「なんでなんで! なんではるくん実在してるの?!」
会社のデスク。
月ごとに区切られた書き込み欄のあるPC画面を陽真は見つめた。
月ごとの雑誌企画のアイディアで埋めて提出しろとのことだ。
だいたい年一回ある。
とりあえず四月は花見、と単純な発想で書き込んでみる。
花見。さくら。
そう書いたところで溜め息が出た。
「ぅわ。いつまで続くのそれ。温崎さん」
ちょうど横を通りかかった立花が、しかめっ面を向ける。
「そんなに未練があるなら、彼女さんに会いに行って謝ったらいいのに」
「……何で俺が謝らなきゃなんねえの」
陽真は眉をよせた。
「なんか知らないけど温崎さんが悪い気がする」
「なんだそれ……」
言い返す気力も最近は削がれた。
また溜め息が出る。
「いっそ誰か他の人とつきあうとか? 何人か女子が話しかけてたじゃん」
「どうせフラれた男って、哀れんでるんだろ……」
陽真はキーボードに突っ伏した。
「面白い解釈するねー。温崎さんってやっぱ地味に面白いわぁ」
立花がケラケラと笑う。
「外見悪くない、いいとこの御曹司が彼女と別れたらしいってなったらさぁ」
「立花」
何を話しているのか。もう他人の話も右から左だ。
「なに」
「人さがしの企画入れるとしたら、何月がいいと思う」
立花がデスクの脇で真顔で沈黙した。
ややしてから、うぇぇという感じに顔を歪める。
「温崎さん、もう病気だよ」
バスの録音されたアナウンスがアパート近くの停留所を告げる。
身体を揺らされながら、陽真は降車口に向かった。
ステップを降り、いつものように自宅アパートを遠目に見る。
またあのガランと寂しい部屋に帰るのか。
そう思って溜め息をついたとき、あたりがいつもより明るいのに気づいた。
光源をさがして見渡すと、桜の樹がある駐車場にいつになく車がずらりと停められているのが見える。
引っ越して来てから三ヵ月、ずっと閉まりっぱなしだったコンビニが開いていた。
再開したのか、へえと驚く。
あのまま閉店するとばかり思っていた。
経営者が介護で店を開ける余裕がないのだとか不動産屋に聞いてたが、葬式を挙げていた覚えがないということは、その介護していた相手は回復したのだろうか。
再開の割引セールなんかはやってないんだろうか。少し首を伸ばして店頭を眺めてみる。
何にしろ、毎日の食事が助かる。
あの位置なら、夜食が欲しくなったときにも便利そうだ。
手にしていたスマホをポケットに入れ、陽真はコンビニに向かった。
自動ドアが開き店内に入ると、コミカルなベルの音が出迎える。
ハンバーグ弁当とカップの味噌汁、夜食のおにぎりを適当に買い物籠に入れてレジ台にトンと置く。
レジにいたのは、くるくる癖毛セミロングの二十歳ほどの女の子だった。
二人でお互いの顔を凝視し合う。
陽真は目を見開いた。
さくらにそっくりな気がする。
「はるくんだ」
女の子が目を丸くしてつぶやいた。
「え、さく……?」
「ええええええええええええ!」
陽真が声を上げるより先に、壁まで後退りながら大声を上げたのは店員の女の子の方だった。
店内の客が一斉に振り向く。
「ええええええええええ! なんでなんで! なんではるくん実在してるの?!」
女の子がわめく。
「実在って……は? え?」
何だこれ。
陽真は目を丸くした。
「あああたし、この前までずっと昏睡状態で。あのあの、大学の階段からずるって落ちちゃって」
女の子がレジうしろの壁に貼りついて、わたわたとそう話し出す。
いや他人の事情なんかどうでもいいんだがと脳内は冷静に返しつつも、陽真は固まったまま女の子の様子を見つめた。
「なんか昏睡状態の間、親切なイケメンさんの家に転がり込んで新婚さんみたいに過ごす夢見てて!」
何だそりゃ。
陽真は呆然となった。
つまりここのコンビニ経営者が介護してたってのは。
このさくらそっくりの女の子だろうか。
「やだ恋愛もののラノベみたいな夢見ちゃったぁとか思ってて」
女の子が自身の頬を両手で押さえる。
「うううううそ。はるくん実在してるとか」
店内の客がそれぞれの表情でこちらに注目する。
状況を知りたそうにいつまでも見てる客と、何だ知り合いの男女かという風にケッという表情をする客と。
恥ずかしいじゃないか。
とりあえず大声出すのやめろと言いたいが、こちらも驚いて頭の動きがついて行かない。
レジのバーコードリーダーが、チカチカと赤い光を点滅させている。
陽真はさりげなく女の子の名札を目で確認した。
胸元の名札には、「綿貫 桜」と表記されていた。




