謎は残りますがのんびりと旅を始めましょう
森の上空。かなりの高度で留まりながらネロさんは難しい顔をしています。
「どうかしましたか?」
「……いや、中々姿を現わさないなと思って」
どうやらフリアエが来ないことを不審に思っているご様子。
「聖気が濃いからでは? ……あ、でも前の時はそれでも襲ってきましたね」
「ああ。影響範囲ぎりぎりなら掠めて飛行はする。だから此処で待っていればまた襲ってくると思っていたんだが……変だな」
ネロさんが周囲に視線を巡らせるのに倣って私もフリアエを探してみます。もしかして寝てたりするのでしょうか? まあ復活した魔物がどんな行動をするのかは知りませんが。
「……あ」
何か見えた気がします。
「居たか?」
「え、えっと……多分? 向こうに」
小さく見えた黒い影。かなり距離が有りますが何とか特徴的な四つの翼を備えた輪郭が窺えます。
「随分遠くに居るな。よし、じゃあ行くぞ」
ネロさんは此方から接近するようで私の体を更に抱き寄せます。密着しすぎて思考が一瞬飛びました。女性とは全然違う筋肉質な感触が服越しに伝わってきます。
「わひ」
直後、飛翔。空気の壁を貫いたボッという鈍い音が聞こえたと思ったら周囲の景色が一気に後方へと流れていく。凄まじい速度。ですが不思議なことに私に圧迫感が掛かることは無く、むしろネロさんとの接触による緊張感を除けば快適と言って良い状態。これも魔術の効果なのでしょうか。
見る見る間にフリアエとの距離は縮まり……そして遂にネロさんは前回遭遇した時と同じ程の距離にまで接近しました。
「ん?」
「あれ?」
そうして気付く……いえ、途中で違和感は覚えていたのですがそれが間近に来たことで確信になったのです。
「キュールルル!!」
目の前にしたフリアエなのですが……何と言うかその……
「少し小さくありませんか?」
「…………」
初めて目にした時の恐怖は今での私の中に残っています。だからこそ断言出来る、このフリアエは以前見た時よりも一回りは小さいことに。もしかして別の個体でしょうか? でもこの付近でそう何体も出没しているなら情報は有る筈でしょうし……ならこのフリアエは復活した個体と考えるのが自然でしょう。ネロさんも同じ考えのようで眉を顰めてフリアエを睨み付けています。
「ケェエエエエエッ!!」
そんな私達の戸惑いなど知った事かとフリアエは突進してきます。
「……魔力矢」
ネロさんは油断無く構えていたのでしょう。フリアエが攻撃態勢に入った瞬間にはもう魔術を行使、突進してきたフリアエにネロさんが放った魔力矢が直撃します。
「――――――」
前回と同じく一撃、しかし結果は全く違います。
「ネロさん、これって……」
「…………」
落下したフリアエの死体を確認する為に地表へと降り立つ私達、そこで見たフリアエの死体は上半身を丸ごと紛失した姿。前回は頭部だけだったのに今回はより大きく吹き飛ばしています。一回り小さくなっていたことを差し引いても損傷が大きく見受けられます。
「は? え? ……弱っ……いや弱すぎだろう? どういうことだ?」
「わ、私に聞かれてもわかりません」
困惑が顔に出ているネロさん、ちょっと珍しい表情です。どうやら小さくなっただけで無く弱くもなっているようです。
おかしいですね。ネロさんの話が本当なら強くなっている筈なのに……これでは逆です。
「俺の力が変わった? いやそんな筈は無い……何か変化が在れば直ぐに分かる。ならこの状況は……」
ネロさんは光翼を消して私から離れるとフリアエの死体を検分します。時折自らの掌に魔力や聖気を励起させて調子か何かを確かめていますが、そこから変調は感じられないようでこのフリアエの弱体化の原因はわからないようです。
「……い、一応浄化しておきますねー」
手伝えることが無い私は一言ネロさんに断りを入れてからフリアエの死体に浄化を掛けておきます。こうすることで普通の動物や虫も魔物肉を安全に捕食出来るようになるので自然に還り易くなるのです。私達の食料にするかどうかは後で考えましょう、手持ちだけで旅の間の食事は十分賄えますので。
「…………」
「……? ネロさんどうかしましたか?」
私が浄化を掛けている私をネロさんは真剣な目でじっと見ていました。もしかして浄化を掛けるのは拙かったのでしょうか?
