「本日、お祝いに伺いますって」
「このたびは、はるくんのお陰でお父さんもわたしも助かりました。ありがとうございました」
日曜日の朝。
陽真が目覚めると、畳の上で三つ指ついた小さな手が目に入った。
さくらが畳に頭を擦りつけるようにしてお辞儀をしている。
「お父さんはびっくりしてたけど。おんざきコーポレーションの御曹司さんがなんでいきなりって」
陽真は無言で起き上がった。
枕元の目覚まし時計を見る。
日曜くらい昼まで寝ていたかったが、こいつが朝から晩まで居たときはどうしてたんだっけと考えてみる。
「はるくんに立て替えてもらった契約金と保証金は、時間かかりそうだけどちゃんと返すね」
「別にいらないけど」
陽真は前髪を掻き上げた。一方的に進めたことだし。むしろさくらの親父さんが、こんな唐突な話よく呑んだなと思う。
「……親父さんには、どう説明した」
「はるくんは、親切で優しいひとなんだよって」
さくらが顔を上げにっこりと笑う。
それで説明になるのか。陽真は眉をよせた。
「正式な契約はこれからだが、あれが通るにしろ通らんにしろ、今日は日曜だからメールは届かんと思う」
「うん」
さくらがほほえむ。
「俺は寝直すから、お前は帰れ」
陽真はふたたび横になった。さくらに背を向けて掛け布団で耳まで覆う。
「はるくん、はるくん」
さくらが顔を覗きこむ。
「何だ」
「はるくんにいくつかご連絡事項があります」
陽真は布団の中で眉をよせた。
「話せ」
「いいお知らせと悪いお知らせ、はるくんはまずどっちがいいですか?」
「……悪い知らせ」
陽真はそう答えた。
「先ほど、おとなりの人が引っ越して行きました」
さくらがそう告げる。
なぜわざわざ隣の住人の話と思ったが、大声を上げるたびに壁を叩いてたあいつかと思い至る。
顔も見たことなかったが、ご近所トラブルに発展する前に退去してくれたのは良かった。
「次は?」
「まって。続きがあるの。はるくん」
さくらが言う。
「さっき清水さんからお電話をいただきました」
「……どこの清水」
「もう。はるくんの大事な元家庭教師さんで、お父さんの秘書でしょ」
あれかと陽真は眉間に皺をよせた。ぜんぜん大事じゃない。
「 “先日はお世話になりました” 」
清水の言ったセリフと思われる文言をさくらが口にする。
「ん」と陽真は小声で返事をした。
「 “弁護士との話し合い等、契約の手続きはほぼ完了いたしましたので、陽真さんにそうお伝えください” 」
陽真は無言でもそもそと動いた。
「 “おとなりの部屋に潜伏させていた部下にも引き上げるよう指示いたしますので、陽真さんをよろしくお願いいたします” 」
ぶっと陽真は噴き出した。
布団を退けて起き上がる。
「は?!」
ずいっとさくらに詰めよる。
「何だそれ」
「 “こちらも今後ともよろしくお願いいたします”って伝えました」
さくらがにっこりと小首をかしげる。
「よろしくしなくていい」
陽真は布団の上で胡座をかき座り直した。
「となりの壁叩いてた奴は、親父のスパイだったってことか?」
さくらが目を見開く。
「あ、そういう意味だったんだ」
「お前、となりの奴にいちいちすみません言ってよな」
陽真は額に手を当てた。
あれで簡単にさくらのことがバレてたのか。
朝からげんなりする。
「ごめぇん、はるくん」
さくらが済まなそうな顔をする。
「……まあいい。もう一つは?」
「次は嬉しいお知らせです」
さくらが顔の横でピースする。
「ああ」
「はるくんのお兄さんから、お電話いただきました」
陽真は目を見開いた。さくらの顔を見る。
「は?」
「清水さんが、はるくんのお兄さまの統真さんに番号を教えてもいいですかって言うから、いいですよって」
「あほかっ! そんな簡単に個人情報教えるな!」
陽真は声を上げた。
とっさに壁を見る。
そうか隣はもう居ないんだったと嫌な汗が出た。
「でもはるくんのお兄さんでしょ?」
「スパイ放つような親父の息子だぞ。考えてもみろ」
陽真は眉間に皺をよせた。
「言ったろ。跡継ぎ押しつけ合って攻防戦やってるって」
「すごく感じのいい人だったよ?」
さくらが困惑したように眉をよせる。
「そりゃ、お前に感じ悪くする理由はないし。何て言ってた」
「本日、お祝いに伺いますって」
陽真はさくらと目を合わせた。




