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 間話〈過ぎ去りし教会の日々・1〉

 碧い髪を揺らしながらセシルは教会の廊下を歩く。時折同期や世代が上の聖女見習い達と擦れ違うが見向きもしない。挨拶をしないのは失礼に当たるのだが誰もそれを咎められずにいた。それもその筈セシルは膨大な聖気を(わざ)と垂れ流して周囲を威圧しているからだ。彼女の適性である“氷”の属性も混ざったそれは並みの魔物でさえ尻尾を巻いて逃げ出す程、実戦経験の無い未熟な彼女達にとっては刃風(じんふう)吹き荒ぶ大雪山に身を投じた気持ちになる。


(この中でどれだけの人が物になるのか……今の育成方針は悠長に過ぎる)


 怯えを見せて距離を置く見習い達に極寒の目を向けてセシルは用が在る場所へ向かって歩を進める。


何時何時(いつなんどき)邪神が復活するか、それに比肩する災厄が訪れるとも知れないのに)


 セシル・アイズベルク・キュアノスは高貴なる己が血統に誇りを持っている。故にそれに相応しいよう振る舞い努めてきた。だからこそ許せないことが在る。


「失礼します。見習い聖女のセシルです。ゲイル教官に用件が在って来ました」

「……また貴様かセシル」


 教導聖女が詰めている部屋に入室したセシル、彼女に対して教導長であるゲイルは椅子に座ったまま眉を顰めて出迎える。ゲイル以外にも居た2人の教導聖女はセシルの放つ空気に完全に萎縮してしまっている。


「その刺すような聖気を今直ぐ納めろ。目上の者達への敬意は無いのか?」

「これは私なりの敬意です」

「はぁ……まったく。とんだ問題児だ貴様は」


 ゲイルは指を鳴らす、その瞬間に室内へと放たれた“風”の聖術がセシルの聖気を包み込むと彼女へと押し込んだ。張り詰めていた空気がほぐれ誰かが漏らした安堵の息が静かに響く。


「流石はゲイル教官。聖女でありながら聖戦士よりも過酷な戦場に身を置き人々を救済してきたその手腕、感服致しました。“猟嵐の聖女”は憧れの名の一つです」

「お世辞は……いや本気か? あとその二つ名の所為で私がどれだけ苦労を……いや関係無い話だな。それで? 何の用だ」


 ゲイルが足を組み替えた。その右脚は膝下から義足であり木製のそれが床をコツンと打ち付けた音が鳴る。セシルは静かな部屋の中で自らの用件を伝える。


「1ヶ月が過ぎました。何時(いつ)まであの無才を通わせるおつもりで?」

「……あの娘も大事な教え子の1人。何度でも言うぞ、私はあの娘も他の見習達と同じように教育する。以上だ」


 名前は出していない。しかし互いに誰のことかは理解している。


「無才の聖女など居るだけで教会の信用を下げます。故郷に帰してこれまでと同じ生活をさせれば宜しいかと。その方が彼女自身の為にもなるでしょう」

「セシル。それを決めるのは同じ見習いの貴様ではなく教導聖女たる我々の役目だ。その我々があの娘を()としている」

「見習い……確かにゲイル教官と比べれば私は未熟でしょうがあの無才はそれこそ見習い以前の論外でしょうに」

「貴様は未熟以前に()()()()()()だ」

「……! ……っ……」


 何かを言おうと口を開いたセシル……だがそれは言葉にならずただ空気だけ出入りする。

 ゲイルの“風”の聖術。彼女がセシルから音を奪って言葉に出来なくしたのだ。それはつまりこれ以上の問答を拒否したと云うこと。


「話は以上だ見習い聖女セシル。飯時なんだから何か食べて頭を冷やしてこい」

「……それでは。今日はこれで失礼させて貰います」


 終始無表情、しかしその目に不満の色を浮かべるセシル。彼女はゲイルの聖術を解かれて発言を許されると引き下がる旨の言葉を伝え素直に部屋から出るように背を向けた……だが扉を通る直前にセシルは言い残す。


「誰が何と言おうと、私はあの無才を認めません。絶対に」


 ―――そうしてセシルは部屋から立ち去り平穏が訪れる。

 ゲイルはセシルが居なくなったのを見届けると「はぁ~」と深い溜息を吐くと背もたれに深く身を預けて独り言ちる。


「……あの娘は……アリサは貴様が思っているよりも大事な物を持ってるよ」


 そうしてゲイルは午後から行う授業内容を確認する。願わくばいつの日かセシルがアリサと云う聖女を認めてくれることを祈って。





 この日から何十日後かに、ゲイルはセシルから「アリサと同じベッドで寝たいから大きいサイズのベッドを部屋に入れて頂戴」と言われて椅子から転げ落ちるハメになるなど知る由も無かった。

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