辿り着きましたよ辺境の村! 素敵な場所です!
十日間の馬車の旅が終わりました。特にトラブルも無く無事に目的地に着けてホッとします。役目を終えた馬車は私が下車すると踵を返して首都へ帰って行きます。お世話になりました。
「素敵な場所」
自然と感嘆の息が溢れました。何処か懐かしい、私の故郷に広がる自然と空気が似ているのだ。日差しの温もりを抱いた風が心地良く吹き抜けていき、私は長距離移動で疲れていた疲労が抜けていくのを感じます。これはきっと聖気の影響も在るのでしょう、ゲイル教官に聞いていた通りです。
私は私物を入れた鞄を持ち直すと歩き出します。目の前に見える水堀に囲まれた村へ向かって。
架けられた橋を渡れば塀と門、厳重に守られた村に見えますが排他的な空気を感じないのは周囲を彩る花々のお陰か。きっと村の方々が植えた花なのでしょうとても綺麗です。門の前に辿り着く頃には芳しい香りが私を包んでくれます。
「こんにちは!」
「……こんにちは」
門番の方に挨拶をする。第一印象が大事だとセシルは言っていたので背筋を意識して元気良く行きます。
しかしこの方、すごい大きい。私がそんなに背丈が無いのを差し引いてもかなりの上背です。革鎧に包まれた体は太く厚い、きっとかなり鍛え込まれた肉体が下に在るのでしょう。手に握る太く長い槍を振るえば私なんて木葉のように吹き飛ばしそうです。
赤銅色の肌と深紫色の髪もあって初めはかなり威圧感を覚えます。まるで歴戦の勇士の如き男性、しかしそんな肉体に反してお顔がとても若々しい。もしかしたら私とそこまでお歳は離れていないのかもしれませんね。
精悍な顔をした門番さんと向き合い私は自己紹介をする。
「初めまして今日からここでお世話になります! 聖女アリサ・グレイと言います!」
名乗ると門番さんは私の顔をじっと見て頷きます。
「……話は聞いている。本人で間違い無し……中へ入ると良い、〈眠り歌の村〉は貴女を歓迎する」
「ありがとうございます! これから宜しくお願いします!」
通る許可を貰えた私は意気揚々と村の中へ足を伸ばします。
「少し……待て」
「はい?」
ちょうど隣りまで来た辺りで門番さんに止められました。何でしょうか?
「頭に葉っぱが付いている」
「え!? ど、どこでしょう!?」
何たる不覚でしょう。しっかり身嗜みを整えたと思っていたのに……私は気恥ずかしさを我慢しながら頭に付いてるらしい葉っぱを探します。うーん何処に付いてるかわかりません!
「……ここだ。動くなよ」
門番さんが取ってくれました。すごい大きな手、でもその葉っぱを摘まむ指先はとっても優しくてちょっとそわそわします。
「あははー……すいません。何だか締まらなくて」
「……ふ」
しかも笑われました。うー恥ずかしい。でも笑った門番さんの顔はあどけなく見てやはりお若いのだと思いました。取った葉っぱを風に乗せて水堀に流した門番さんは微笑んで私の顔を見ます。
「オ……わたしはウェルナー。今年から門番を任されることになった」
「そうなんですか! ウェルナーさんはとても優秀なんですね!」
門番はとても大変で責任が掛かる職務だと聞きます。つまりそれを任されたウェルナーさんは若いのにすごい方ということです。
「いや、そうでもない……此処は辺境だが魔物も殆ど出ないし隣国も古くからの友好国だ。だからわたしのような若輩でも任せられる」
「いえいえ、たとえそうだとしてもウェルナーさんは偉いです。尊敬します」
「……そ、そうか? ……そうか」
そうですよ。そうに決まってます。
「……良い人だな、あんた」
そう言ったウェルナーさんの声から少し硬さが抜けたように感じます。もしかして緊張していたのでしょうか? 雰囲気が柔らかくなりました。お顔も格好いいので女性からおモテになりそうです。
「良い人だなんてとんでもないです。私なんてまだまだ未熟な身、たくさん頑張らないといけません」
「そうなのか? ……まあ困ったことが有れば言うと良い。相談相手ぐらいなら、オレも出来る」
