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【完結】押しかけゆうれい嫁と御曹司の夫婦生活の事情。  作者: 路明(ロア)
3 カクテルと量子コンピューター

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23/51

「……カミカゼ」

 会社帰り。いつものようにバスから降りたところを陽真(はるま)は呼び止められた。

 最寄りの駐車場に停められた乗用車の前。スーツ姿の壮年の男が会釈する。

 父の秘書の清水だ。

 進んで雑談をしたい相手でもない。陽真は立ち止まった。清水がゆっくりと近づく。

「さくらさんはお元気なようですね」

 清水が言う。

 駐車場の奥に見えるコンビニを陽真は目を凝らして見た。

 明るく照らされた店内。さくらがコンビニの制服を着てレジにいるのが見える。

 改装の間二、三日営業を休ませてしまったが、まあまあ順調そうだと思う。

「経営には(たずさ)わってはいらっしゃらないんですか?」

 コンビニの方を振り向き、清水が問う。

「さくらの親父さんに任せてる。あんたに伝えてもらった通りだ」

「いちど店をたたもうとした人です。ご心配になりませんか」

 清水が微笑する。

「さくらの介護がなければ順調に経営してた人だ。俺の方が経営の経験はまったくないし」

「お父さまに教わったでしょう」

 清水が緩く腕を組みこちらを見る。

「理論と実際は別だろ。中学生でもあるまいし、同じだとは思ってねえよ」

「少々、お時間よろしいですか」

 清水がそう切り出す。

 あとの話は無視してきびすを返そうとしていた陽真は、眉をよせた。

「アパートには来んな。スパイ放つ奴なんか自宅に入れられるか」

「さくらさんからお聞きになりましたか」

 清水がクスクスと笑う。

「提案したのはお前か親父か、どっちだ」

「わたしですよ」

 清水が言う。

「……どうせ親父が提案しててもそう言うんだろうな、あんた」

 陽真は目を眇めた。

「近くにちょうどいいお店がありますから、そこで」

 



 清水にしたがい、社用車に乗る。

 車で十五分ほどの繁華街で社用車は停まり、清水にうながされて地下店舗の入口に案内される。

 店名を見て、陽真は顔をしかめた。

 何がちょうどいいお店だ。うちの系列のバーじゃねえかと舌打ちする。

 いい感じに薄暗い店内。

 蝋燭(ろうそく)の灯りを模した照明とクラシックな内装は、近世イタリアのバールをイメージしている。

「なに飲みます。スクリュードライバー?」

「……女か。しかも昭和のやり方」

 陽真は顔をしかめた。

「陽真さんもそういうのが分かる年頃になりましたか」

 清水がクスクスと笑う。

「飲み口いいんで、どんどん飲ませて酔いつぶすって手口のやつだろ?」

 清水がカウンター席に座る。陽真は一つ椅子を間に置いて座った。

「ロックで」

 清水が注文する。

 さくらの「オン・ザ・ロック」を思い出して、陽真は唐突に複雑な気分になった。

「陽真さんは」

「……カミカゼ」

 カウンターに頬杖をつき陽真はそう注文する。

「シンガポールのハードロックカフェでお飲みになっていたカクテルですね」

「覚えてねえ」

「ウォッカベースなので、度数は案外高いですよ」

「知ってる」

 カウンターにトン、と置かれたカクテルを陽真は口にした。

「フランチャイズ契約の件ですが」

「……ああ」

 陽真はそう返事をする。

「名義変更をしたいとのメールが届いていましたが、どういった訳で」

「言葉そのままだ。いま勤めてる企業は、副業は認めてないんでバレたらまずい」

「ご自身が契約するというお話を持ち出した時点で、何とかする気がおありだったのでは?」

 清水が少々驚いた顔をする。

 さくらの顔を見てとっさに提案しちまったとは言えず、陽真は無言でカクテルを飲んだ。

「さくらの親父さんの名義にできないか?」

 そう陽真は提案した。

「手続きとしては可能かもしれませんが、さすがにお父さまが反対なさるのでは」

 だろうな……と陽真は眉をよせた。

「財産分与の受け取り分を前借りして、陽真さんが経営するならともかく赤の他人では」

「さくらの親父さんには、オーナーの名は伏せてもらうよう、さくらを通じて言ってある。とはいえ俺が定年退職するまでそれで通すわけにも」

「……名義をさくらさんにされては?」

 清水がオン・ザ・ロックを口にしながら発案する。

「なに言ってんだ。あれも他人に変わりないだろ」

「籍を入れてしまったらどうです。奥さまが名義というのは、よくある話です」

 ぶっと陽真はカクテルを吹きそうになった。

「いや……ちょっと待て」

「さくらさん、専攻は量子物理学だそうですね。調べて驚きました」

「調べてんじゃねえ」

 陽真は眉間に(しわ)をよせた。

「量子コンピューターの開発にもご意見をいただけそうだ。聡明できちんとしたお嬢さまなら、お父さまも特に反対はしないのでは」

「勝手に決めんな。あっちはあっちの将来がある」

 陽真はカクテルを一気に飲み干した。





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