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【完結】押しかけゆうれい嫁と御曹司の夫婦生活の事情。  作者: 路明(ロア)
序章 幽霊の嫁と盛り塩と味噌汁

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「成仏してくれ……」


 コンビニの駐車場に植えられた満開の桜が、外灯に照らされる。


 ここ何ヵ月か閉まったままのコンビニだと聞いた。

 経営者が介護で忙しいらしいとか人伝(ひとづて)に聞いたが、よくは知らない。

 この近くに引っ越して来た日には閉まっていた。今もそのままだ。

 暗くなった空に白く浮かび上がった桜の花を温崎 陽真(おんざき はるま)は見上げた。

 重苦しい溜め息を吐く。

 住居はこの先の安アパートだが、帰る気になれない。

 今の企業に入社して五年。

 仕事にすっかり慣れたところで、学生の頃から住んでいた下宿を出て独り暮らしを始めた。

 実家は裕福だが、寄りつきたくもないので金銭的な援助も避けている。

 給料内で暮らすためにはなるべく節約したくて、ネットの物件情報をあちこち漁り、できる限り安いアパートを選んだ。

 引っ越すことに決めたアパートは綺麗な割に家賃は安く、友人には事故物件じゃないかとか言われたが、霊感はないので特に気にはしなかった。


 そもそも幽霊など信じてはいなかったのだ。


 自身のアパートにたどり着く。

 一階、右から二番めの玄関扉の前で、陽真(はるま)はもういちど溜め息をついた。

 唐突に内側から扉が開き、勢いで(ひたい)にぶつけそうになる。

「はるくん、おっかえりぃ」

 キャピキャピ声が出迎えた。

 くるくる癖毛(くせげ)セミロングの二十歳ほどの女の子が顔を出す。


 名前はさくら。


 やや季節外れの厚手のセーターにピンクのエプロンを着け、新妻よろしく陽真のスーツについた桜の花びらを払う。

「どうしたの? 元気ないね」

 大きな目で陽真の顔を覗きこむ。

「食塩、買ってきてくれた?」

 陽真は無言で靴を脱いだ。上がり(かまち)に上がり、すたすたと六畳の和室に向かう。

「もーお。忘れたの? 買ってきてって言ったでしょ」

 さくらが唇を尖らせる。

「しょうがないなあ。この盛り塩もらうね」

 小振りの食器棚に置いた盛り塩を指先で摘まむ。

 陽真は黙ってちゃぶ台そばに長クッションを持ってきた。

 はぁ、と息をついて座る。

 グツグツグツと鍋の中の食材が煮えている音を、何とも言えない気分で聞いていた。

「はるくん」

 改まった顔で、さくらが目の前に正座する。

 陽真は目を逸らした。

「はるくんが置いて行ってくれたご飯、いま温め直してるの。パイナップルは後で二人で食べようね」

 陽真は答えず、さらに顔を横に逸らした。

「でね、はるくん」

 さくらが構わず明るく話す。

「はるくん、お使い頼んでもいつも忘れてくるの何でなのかな? 若年性認知症とかなのかな?」

 真面目に言っているんだろうか。それとも煽りなんだろうか。

「はるくんが忘れないように、メモ書いてあげるね」

 さくらはちゃぶ台の上に転がっていたボールペンを手に取った。天板に貼り付けていた御札をペリッと剥がす。

「これに書いてあげるね、はるくん」

「う……」

 陽真は堪らず頭を抱えた。


「うわああああああああ! 何なんだよお前ええええええええ!」


「なになに、どうしたの、はるくん」

 さくらが大きな目を丸くする。

「何で幽霊のくせに御札だの盛り塩だの平気で触ってんだよ、お前えええ!」

 陽真は叫んだ。

 毎日、気が重いのはこれだ。

 幽霊なんか信じていなかった。

 事故物件なんてものも、ただの都市伝説くらいにしか思っていなった。

 ところが引っ越し翌日の朝、この謎のキャピキャピ幽霊に明るく起こされた。

 それ以降、平然と陽真の部屋に居座り家事全般をやっている。

 御札を貼っても盛り塩をしても効果なし。

 相談した不動産屋は、絶対に事故物件なんかじゃないと言い張る。

 怖くて、毎日ご飯とスイーツを供えてから出かける。

 今日は少々奮発して台湾産パイナップルを丸ごとドンと置いてやった。

 お供えものが豪華なら成仏するかと思ったが、そんな訳はないらしい。

 隣から、壁をドンドンと叩く音がした。

「あっ、すみませぇん」

 さくらが声を上げて返す。

「はるくん、うるさくすると怒られちゃうよ?」

 さくらが小首をかしげる。

「何なんだよお前えええ! 呪い殺すんならさっさと殺せえええ!」

「もう、はるくん」

 さくらが陽真の頭をなでる。

 ふたたび壁を叩く音がした。

「すみませぇん」

 さくらがもう一度言う。

「お夕飯、食べよ」

 さくらが小首をかしげて微笑んだ。

 ここ三ヵ月ずっと、朝食と夕食はこの幽霊が作ったものを食っている。

 冷蔵庫の食材を勝手に使って作るので棄てる訳にもいかない。

 食べるたびにあの世に引きずられて行くかのような寒気を覚える。

 最近は夕飯の残り物で弁当まで作る。ついに会社にいてまでも生きた心地がしなくなった。

「お夕飯、食べよ」

 そう言い、さくらがほかほかのご飯をよそう。

「はるくんが炊いてくれたご飯、美味しそうだね」

 にっこりと笑いかける。

 今にもご飯の真上に(はし)をぶっ刺されるのではないかと陽真は冷や汗をかいた。

「はい、いただきます」

 さくらが両手を合わせる。

「成仏してくれ……」

 陽真は震える声で呟き、同じように手を合わせた。





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