「そういう方がいらっしゃるのであれば、一度お連れしろと」
通勤用のバスから降りる。
遠目にさくらの実家のコンビニを眺め、陽真は店舗の明かりがついてることにホッとした。
さくらは、夕方の客の多い時間帯は手伝いをしてるらしい。
療養にならないんじゃないかと思うんだが、素人考えなのか。
立ち寄ったらまた栄養の片寄りがとか余計なお節介を焼かれるのかと思ったが、アパートに一番近くて便利なのだ。
さくらがレジにいても無視すりゃいいかと寄ることに決めた。
駐車場に近づく。
端の方に停まった車に、違和感を覚えた。
車種がどうとかではなく生活感がない車というか。
普段使いの車というより、取引先に向かう社用車というか。
完全に直感なのだが。
スーツの男性が降りて来る。スラッと細身の壮年の男性だ。
うっと陽真は小さく呻いた。
父の秘書の清水だ。
ヤバい。
どこか隠れるところはと駐車場から続く横道を見たところで、向こうがこちらに気づいた。
「陽真さん」
落ちつきはらった口調で清水が呼びかける。
面倒臭すぎる。回避したかったと陽真は顔をしかめた。
「何か、意外にも思ってない感じだな。ここで会うの予想してたのか?」
「お父さまのご指示で、お引っ越し先をお調べしました」
まあ、そんなところだろうなと陽真は思った。
「可愛らしい内縁のお嬢さまがいらっしゃるようで」
ぶっと陽真はつい噴き出した。
「そういう方がいらっしゃるのであれば、一度お連れしろと」
断る。
陽真は脳内で即答した。
今度はそれをネタに言いくるめにかかって来そうだ。
「そのお嬢さまとやらが、ここのコンビニの娘ってのはわざとか?」
陽真は清水を睨んだ。
「えっ」と清水が目を見開く。コンビニの看板を見上げた。
「そうだったんですか?」
薮蛇だったか。陽真は眉をよせた。
「バス停も駅も近いし、若者向けのアパートも周辺に多い。立地的にはいいのではと目をつけていたところに、経営者の方が土地と店舗を売りたいと仰っているという話を聞いて」
なんだ、平和的な取引か。
陽真は髪を掻き上げた。
さくらの話ぶりだと、弱みにつけこんで騙し取られるかのようなイメージを持ったが。
「お嬢さまの授業料を工面したいとかで」
まあ、そんなところだろうなと陽真は思った。
さくらが大学に復学するということで引っかかってはいた。
「陽真さんがそのお嬢さまと内縁関係ということになると、少々お話がややこしくなるかもしれませんが」
「……ややこしくしなくていい」
陽真は眉を寄せた。
「うちの系列のコンビニに変わる訳か」
「ええ。経営者の方も、ちょうど再来月にフランチャイズ契約が切れるので、契約更新はしないで閉店するつもりだと」
営業再開はしてみたものの、三ヵ月も閉めてた上に娘の授業料じゃ、なかなか持ち直すのはしんどいと判断したのか。
俺としては、何のデメリットもないがと陽真は思った。
さくらは閉店したあとは親に付いて引っ越すんだろうか。
まあ、今度こそスッキリしていいけどなと思う。
アパートに着くと、中から扉が開いた。
「はるくん、おっかえりぃ」
さくらがいつものピンクのエプロンで出迎える。
「……今、寝てんのか、お前」
言いながら陽真は靴を脱ぎ上がり框に上がった。
時計を見るとまだ八時前。寝るの早いなと思う。
三ヵ月も昏睡状態でいたなら、リハビリからだろうか。よく知らんがそんなことを考えてみる。
片手でネクタイを弛めると、さくらが横から手を差し出した。
「……何」
「カバンだよ。はるくん、よこして」
困惑しながら陽真は手にした通勤カバンを渡した。
「いつもこうだったか?」
「いつも渡してくれてたでしょ。どうしたの?」
カバンを両手で持ち、さくらが微笑む。
ヤバいと陽真は思った。
すっかりこいつとのやり取りが習慣化してる。
どこまでが元の生活で、どこまでがこいつに侵食されていたのか。
いなくなったら、どうなるのか。
何事もなく元の生活に戻れるかもしれんが、それはそれでも何かスッキリしない気がする。
「お前……親御さんあそこの店畳んだら、あそこ引っ越すのか?」
さくらの笑顔がほんのわずか曇った気がした。
「お父さんはそう言ってる。大学に通いやすい物件にしようって。そこで仕事も探すって」
すぐ目の前住みじゃなくなるのか。そう思いながら、陽真はネクタイを解いた。
「お前は?」
うん……とさくらは返した。
「あそこ子供のときから住んでたから、寂しいけど仕方ないよね」
そう言い苦笑する。
「でも引っ越ししてもはるくんのところには来れるよ。交通費とか全然かかんないし」
霊体だか生霊だからか。陽真は思った。
「別に……生身で来るって手もあるんじゃないの?」
しゅる、とネクタイを首から引き抜きつつ、陽真は自身のセリフを脳内で反芻した。
「ん?」
「はるくん? それじゃ交通費かかっちゃうよ」
さくらが目を丸くする。
「あ……そうだな」
何言っとんじゃと自分でも思う。
「それじゃ療養あんまり意味ないし」
「だよな。間違えた」
そう返しつつ陽真はそそくさとシャツのボタンを外した。




