどいいかなと思う。
酒飲んで来たと見当つけて言ってんだろうか、こいつと思った。
「もらう」
よそった味噌汁を受けとり、すすりながら六畳の和室に入る。
「あのね、昼間ね」
さくらがこちらを振り向き切り出した。
「清水さんから、お電話いただいたの」
ぶっと陽真は味噌汁を吹きそうになった。
「……どこの清水」
「やだな。はるくんの大事な元家庭教師さんで、お父さんの秘書でしょ?」
「まったく大事じゃない」
陽真は眉間に皺をよせた。
「はるくん、契約者の名義、うちのお父さんに変更しようとしてたの?」
陽真は黙ってちゃぶ台に味噌汁を置き、座った。
「はるくんは親切すぎるよ? そこまでしなくても、うちのお父さん充分だよ?」
「いや……」
陽真は味噌汁をすすった。
「そういうことじゃなくて。会社に副業バレるとまずいから」
「清水さんがね、お父さんに変更は難しいけど、あたしなら大丈夫だと思うっていうの。考えませんかって」
味噌汁茶碗に口をつけたまま、陽真は眉をよせた。
こいつにまで直接なに言ってんだ、清水の奴と思う。
さくらに焦って結婚を決めさせるようなことを。
「どういうことかな、はるくん。契約とかぜんぜん疎いから、あたし」
「いや……あれの話は聞かなくていいから」
陽真はそう答えた。
「ん? でも手続きとかいろいろやってくれたし、他のことも気軽に相談に乗ってくれるよ?」
「……どんくらいの頻度であいつと喋ってんの、お前」
陽真は顔をしかめた。
将を射んと欲すれば何とかを実行しようとしてんだろうか、清水の奴。
油断ならねえ。
「ともかく喋んな。少しは人疑うこと覚えろ、お前」
さくらが持ってきた箸で、豆腐を口に運ぶ。
「あとなに言ってた」
「なにをお勉強されてるんですかって聞いてきたから、量子物理学ですって答えたよ?」
またもや陽真は味噌汁を吹きそうになった。
「情報の出所は、お前自身か━━!」
思わず声を上げる。
「ん? ん? はるくん、答えて悪かった?」
「もう清水とはいっさい何も喋るな。黙秘権使え」
「そんな権利があるの? はるくん」
さくらが目を丸くした。