「はい。その時はお願いします」
「ああ。そうだ教会に向かうならオレの妹にも会うことになるだろう……仲良くしてくれると助かる」
「ウェルナーさんの妹さんですか? ええ、ええ、それは勿論! 是非是非仲良くさせてもらいますね!」
そうして私はウェルナーさんと別れて村へと足を踏み入れます。最初から優しい人に会えて私の気持ちはかなり上向きになりました。それにしても妹さんですか、会うのが楽しみです。
軽い足取りで村内を進めば意外と……意外とは失礼ですかね? かなり立派な家々が多く見受けられました。私の故郷では簡素な一階建ての家が普通で二階建てなんて村長さん宅ぐらいでした。それがこの〈眠り歌の村〉では普通に建っているので驚きます。
私はこの村の教会に向かう道すがら行き交う人へ挨拶をしていきます。
「こんにちはー!」
「こんにちは。あらまあ可愛い娘だね、貴女がケイトちゃんが言ってた新しい聖女さんかい?」
「はい! 宜しくお願いします!」
“ケイトちゃん”とはこの村に居る聖女様のことです。祖母が聖女様だったらしくそのまま村で勉強も修行も行い〈眠り歌の村〉専属の聖女に成ったらしいです。つまり私の先輩になってくれる方でここでの仕事を色々と教えてくれる方でもあります。
「知らない人ー。おばあちゃんみたいな髪の毛ー」
「はーい。お婆さん聖女ですよー」
「でもきれいだねー」
「ありがとう。貴女も可愛いですよー」
小さい子供も元気良く遊んでいます。セシルが手入れしてくれた髪を褒めてくれました。とっても可愛らしいです。弟のアルスもこのぐらいの年なので親しみを感じます。故郷には未だ帰れず手紙だけの知識なので実際には会えてませんが……早く会いたいなー。
こうして声を掛けると皆さんとっても温かく応えてくれます。門番のウェルナーさんもそうでしたが優しい方々ばかりのようです。しかしウェルナーさんみたいな肌色をした人は全然見ませんね、出身が違うのでしょうか? 妹さんが居るらしいので何処かに家族で住んでいる筈なんでしょうが……後でじっくり村の中を巡ってみましょう。
そうして歩いていると目的地である教会が目に入りました。村や小さな街だと教会は大体が中心に建てられているので見付けやすいです。私は駆け足気味に近付くと扉の前で一度立ち止まります。
「素敵な教会」
長年聖女が務めてくれているからだろう清廉な空気が周囲に満ちており、聖気の輝きが教会から発せられているのを感じられます。こんな素敵な場所で働くのだからと私は気合いを入れ直すと扉を押し開いて中に入ります。
「こんにちはー。どなたか居ませんかー? 今日からここでお世話になるアリサ・グレイでーす」
扉を開けて目に映る教会の中はとてもとても素晴らしい物でした。幾度か補修を重ねて古さと新しさが混在した聖堂はこぢんまりとしながらもクラシカルさが良く調和しており、掃除が行き届いた様からこの地で長く親しまれてきたのだろうと思わせます。
そうして初めて来た教会の様子に感心していた私ですが……人の存在に気が付きます。その方は私が入ってくるのを待っていたのでしょう。聖堂の中央に陣取るように立っていた彼女は大きな声で言います。
「―――よく来たわねアリサ・グレイ!」
勝ち気そうな目に自信満々な笑顔を浮かべてその子は私を指差す。
「都会で学んできたか何だか知らないけど……しっかり理解すると良いわ! ここでは私が先輩ということを!」
「……え、えーっと? ……は、はい。それはもう重々承知してますが……その、貴女はもしや?」
聖衣に身を包み仁王立ちしながら私を待っていた彼女が何者なのか、考えずとも直ぐに答えは出ました。
「お察しの通り! 私はこの〈眠り歌の村〉に務める聖女ケイト!」
二つ結びにした深紫の髪を掻き上げてその方は名乗ります。
「ケイト・エマ・クスィフォスよ! いずれ歴史にも刻まれるこの名、しっかり記憶に刻んでおきなさい!」
ああやはり。彼女はケイト様、私の先輩になる方で間違いなかったようです。無事お目に掛かれて良かったです。