間話[過ぎ去りし教会の日々・3]
新しい見習い聖女が来ておよそ2ヶ月。授業の合間の休憩時間、廊下に立ちながら教室の様子秘かに伺っていたゲイルは最近の彼女達を見て笑みを溢す。
「アリサー! ちょっと良い!?」
「はい、どうしましたかミミーさん?」
「昼食当番なんだけどさぁ……お願い手伝って!」
「もちろん。喜んでお手伝いしますよ~」
「ありがとうアリサー!」
尻尾を振りながらミミーはアリサに抱き付く。そんな彼女に隣りに居たチェルシーは意地悪そうな笑みを向ける。
「これで残飯モドキは回避。良かったですねミミー」
「うるせぇやい! 残飯モドキに関しちゃお前も同じだろうがチェルシー!」
「あら怖いわー。ここに直ぐ噛み付く野良犬が居るんですけどー」
「マジで噛んでやろうかオイこの性悪」
顔を突き合わせて言い合う2人のやり取り、アリサはそれをふわふわとした笑顔を浮かべながら見て言葉を掛ける。
「お二人は本当に仲が良いんですね。素敵です」
「…………」
そんなアリサの素直過ぎる言葉に2人は恥ずかしくなったのかスッと離れる。それを見た他の見習い聖女達は「やーい仲良しー」と揶揄うように声を掛けたのでミミーとチェルシーは黙って聖気を纏った拳を振り上げる。
「ら、乱闘だぁ~!?」
賑やかを通り越して騒がしくなる教室内。笑みを溢していたゲイルは眉を顰めて頭を抱える。
(仲が良くて結構、と思ったが……男の目が無いのも考え物だな)
止めるのは簡単だが、とゲイルが思案した時だった。
「―――はい皆さん! おやつの時間ですよー!」
アリサのその言葉で教室が一気に静かになった。
「喧嘩してる人にはあげません!」
「仲良し!」
一致団結とはこのことか。そう思わせる一体感で暴れていた見習い聖女達は肩を抱き合ったり手を繋いだり腕を絡めたりして仲良しアピールを始める。それらを確認するとアリサは満足げに頷き荷物から焼き菓子を入れた袋を取り出した。
「ナッツパウダーが手に入ったので今回はメレンゲと混ぜて焼いてみました。簡単ですけどとっても美味しいんですよ」
「ありがとう! 頂くね!」
包み紙で1人分ずつ丁寧に小分けされた焼き菓子をアリサは配っていく。受け取った者からクッキーのようなそれを食べて「おいしー」「あまーい」と舌鼓を打つ。
「アリサのおやつが有るから鬼教官のしごきに耐えられると言っても過言じゃない」
「婚約者に逃げられたって噂も納得の苛烈さよねぇ。そりゃ行き遅れるわよ」
教室の外でビキッと血管の浮く音が鳴ったが誰も気付かない。アリサがくれたお菓子を能天気にサクサク囓る。
「はあ……」
ゲイルはそろそろ次の授業を始める為に教室へ入ろうかと考え、その前に自分の隣りに立つ少女へ声を掛ける。
「セシル。貴様は混ざらないのか?」
「……馴れ合う気は在りませんので」
セシルだった。彼女はまるで理解出来ないと言うように首を横に振る。
「あの子の気が知れません。聖具を隠すような愚物と仲良くするなんて」
「見付けてもらったことになっているが?」
「余計に腹立たしい。悪行を無かったことにして……貴女には失望しました」
セシルは刃物で刺すような視線をゲイルへ向けるが、彼女は全く堪えた様子が無い。それにセシルの機嫌が更に悪くなっていくのだが―――
ゲイルは笑みを浮かべた。
「聖気を抑えるなんてどんな心変わりだ? セシル」
「…………」
ゲイルの問いに何も返さない。これまでのセシルであれば容赦無く周囲を威圧するような聖気を発していただろうに、今はそれをする素振りは見られない。一体どういう心境の変化なのか……ゲイルは彼女が誰を意識しているのか察しながらも触れずに置く。
「……これは私の独り言だ。別に耳に入れる必要は無い」
黙り込んでいるセシルにゲイルは壁に背を預けて凭れ掛かりながら淡々と語って聞かせる。
「私が与える罰とは、そいつに変わって欲しいから行う物だ。命じて頭を下げさせ折檻をしても当人に反省の意志が無ければ無駄に終わる。悪人とは原因が何であれ自らが被る不利益を全て他者の所為にするからな」
ゲイルは戸の隙間から犬の獣人であるミミーと虐待児であったチェルシーに目をやる。2人はアリサと笑い合いながらも何処か居心地が悪そうにしている。
「今回に限って言えば私が何もしない方が奴らにとって罰になると踏んだ。精々あの底抜けの優しさに焼かれるような罪悪感を抱くと良いさ」
「……人が悪い」
「生憎、聖人君子のつもりは無いからな。私もただの人間だ」
そうして2人が廊下で立っていると教会の鐘が鳴る。それは休憩が終わり授業を再開させるのを知らせる音だった。
「セシル。もしお前が“切っ掛け”を欲しているのなら……夜更かしでもすると良い」
「……何のことでしょう?」
「規則正しい生活も結構だが、お前も少し変わると良い―――授業を再開するぞ! 席に着け貴様ら!」
戸を勢いよく開く。ゲイルは教室に入るなり「行き遅れ鬼教官がしごいてやろう」と宣言しそれを聞いた見習い達の阿鼻叫喚が響き渡る。
「…………」
セシルもまた教室に入る。そうして入れば“あの娘”はいつだって笑顔を向けてくる。冷たい言葉で突き放したのに、何度だって彼女は笑顔で接してくる。その太陽みたいに明るい彼女を見た時に感じる胸のざわめきが日に日に大きくなる。
セシルはこの不快な感覚にけりを付けることに決めた。今宵彼女は眠らない。