4年経ちました。16歳、旅立ちの時です
教会に来てから4年が経ちました!
16歳を迎えた私ですが体が成長した以外にあんまり大人に近付いた実感がありません。地域によっては成人扱いされる年でしょうがまだまだ子供だと思います。現に私はセシルからお世話を焼かれています。
「ほらアリサ。ちゃんと結べてないわ」
「ありがとうセシル。この服着るの難しくて……」
基礎が終わりこれからは実地の修行が始まります。その際に支給されるのが聖女様達が来ている聖衣になるのですが……これが着にくい! いや丈夫ですし汚れに強いし不思議と動きやすい大変素晴らしい衣服なのはわかるんですが!
「身嗜みは大事よ。しっかり着熟して背筋を伸ばすだけで初対面の人でもある程度信頼は向けてくれるから」
セ、セシルが言うと説得力ある~。しっかりと聖衣を着こなしたセシルの美しさはもう神々しい領域です。微笑んで立ってるだけでお布施が貰えそう……まあ相変わらず表情の変化に乏しいんで普通の人が見ても笑ってるか分からないみたいですけど。巷ではそれが良いと評判ですが普通に笑えた方が可愛いですよね?
「き、緊張してきました」
「今から緊張してどうするの。配属される場所は此処から十日掛かる聖地でしょう。ずっと緊張してるつもり?」
「そうでした」
今日、私達は4年間を過ごした学び舎を旅立ちそれぞれの修行地へ向かうのです。
「セシルも頑張ってね!」
「私は何処にも行かないわよ? “高位聖女”に任命されたからこのまま王都勤めになるから」
「そうでした!」
優秀なセシルは修行過程を飛ばし、更に普通の人なら最低20年は掛かる高位聖女と云う地位を授与されたんでした。当然最速記録であり最年少記録です。すごすぎー! ちなみに以前までの最速記録は20歳で高位聖女になったゲイル教官だったります。
そんな風に改めてセシルのすごさを思い知った私は嬉しくなります。
「ふふーん」
「急に笑ってどうしたの? 何か嬉しいことでもあった?」
「いえ、私の友達はすごいなと思って」
「何それ」
服を整えてくれたセシルは次に櫛で私の髪を梳いてくれます。畑作や養鶏で痛んでた髪もこの4年で随分綺麗になった気がします。これもセシルが髪油をくれたお陰なんですが。良い匂いがするしサラサラになるしで購入するとすごいお高い感じがします。
「手紙と一緒に送るようにするわ。オイル」
「え、悪いですよ。そこまでしてもらうなんて」
「1人分作るのも2人分作るのもそう変わらないわ。有り難く受け取りなさい」
「……ありがとうございます」
そうしていると手入れが終わる。セシルは私の身形を上から下まで確認すると満足そうに頷いた。
「完璧。さあ行きましょう」
「はい」
手を取り合い私達は部屋を出る。4年間過ごしてきた部屋と別れる。お世話になりました。
●●●●
「―――向こうに行っても己が出来る事を全うするが良い」
「はい! 頑張ります! お世話になりました!」
ゲイル教官がこれから修行地へ向かう見習い達一人一人に激励の声を掛けていく。厳しくも思い遣りに溢れた方からの言葉に友人でもある彼女達は涙を溢す。これは私も泣いちゃいそうですね。
そして最後だった私の番が来ました。
「アリサ・グレイ。……なんだ、もう泣いてるのか?」
「う゛ぇええええん、だっでぇええええ!」
いや無理ですもう泣きますこれ。お世話になったゲイル教官もそうですけど仲良くなった友達ともお別れすると思うと堪えるなんて出来ません。
「まったく貴様は。これからが本番なんだぞ? そんな調子で大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶでずぅうううう!」
「……そうだな。貴様なら何処へ行っても大丈夫だろう」
今頭を撫でられるのは本当にマズいですよ教官。涙が止められないじゃないですか。
「アリサ・グレイ。貴様は聖女に成るべく集められた者の中で最も弱い。適性さえも不明で中位聖術は辛うじて治癒の光が使えると言って良いのかも疑問なぐらいのか細い効果の微妙な物で他の聖術なんてからっきしの貴様は……いやもうはっきり言ってしまえば歴代最弱だろう」
