「俺がフランチャイズ契約する」
停留所を告げる車内アナウンスを聞きながら、陽真はバスを降りた。
コンビニに向かおうとして、その手前の桜の樹に目を止める。
街灯の下。すっかり葉だけになった樹をさくらが見上げていた。
弁当買うなら今のうちかと、陽真はそぉっと通りすぎる。
店の入口前まで来たとき、駐車場の端に先日の社用車が停まった。
「陽真さん」
壮年の男性が後部座席から降りる。
清水だ。
陽真はつい不機嫌な表情になった。
「毎回毎回あんたが来るほどの契約なのか?」
「折りをみて陽真さんのアパートにご挨拶に寄らせていただこうと思っていたので」
清水が微笑む。
「ついで扱いか」
「はるくん」
さくらが気づいてこちらを向く。「こっち来んな」と言おうとしたが、駆け足で近づいた。
「コンビニ弁当は栄養かたよるよって言ってるでしょ」
ぷんっとさくらが頬をふくらます。
「コンビニの娘の言うことか」
言ってからヤバいと陽真は顔をしかめた。
清水の反応を横目で見る。
「綿貫さんのお嬢さん?」
清水がスーツの内ポケットを探る。名刺入れを取りだし、一枚抜いてさくらに差し出した。
「陽真さんの元家庭教師の清水と申します」
さくらが目を丸くする。
「正確に言え。社長秘書の清水だろ」
「秘書さん……」
目を丸くしたまま、さくらは清水の顔を見上げた。
「お父さまに契約書をお渡しに伺いました」
さくらがじっと清水の顔を見る。
唐突に九十度ちかい角度でお辞儀をした。
「綿貫 桜と申します」
「自己紹介しなくていい」
陽真は眉間に皺をよせた。
名刺を差し出したままの清水の手に気づき、さくらが片手を伸ばす。
「名刺を受けとるときは両手!」
陽真は声を上げた。
「えっ、うん」
あわててさくらがもう片方の手も差し出す。
「名刺は相手の顔と同じ! しばらく目の前に置いて、話し合いの途中でさりげなく資料等に挟む!」
「えっ、え。うん」
さくらはわたわたと名刺を縦にしたり横にしたりしてから、胸元で持った。
「わたしが教えたビジネスマナーをよく覚えていてくださってたようで」
清水がクスクスと笑う。
「あんたじゃない。いまの会社の研修で習った」
「そのお嬢さまですか」
清水が尋ねる。
「どのお嬢さんでもない」
「えと……お名前は、清水さんでいいんですか」
さくらが名刺を見て尋ねる。
もう一度、九十度ちかい角度でお辞儀をした。
「このたびは、父がたいへんお世話になりました」
駐車場の桜の樹が、風に吹かれてザザッと音を立てる。
さっきはこいつ、あの桜の樹と別れを惜しんでたんじゃと陽真は何となく思った。
不意に、さくらの目元が涙ぐみそうに見えてくる。
「清水」
陽真は口を開いた。
「うちの系列のコンビニになるだけだろ? 改めてうちとフランチャイズ契約するってできるんじゃないか?」
「ご事情からすると、加盟金と保証金のお支払が難しいのでは」
清水がそう返す。
さくらが少しうつむいて目のあたりに触れる。陽真には、涙を拭っているように見えてしまった。
「契約書渡しに来たとか言ったよな。電子じゃないのか。紙?」
「紙ですが」
「アナログ親父が。よこせ」
陽真は手を差し出した。
「紙がいいと仰ったのは、綿貫さんでして」
「うちのお父さん、ネットとか全然だめだから。ごめん、はるくん」
さくらが口を挟む。
「何でもいいから、よこせ」
陽真は、さらに手を伸ばした。
「どうするおつもりですか」
「破棄する」
清水が眉をよせる。
「……どんな権限で」
「俺がフランチャイズ契約する。店舗はあのまま、改装だけしてさくらの親父を店長として採用する」
清水がドン引きした様子で目を見開いた。
「いまのお給料で加盟金と保証金等々を支払えますか? 失礼ですが貯金はいかほど」
「財産分与で俺がもらう分から差し引け。お袋はいないから、普通なら諸経費を引いた残額を兄貴と均等ってとこだろ」
「え? え? はるくんって、お母さんいなかったの? 亡くなったの?」
さくらが声を上げる。
いまツッコむとこか、そこ。
自分でも何を提案してんだと陽真は思ったが、さくらの顔を見ると止まらなかった。
「弁護士と話して出直せ。俺は電子契約書でも問題なしだ。後日メールよこせ」
清水が顎に手を当て、しばらくこちらの顔を見る。
「分かりました。顧問弁護士と話します」
そう言い、会釈して踵を返す。
「綿貫さんにもそうお伝えしますので」
他の社員とともにコンビニの店舗に入っていく清水を見送り、陽真は長い溜め息をついた。
何やってんだ、俺。
「はるくん、はるくん」
さくらがスーツの袖をつまむ。
「……何だ」
「はるくんの会社、副業オッケーだったっけ?」
「うっ」
陽真は喉を詰まらせた。
駄目だった気がする。




