「はるくんって大企業の御曹司さんだったの?!」
さくらが洗濯ものを腕にかけ、じっとこちらを見る。
陽真は無言で洗濯ものを奪い洗濯槽に戻した。
さくらがもう一度、洗濯槽の中から衣類を取る。
「だから洗濯しなくていい! 全自動だから出勤前に回して行きゃ帰って来て干すだけだ」
「え、え? ちょっと待って。話戻そ、はるくん」
さくらが洗濯ものを抱えて後退る。
「はるくんって大企業の御曹司さんだったの?!」
「俺は次男だ。跡継ぎじゃない」
陽真はそう答えた。
「あ、だから、はるくんはふつうの会社員さんなんだ」
「兄貴も別の企業の普通の会社員やってるけどな」
さくらが首をかしげる。
「修行中の身というか、社会勉強というか?」
「普通に定年退職までいるつもりだ」
さくらがふたたび首をかしげる。
「すっとぼけてさっさと就職先決めて、俺に跡継ぎの座を押しつけやがった。俺はそうはさせるかって就活解禁と同時に怒濤の面接攻勢をかけて内定ゲット」
「ん? ん? 早口でよく分かんない。はるくん」
「ともかく実家ってだけだ」
陽真はそうと続けて、さくらが持った洗濯ものに手を伸ばした。
さくらが後退り避ける。
「何でもいいから、洗濯もの返せ」
「ねねね、跡継ぎの座って奪い合うのが定番じゃないの? 押しつけ合ってる感じなの気のせい?」
「押しつけ合ってる。あんなもん継いでたまるか」
陽真はふたたび洗濯ものに手を伸ばした。
さくらが後退って避ける。
「血で血を洗うお家騒動とか骨肉の争いとかじゃないの?!」
「バカ兄貴が俺に押しつけようとする限り、いくらでも争うけどな」
「ドラマで観たのと違ぁう!」
さくらが困惑した顔で声を上げた。
「お前が観たドラマの脚本なんか知るか」
陽真は手を伸ばし洗濯ものを奪った。
「あっ」
取り返そうとしたさくらを背中でブロックし、衣類を洗濯槽に戻して蓋を押さえる。
「ダメでしょ! 返しなさい、はるくん」
「大企業の跡継ぎだの親のコネだの羨ましがる風潮あるけどな。あんなもん受けたら最後、一生親の監視下だぞ。職場での些細な失敗から人間関係から、つき合う相手まで、まるっと親に報告が行く」
さくらが前方に回る。
「コネなんてのも同じだ。職場が合わなくても義理で辞められない。コネ話受ける奴なんてよっぽどだぞ」
陽真は小振りの戸棚からガムテープを取り出した。
ビッとテープを長く伸ばし、洗濯機の蓋に貼りつける。
「なにやってんの、はるくん」
「封印だ、封印。取るなよ」
次々とテープを伸ばして指先で切り、ベタベタと蓋に貼る。
「そんなんやって何日も置いたら不衛生だよ、はるくん」
「出勤前に回してくって言ってんだろ」
ついでに台所のシンク下の引き出しからマジックペンを取り出し、貼りつけたテープに「なむあみだぶつ」と書いてみる。
「ん?」
さくらが目を丸くした。
「効かないか、やっぱり」
十字架を書いてみる。
「ん? ん?」
「……クリスチャンって訳でもないのか、お前」
「ん? ん? うち真言宗だよ、はるくん」
その割にコンビニのレジ後ろに神棚があった気がするが。
「ま、いい。寝る。取るなよ」
陽真は引き出しにマジックペンを放りこみ、寝室を兼ねた六畳間に戻った。
カーテン越しに青い陽光の射す六畳間。
洗濯機の不快な低音で陽真は目が覚めた。
枕元の時計を見ると、いつもの起床時間よりまだ十五分早い。
お隣さんかと思ったが、音源はどうも自分のところの水回りらしい。
「あいつ……」
陽真は顔をしかめた。のっそりと起き上がり、水回りと六畳間を隔てる引戸を開ける。
案の定、さくらがいた。
いつものピンクのエプロンをつけて弁当を詰めている。
「テープ剥がすなって言ったろ」
「もう出勤時間だもん。あたしが回してもはるくんが回しても、機械さんには同じだよ」
さくらが小首をかしげる。
やり込めたつもりか、こざかしい。
「何で来てんだ。大学の復学どうした」
「体力の回復を待ってだよ。まだうちで療養中だもん」
いま自宅で眠ってるってことか。
寝ている間にここで家事をやって、果たして体力は戻るものなのか。
「パジャマも脱いで。一緒に洗っちゃうから」
言いながら鼻歌混じりで弁当を詰める。
「弁当なんか要らないからな」
「でもはるくん、ここんとこ毎日コンビニ弁当だったでしょ。栄養かたよるよ?」
コンビニの娘の言うことか。陽真は呆れながらパジャマを脱いでシャツに着替えた。
「商売下手だな、お前。家のコンビニ心配してんなら、できる限り高い弁当持ってきて健康にいいだの開運の卵焼きが入ってるだの嘘でも言って売り込め」
さくらがこちらを向く。
「はるくんにウソなんかつけないもん」
ぷんっと頬を膨らます。
え……何こいつ。
無駄にかわいい表情しやがって。陽真はネクタイを結ぶ手を固まらせた。




