「量子物理学だよ。相対性理論とか量子力学とか」
「はるくん、これまでご心配おかけしました。明日から無事大学に復学する運びとなりました」
陽真は布団をめくり脚を突っ込んだところで身体を後ろに引いた。
パジャマに着替え、そろそろ寝ようかと思った矢先。さくらが突然現れて、畳の上で三つ指をついている。
「つきましては、昼間は居眠りしてるときにしか、はるくんの所には来られないと思います」
「なに居眠りする気満々みたいなこと言ってんのお前……」
陽真は呆れた。
布団の上で胡座をかいて座る。
先日、さくらのためを思ってとはいえ突き放すようなことを言ってしまった。
あのときに泣きそうな顔をしているように見えたが、その後いつもと変わらない様子でアパートに来るので、なぜかホッとしている。
「つか、お前そのとつぜん現れんの何とかならない?」
さくらが顔を上げる。
「でも、寝入るのとつぜんだし」
「いきなりガクッと来るタイプか。できれば今度から来る前に電話よこせ」
「はるくんの電話番号おしえてくれるの?」
さくらが急に嬉しそうな顔をする。
そういえば教えてなかったんだっけ。
これだけ朝も夜も一緒にいて奇妙な感じだと陽真は思う。
「スマホ……」
陽真はちゃぶ台の方に手を伸ばした。
さくらがスマホを手に取り、手渡してくれる。
「お前のスマホ、何番」
「えっと、080……」
番号をタップし、さくらのスマホにかける。
「メアドは?」
「メアド交換もしてくれるの? はるくん」
さくらがさらに表情を輝かせる。
「……オーナーとして、店長と連絡取れんかったら困るし」
何か知らないが、そんなことを言ってみる。
「えっとsakura.w……」
言われたメールアドレスを打ち込み、空メールを送る。
「よし終わり。あと帰って確認しろ」
陽真はスマホを畳の上に置いた。さくらがちゃぶ台に移す。
「はるくんの番号とメアド、嬉しいな」
さくらが歌うようにルンルン声で言う。
「ちなみにお前って、専攻とか学部とか何なの」
「量子物理学だよ。相対性理論とか量子力学とか」
ルンルン声でさくらが答える。
ちょっと待てと陽真は額に手を当てた。
いま、地球上で一、二を争うかレベルのギャップの凄すぎることを聞いたような。
「……は?」
「量子力学」
さくらがピースする。
「……あれか? 量子コンピューターがうんちゃらかんちゃら」
「はるくん、よく知ってるねー」
さくらが目を丸くする。
一応おんざきコーポレーションでも量子コンピューターの開発やってる部門があったような。
それでかろうじて知ってるだけで、あとは知らん。
「はるくんのところに幽霊? 生霊? みたいな感じで来ちゃったことについてね、体内のなんらかの素粒子がはるくんのところに移動した形だと仮定してるんだけど、素粒子は物を通すのにどうしてはるくんのところで家事やれたんだろうって。でね、生身の人も素粒子の集まりだから理論上は壁とかすり抜けられるはずなのに、すり抜けたという報告がいまだないってのがあるでしょ。その理論が構築されないことには解けないのかなって。あとはるくんのアパートに移動しちゃったのは量子もつれで説明できるかなっていま」
「……たたみかけるように眠れなくなるようなこと言うのよせ」
陽真はげっそりとして布団に手をついた。
「ごめん。はるくん、早く寝て」
さくらが布団をかけようとする。
「……お前、そんなことやってんじゃ、ますます結婚なんてもったいないだろ」
さくらが目を丸くしてこちらを見る。
「親父さんが意地でも大学辞めさせたくなかった訳だよな。まじでもったいないわ」
「そんなことないよ。はるくんのお嫁さんになっても続けられるよ?」
陽真は無言でさくらと目を合わせた。
さくらが大きな目で見返す。
なにか言いたいのかな、という表情でさくらが笑いかけた。
「……寝る」
陽真は横になった。ゆっくりと布団をかける。
「おやすみ、はるくん」
「いいから俺が寝入ったら帰れ」




