「あたし跡継いだ方のものになる感じ?」
「俺もこれでようやく自由に恋愛ができる」
統真が嫌な感じに笑った。
「誰かと付き合おうもんなら、清水に嗅ぎつけられて結婚のお膳立てされて、なし崩し的に跡を継ぎました状態にされるの予想ついたもんな」
「誰が家庭持った。ガセネタだってさっき言ったろうが」
陽真は睨み返した。
「さくらさん」
統真がさくらの方を向く。
「さくらさん、いま陽真と内縁みたいな関係なんでしょ?」
「えっと……」
さくらがこちらを見る。
「見ろ。本人だってはっきり答えられないじゃねえか」
しばらくしてから、さくらがにっこりと笑う。
「でも、はるくんのことは大好きですよ?」
男二人で毒気を抜かれて童顔の顔を見た。
「……ええと」
統真が前髪を掻き上げる。
「でもさくらさん、自分の夫がただの会社員より、大企業のトップの方がいいでしょ?」
さくらがこちらをじっと見る。
「大企業トップの嫁の方が幸せかもな。統真が継いだあとに統真のところに押しかけろ」
陽真は兄の方に向けて顎をしゃくった。
「お前、最低だな……内縁関係にまでなっておきながら」
統真が顔をしかめる。
「何とでも言え」
「親父は跡継ぎはお前とすでに決めたんだよ?」
統真が言う。
「ガセネタで決定してんじゃねえ」
「えっとつまり?」
さくらが両手で自身の髪をつかむ。頭を抱えているような仕草だ。
「あたし跡継いだ方のものになる感じ?」
兄弟そろって目を見開き、さくらの顔を見た。
「……何でそうなる」
「ええと……さくらさん?」
統真が米噛みに手を当てた。
「ごっ、ごめん。ハブとマングースみたいなすごいの見たから混乱しちゃって」
「……ハブとマングースから離れろ」
こいつの頭の中がよう分からんと陽真は思った。
「ユニークな方だな、陽真」
統真がいまだ困惑から抜けきれない様子で苦笑する。
「いつでもくれてやる」
「こいつ最低ですね、さくらさん」
統真がさくらに同情したかのような顔をする。
「そんなことないよ? はるくんはとっても優しいですよ?」
さくらがにっこりと微笑む。
兄弟二人、またもや力が抜けた。
「それよりお兄さん、お座りになりませんか? お茶淹れます」
さくらが小首をかしげて言う。
三人そろって立ちっぱなしだったことに気づいた。
六畳和室にパジャマの男とコートをはおった男が睨み合って立ってる光景は、なかなかシュールだ。
「はるくんも着替えて。それからにしよ? ね?」
「あ……ああ」
何かペースを乱されて、陽真はそう答えた。
統真と目が合う。
「とりあえずどうぞ」という風に統真がぎこちなく手を差し出した。
「はるくん、脱いで脱いで。お兄さん、失礼します」
さくらがかいがいしくパジャマを脱がせる。
何じゃこの展開という顔で統真が複雑な表情で眺めた。
いつもならこの兄弟喧嘩は延々と続いて、ハラハラと様子を見守る者はいても止められたことなどないのだ。
さくらが棚から部屋着を取り出す。
「はるくん着替えてて。お茶淹れてくる。それからにしよ? ねっ?」
「ああ……」
統真の顔をチラッと見る。こちら同様、調子を狂わされたような顔をしていた。
さくらが急須で淹れたお茶が好きだというので、面倒くせえやつと思いながら買った急須と緑茶の茶葉。
コーヒーカップにその緑茶を注ぎ、さくらはちゃぶ台に運んだ。
いちど台所に戻り、コップに活けた薔薇を持って来てちゃぶ台の真ん中に置く。
「……あの。ちなみになれそめは」
正座した統真がそう尋ねる。
「ある訳ねえだろ」
陽真は眉をよせた。
「あたし、突然ここにいちゃって」
にこにことしながら、さくらがそう話し出す。
統真が当惑したように眉をひそめた。
「お部屋まっくらだし、え? なにここ? え? なになに? って思ってたら、横にはるくんが寝てて」
統真がこちらの顔を見る。
「知らんがな」と陽真は内心で返した。
「で、寝てるはるくんに、ここはどこですか? って聞いたら、はるくんが行くとこないなら、ここいれば? って」
統真が「解説しろ」という表情でこちらを見る。
陽真は無視した。
「親切な人ですねって言ったら、はるくんが寝返り打ちながら、別にって」
さくらが不意に頬を染めて口元を押さえる。
「なんかこの人、格好いいなあって思っちゃって。そしたら実在しててびっくり」
統真が無言で眉をひそめる。
陽真もいちいちツッコむのに疲れて緑茶を飲み下した。
いがみ合ってきた大の男二人をよく分からんペースで戦意喪失させるとは。こいつ最強だろうか。




