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【完結】押しかけゆうれい嫁と御曹司の夫婦生活の事情。  作者: 路明(ロア)
1 大企業とオン・ザ・ロック

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「俺がフランチャイズ契約する」

 停留所を告げる車内アナウンスを聞きながら、陽真(はるま)はバスを降りた。

 コンビニに向かおうとして、その手前の桜の樹に目を止める。

 街灯の下。すっかり葉だけになった樹をさくらが見上げていた。

 弁当買うなら今のうちかと、陽真はそぉっと通りすぎる。

 店の入口前まで来たとき、駐車場の端に先日の社用車が停まった。

「陽真さん」

 壮年の男性が後部座席から降りる。

 清水だ。

 陽真はつい不機嫌な表情になった。

「毎回毎回あんたが来るほどの契約なのか?」

「折りをみて陽真さんのアパートにご挨拶に寄らせていただこうと思っていたので」

 清水が微笑む。

「ついで扱いか」

「はるくん」

 さくらが気づいてこちらを向く。「こっち来んな」と言おうとしたが、駆け足で近づいた。

「コンビニ弁当は栄養かたよるよって言ってるでしょ」

 ぷんっとさくらが頬をふくらます。

「コンビニの娘の言うことか」

 言ってからヤバいと陽真は顔をしかめた。

 清水の反応を横目で見る。

綿貫(わたぬき)さんのお嬢さん?」

 清水がスーツの内ポケットを探る。名刺入れを取りだし、一枚抜いてさくらに差し出した。

「陽真さんの元家庭教師の清水と申します」

 さくらが目を丸くする。

「正確に言え。社長秘書の清水だろ」

「秘書さん……」

 目を丸くしたまま、さくらは清水の顔を見上げた。

「お父さまに契約書をお渡しに伺いました」

 さくらがじっと清水の顔を見る。

 唐突に九十度ちかい角度でお辞儀をした。

綿貫 桜(わたぬき さくら)と申します」

「自己紹介しなくていい」

 陽真は眉間に(しわ)をよせた。

 名刺を差し出したままの清水の手に気づき、さくらが片手を伸ばす。

「名刺を受けとるときは両手!」

 陽真は声を上げた。

「えっ、うん」

 あわててさくらがもう片方の手も差し出す。

「名刺は相手の顔と同じ! しばらく目の前に置いて、話し合いの途中でさりげなく資料等に挟む!」

「えっ、え。うん」

 さくらはわたわたと名刺を縦にしたり横にしたりしてから、胸元で持った。

「わたしが教えたビジネスマナーをよく覚えていてくださってたようで」

 清水がクスクスと笑う。

「あんたじゃない。いまの会社の研修で習った」

「そのお嬢さまですか」

 清水が尋ねる。

「どのお嬢さんでもない」

「えと……お名前は、清水さんでいいんですか」

 さくらが名刺を見て尋ねる。

 もう一度、九十度ちかい角度でお辞儀をした。

「このたびは、父がたいへんお世話になりました」

 駐車場の桜の樹が、風に吹かれてザザッと音を立てる。

 さっきはこいつ、あの桜の樹と別れを惜しんでたんじゃと陽真は何となく思った。

 不意に、さくらの目元が涙ぐみそうに見えてくる。

「清水」

 陽真は口を開いた。

「うちの系列のコンビニになるだけだろ? 改めてうちとフランチャイズ契約するってできるんじゃないか?」

「ご事情からすると、加盟金と保証金のお支払が難しいのでは」

 清水がそう返す。

 さくらが少しうつむいて目のあたりに触れる。陽真には、涙を拭っているように見えてしまった。

「契約書渡しに来たとか言ったよな。電子じゃないのか。紙?」

「紙ですが」

「アナログ親父が。よこせ」

 陽真は手を差し出した。

「紙がいいと仰ったのは、綿貫さんでして」

「うちのお父さん、ネットとか全然だめだから。ごめん、はるくん」

 さくらが口を挟む。

「何でもいいから、よこせ」

 陽真は、さらに手を伸ばした。

「どうするおつもりですか」

「破棄する」

 清水が眉をよせる。

「……どんな権限で」

「俺がフランチャイズ契約する。店舗はあのまま、改装だけしてさくらの親父を店長として採用する」

 清水がドン引きした様子で目を見開いた。

「いまのお給料で加盟金と保証金等々を支払えますか? 失礼ですが貯金はいかほど」

「財産分与で俺がもらう分から差し引け。お袋はいないから、普通なら諸経費を引いた残額を兄貴と均等ってとこだろ」

「え? え? はるくんって、お母さんいなかったの? 亡くなったの?」

 さくらが声を上げる。

 いまツッコむとこか、そこ。

 自分でも何を提案してんだと陽真は思ったが、さくらの顔を見ると止まらなかった。

「弁護士と話して出直せ。俺は電子契約書でも問題なしだ。後日メールよこせ」

 清水が(あご)に手を当て、しばらくこちらの顔を見る。

「分かりました。顧問弁護士と話します」

 そう言い、会釈して踵を返す。

「綿貫さんにもそうお伝えしますので」

 他の社員とともにコンビニの店舗に入っていく清水を見送り、陽真は長い溜め息をついた。

 何やってんだ、俺。

「はるくん、はるくん」

 さくらがスーツの(そで)をつまむ。

「……何だ」

「はるくんの会社、副業オッケーだったっけ?」

「うっ」

 陽真は(のど)を詰まらせた。

 駄目だった気がする。





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