「ぶぇええええええ!?」
酷いです。本当のことだとしてもこのタイミングで言うのはちょっと酷いと思います。別の意味で涙が出て来ました。「あははははは」って皆さんちょっと笑わないでくれません? さっきまで良い雰囲気で泣いてたじゃないですか。
「弱い。弱いが……これは十分に教導出来なかった私の責任でもある。すまなかったな」
「き、教官は何もぉ……私がダメダメだったからぁ……ぐす」
他の皆さんは問題無く自身の適性を見付けて成長なされたんですから、やっぱりこれは私の問題です。ゲイル教官は立派な方なんです。
「顔がぐちゃぐちゃだぞ。綺麗な顔が台無しだ……ほらこれで拭け」
「うううう」
手巾で私の涙を拭ってくれます。うう格好いい……そりゃ見習いの中で告白する娘も出てきますよ。ゲイル教官はすごく複雑な顔してましたが。
そしてゲイル教官は私の顔を拭き終わると優しい笑顔を浮かべる。
「私が出した結論は、それでも先の通りだアリサ・グレイ。その聖衣よく似合っているぞ。胸を張り、己が信じた道を進め」
「……っ! はい!」
「良い返事だ。向こうに行ってもその調子でな。それと私との約束は覚えているか?」
「はい! 忘れてません!」
「ならば良し! 己が責務を果たせよ“聖女アリサ”!」
そうして全員への激励を終え、遂に私達はそれぞれの道を行くことになります。行き先によっては途中まで同じ馬車に乗ったりが普通なのですが……私だけちょっと事情が違うので1人で修行地へ行くことになります。
「十日も1人なんてやぁーだぁー! 誰か一緒に行こうよぉー!」
「頑張れアリサ! ポヤポヤしてそうで実は逞しいあんたなら大丈夫だ!」
「私も寂しいけれどアリサさんなら平気ですよ。私達が昔嫌がらせしても平気だったんですから」
「……え? 嫌がらせ?」
何のこと? 意味がわからず私は目を向けて問い掛けましたがミミーとチェルシーは顔を逸らします。嫌がらせって言いました? いつのことですか全く心当たりが無いんですけど。
困惑している間に私が乗った馬車が動き出します。どうやら時間が来てしまったようです。
「……あれ? そういえばセシルは何処に?」
ゲイル教官の激励の時には居てた筈なのですが皆さんが移動を始める頃になってセシルの姿を見てない気がします。最後に改めて声を掛けておきたかったんですけど……
そんな時でした。
「【旅立つ者に星の導きを】【新しき出会いに新緑の祝福を】【我願うは友の幸いなり】」
教会から膨大な聖気が発せられると共に滔々と唱えられたのは聖句。この声は―――
「セシル」
居た。遠くて直ぐにはわかりませんでした。だけど居ました。セシルは教会の天辺に立ち聖句を唱えて聖術を行使していました。それは浄化と並んで初歩の聖術に分類される物でしたが込められた聖気の桁が違います。
セシルさんの周囲が聖気で満たされ輝きを放つ。そして高位聖術と同等かそれ以上に聖気を込められた聖術が発動する。
「【門出の詩】」
聖術によって生み出されるのは“鐘”。本来なら掌大の鐘を鳴らして旅立つ者を祝福するのが門出の鐘……ですがセシルが生み出したのは巨大な釣り鐘サイズ。宙に浮かんだそれが大きく打ち鳴らされると聖気が乗った音色が周囲に広がります。
「すごい」
門出の詩に明確な効果は無く、ただ本当に前途を祝する気持ちに形を与えただけの儀礼用の聖術です。鐘の音と共に舞い散る花弁のような光がとても綺麗な聖術……その術をこのように大規模に行えば―――
「都市全体に」
光の花弁が優しく舞い降りる。なんて幻想的な光景。
馬車の窓から手を伸ばして私は掌で光を受け止める。それは直ぐに散って消えてしまうけど、胸の奥に温かな物が広がっていく。
「……ありがとうセシル。行ってきます」
遠くて表情なんか見えませんけどセシルはきっと笑ってくれています。だから私も涙を拭って笑顔で彼女に手を振ります。
またいつの日か。ありがとう。私頑張ります。