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【完結】押しかけゆうれい嫁と御曹司の夫婦生活の事情。  作者: 路明(ロア)
序章 幽霊の嫁と盛り塩と味噌汁

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「もーう。はるくん、子供みたいなんだから」

「朝だよ。はるくんはるくん、起きて」

 (たたみ)の上で正座したデニムの(ひざ)が見える。

 陽真(はるま)は顔をしかめた。ここ三ヵ月間、これが毎朝一番に見る光景だ。

 さくらが畳に手をつき、こちらの顔を覗きこむ。

「夕べはよく眠れたかな?」

 眠れる訳がない。

 相手は眠る必要のない幽霊なのだ。

 背中を向けても一晩中じっと見られてるのかと思うと、恐怖で目が冴える。

 仕事に支障をきたすので何とか眠ろうとはするが、ガクンと落ちるような感覚とともに目が覚めてしまう。

「起きて起きて。はるくん、会社遅れちゃうよ」

 さくらが布団を剥ぐ。

 台所から、炊きたてのご飯と夕べの味噌汁を温めた匂いがする。

 ジュージューと音がするのは、目玉焼きでも焼いてるのか。

「はるくんは目玉焼き半熟。ベーコンエッグにしてウスターソースかけるのが好きなんだよね」

 さくらがにっこりと笑う。

 陽真はゾッとした。

 無視して背中を向け、パジャマのボタンを外す。さくらが背後に回り脱がせようとした。

「なに脱がせてんだ!」

「お着替え手伝ってあげようと思って」

 さくらが目を丸くする。

「……自分でやる」

 パジャマの合わせを押さえ、陽真は横座りで後退った。

「もーう。はるくん、子供みたいなんだから」

 さくらが声を上げる。手をつき立ち上がると、台所に戻った。

 畳に影がないのを、なにげに確認してしまう。

 フライパンの目玉焼きを皿に移してるらしき動作を横目に見ながら、陽真は立ち上がり長押(なげし)に手を伸ばした。

 パジャマを脱ぎ、そそくさとシャツに着替える。

 このシャツも一緒に掛けてあるネクタイも、前日の夜にさくらが用意したものだ。

 幽霊の世話についつい乗ってしまっていることに、すでに呪われてるのかという恐怖を感じる。だが、自分でやる前に全て先回りして用意されているので、どうしてもこうなってしまう。

 もともと家事はそんなに得意ではない。

 一通りはできるので独り暮らしに踏み切ったが、困らない程度というレベルだ。

 鼻歌まじりで楽しそうにやる相手には、なかなか(かな)わない。

 和室に戻ってきたさくらが、脱ぎ捨てたパジャマを拾う。

 陽真は無言でパジャマを奪い取った。

「よこして。はるくんが出かけたら、お洗濯するんだから」

「いい。会社帰りにコインランドリーで洗ってくる」

 陽真は通勤カバンに無理やりパジャマを詰めた。

「なに言ってんの? コインランドリー高いのにもったいないでしょ」

 さくらがパジャマを引きずり出す。

「返せ」

 取り戻そうとした陽真の手を避けて、さくらはパジャマを背中に隠した。

「だめ。ぱんつも出して。隠してコインランドリーに持って行くのやめてね」

「パンツ……」

 陽真は頭を抱えた。

「何で俺のパンツまで洗おうとしてんだお前えええ! 俺に少子化の呪いでもかける気か。殺すならさっさと殺せえええ!」

「ん? ん? なんの呪い? はるくん落ち着いて」

 さくらが目を丸くする。

「ぱんつくらいで恥ずかしがることないよ、はるくん。ぱんつ全部、ちゃんと出してね」

「パンツパンツ言うな」

 朝っぱらから何て会話だ。

「はるくんは本当に恥ずかしがりやさんだよね。お風呂上がりにも、お風呂場の中でもうパジャマ着ちゃうし」

 さくらがにこにこしながら小首をかしげる。

 幽霊の前で半裸でいたら、全身に呪いの経文でも書かれそうで怖いじゃないか。

 陽真は脳内でそう言い返した。




 朝からげっそりと(やつ)れた気分でバスから降りる。

 溜め息をつきながらバスステップから降りる様子を、乗客の何人かが怪訝そうに見たが取り繕う気力もない。

 きっとこのまま俺はキャピキャピ家事幽霊に生気を吸われて早死にするんだと絶望する。


 マジ何なんだあいつ。


 何で俺のアパートに居座ってる。

 バス停から徒歩で五分ほどの職場にフラフラと歩いて行く。

 勤務先はそこそこの出版社だ。情報誌を中心に出している所なので、地味だが手堅い。

 実家には絶対に世話になりたくないので、なるべく手堅そうな職場を選んだ。

「おはようございます……」

 つぶやくように言って受付の前を通りすぎタイムカードを押す。

 陽真の顔を眼鏡にセミロングの女子社員が覗きこんだ。

 立花 弥生(たちばな やよい)

 同期で入社した社員の一人だ。


「血色いいですねえ」

 

 陽真の顔をまじまじと覗きこむ。

 ……悪いの間違いじゃないのか。

 陽真は立花の顔を見返した。

「男の人だからファンデ使ってる訳はないよね。化粧水とかつけてる?」

「……つけてない」

 陽真は顔をしかめた。

 古いと言われるかもしれんが、男が化粧水という発想自体が無理だ。

「やっぱり食生活? 温崎(おんざき)さん、ここ三ヵ月くらいかな。ご飯作りに来てくれる彼女さんいるでしょ」

 陽真は目を見開いた。

 いや彼女じゃない。

 押しかけ女房っぽい幽霊だ。

「栄養バランス完璧って感じ。胃袋がっちり掴まれちゃった感じ?」

 陽真は胃袋のあたりをつかみ、鳥肌を立てた。


 胃袋の中から、呪いがじわじわ身体中に。

 じわじわじわじわじわじわじわじわ。


 立花のセリフが脳内でおどろおどろしい言葉に変換される。

「立花……悪霊払いの寺とか神社とか知らねえ?」

 ついつい陽真はそう尋ねてしまった。

 昼休みに訳分からんサイトをあちこち閲覧しているこいつだ。あるいは変な情報を持っているかもしれない。

「わたし今、お肌ケアの特集の方やってんです。オカルト特集の月まで待ってください」

 なんじゃそりゃ。

 陽真は胃から広がる呪いに怯えつつ(うつむ)いた。





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