「大企業の御曹司とかいうと、つきあう人はどこかのお嬢さまとか、絶対にそっち選ぶものなんですかっ?」
「すごい。温崎さんて無駄に分かりやすい」
会社の出勤時。玄関口でばったり会った立花 弥生が、そう言いながらタイムカードを通す。
「……何が」
「今日は溜め息が一回もない」
陽真は顔をしかめた。
「そんなに頻繁にはついてなかっただろ」
「うっわー。証拠の動画撮っておいたら面白かったかも」
声を上げつつ立花が前髪を掻き上げる。スタスタとオフィスの方に向かった。
いや、そこまで頻繁じゃなかったよな、まじで。
陽真はなにげに口に手を当てた。
横で別の同僚がタイムカードを通す電子音が聞こえた。
振り向くと、目が合う。
「……えと温崎さん。お、おはようございます」
セミロングの髪の小柄な女性社員がそう挨拶する。
社員食堂で話しかけてきた女性社員のうちの一人……いや違うか。なぜか一回だけ親しげな感じで挨拶してきた子だったような。
それでなんでこんな戸惑った感じなんだ。
あのときは人違いでもしてたんだろうか。
「おはよ」
そそくさとカードを取り出して、陽真はピッと通した。
名前なんだっけと思い、ネックストラップに下げた社員証を見る。
晴峯 桃香。
総務の子か。
去年の新入社員の中にいた子のような気がするが、ほとんど喋ったことはない。
「あの、き、聞いてもいいですか? 温崎さん」
オフィスの方に向かおうとした陽真を晴峯が呼び止める。
なに、と返しつつ陽真は振り向いた。
「温崎さん、ご、ご実家が、大企業って本当ですか?」
「全然」
陽真は即答した。
「あ……そうですか」
晴峯が、すみませんでしたという風にペコペコとお辞儀する。
大企業の御曹司との結婚でも狙っているんだろうか。
おとなしそうな見かけしてるが、意外と中身はイヤな女なのかなと思う。
玉の輿ねらいの女なんて他人の稼いだ金をラクして食い潰す気になってるアバズレというイメージしかない。
大企業の身内同士のゆるいネットワークで、そういう女に迫られた御曹司を結構知ってるので軽い嫌悪感がある。
あんな内気そうな子もそうだったりするのか。女って本当に見かけじゃ分からんなと思う。
コツ、コツ、コツ、と靴音を立てて自身のオフィスに向かう。
「あのっ」
晴峯が小走りで追いかけてきた。
「温崎さんっ」
「なに」
「だ、大企業の御曹司とかいうと、あの、つきあう人はどこかのお嬢さまとか、絶対にそっち選ぶものなんですかっ?」
大企業の実家ってのは否定したのに。
天然だろうか、この子。
「……知らないんだけど」
陽真は眉をよせた。
「えっと、あの」
晴峯がじっと顔を見上げてくる。
おとなしそうで可愛い顔立ちだが、玉の輿ねらいのアバズレの可能性ありなのだ。
陽真は顔を逸らして、さりげなく早足になった。
「あの」
晴峯が小走りで後ろについてくる。
「お、温崎さん、でもあの大企業の御曹司さんに、親戚とかご兄弟とかいませんか?」
やはり天然か、この子。
大企業にご兄弟がいたら、実家が大企業に決まってんじゃねえか。
「あの俺、朝の企画会議あるから」
自身のオフィスのドアの前に立ち、陽真は眉をよせた。
「あっ」と声を上げ、晴峯が口を手で覆う。
こういう仕草、かわいいんだけどな。
だがたぶんアバズレだ。
「すっ、すみません、すみません」
晴峯がペコペコとお辞儀する。
適当に返事をして、陽真はオフィスに入った。
「温崎さん、さっき総務の晴峯といなかった?」
立花が椅子に座ったままオフィスの出入口の方を眺める。
「なんか、玉の輿の乗り方聞かれた」
陽真はそう答えた。
つまり聞きたいことはそういうことだったのだろうと軽い嫌悪感フィルターを通した解釈で言う。
「んー? 晴峯、好きな人いるって言ってたんだけど」
立花が首をかしげる。
「その好きな人ってのがどっかの御曹司なんじゃねえの?」
「スパイやってた変な人って言ってたよ?」
立花が言う。
陽真は眉をよせた。
「……いつの話」
「ついこの前の飲み会。酔ったところを吐かせたからウソじゃないと思う」
立花が缶コーヒーのプルトップを開ける。
吐かせたって何だ。
こいつの本業はいったい何なんだ。
「らけど、身分違いなんれすって、最後にシクシク泣かれてさ」
結局、相手は超ハイスペックってことなんだろ。あーやだやだと陽真は思った。
「晴峯、その相手がくれたっていうイタリア風バーの無料飲み放題チケット持ってたんで、しょうがないからそのバーに放りこんできたんだけどね」
鬼のように薄情なやつだなと陽真は顔をしかめた。