「アリサ」
「はい」
「……いや何でも無い。続けて大丈夫だ」
「はあ、わかりました?」
何か気になることでも在ったのでしょうか、しかしネロさんはそれ以上言及することは無くフリアエの死体に向き直ります。
「―――弱くなるのは寧ろ歓迎すべきことか」
私が浄化を続けているとネロさんのそんな呟きが聞こえてきました。
考えていたことに整理が付いたのかネロさんは表情を柔らかくすると私の傍に移動して声を掛けます。
「アリサ、浄化が終わったら旅を始めようか。聖国へ向けて」
「わかりました。じゃあ頑張って終わらせますね」
「いや急がなくて良い。時間に余裕の在る旅だ、のんびりと行こう」
ゆっくりで良いと言われましても、ただでさえ私の聖術は時間が掛かります。なので私は頷きつつも出来るだけ早く終わるよう浄化を使うのでした。
●●●●
今、私は中々に贅沢な料理をしています。
「ぐ~るぐ~る」
フリアエの巨大なモモ肉が炭火の熱でじゅわじゅわと焼けていきます。ある程度火が通れば鉄串に取り付けた把手を掴んでモモ肉を回転させ火入れ場所を変えます。2本の支柱で支えられた肉塊はゆっくりゆっくり中へ火を通していき、滴る肉汁が炭火に落ちて何とも言えない芳しい香りを放ちます。
「屋外だからこそ出来る調理ですねー」
オーブンで丸焼きにするのとはまた違う、炙り焼きでこそ生まれる旨味を想像して私の口の中には唾液が溢れてきます。ごくり。表面に擦り込んだ香辛料と調味料もこの美味しそうな香りに一役買っていますね。
一口大にカットした野菜と胸肉の一部を串に刺して炭火の近くへ突き立てます。これは丸焼きが出来上がるまでの繋ぎのような物であっさりとした仕上がりにします。
「夕暮れまでには食べられそう」
両方の焼き加減を確認しながら直ぐ傍に有るもう一つの焚火で煮込んでいる鍋の蓋を開く。うんうん、少し火を小さくして後はじっくりことこと煮込みましょう。野菜たっぷりのスープも良い感じです。大量に作っていますが余っても朝食に回せますし白雲の鞄へ収納も出来るので豪快に調理できて楽しいです。
そうして私が夕食を作っている時でした。
「あ、帰ってきたみたいですね」
草原を駆ける力強い疾走音。その方向へ目を向ければ予想していた姿が見えました。
大きな馬、優しい黄褐色の月毛のそれに跨がるのはネロさんです。とても速い走りで周辺を駆けていたネロさんは私の方へ近付くとお馬を減速させます。
「おかえりなさい」
「ああ。この辺りで危険そうな物は無かった」
「わざわざありがとうございます。飲み物ご用意してますよ」
あの封印の森から発ってかなりの距離を進んだ所、もう聖気の影響も無くなり魔物と遭遇する可能性も在る地域に踏み込んだ私達。ネロさんは野営するにあたって危険な生物が近付かないよう偵察と威嚇を込めて周囲を駆け巡ってくれました。
私は馬から降りたネロさんに飲み物を入れたカップを手渡すと、次にお馬さんへ桶いっぱいに溜めた水を与えます。
「はーい、トニトルスもご苦労さまです」
「ブルルル」
一度鼻を鳴らしたお馬さん、トニトルスは桶に口を突っ込むとごくごくと飲んでいきます。その姿をネロさんは苦笑しながら見ていました。
「……それは俺が召喚した霊馬だから飲食は無用なんだがな」
「えー? でもこんなに美味しそうに飲んでますよ?」
よーしよーしトニトルスは可愛いですねー。私はその大きな馬体を撫で撫でします。普通の馬よりも二回りは大きいその体躯はとても撫で甲斐が有りますね。クリーム色の毛並みはつやつや滑らか鬣もさらさらふわふわで触っていると気持ちが良いです。額に生えた角が格好良い素敵なお馬ですね。
「……馬での移動は初めてと聞いたが、痛む所は無いか?」
「大丈夫です。この子の背中はとっても大きくて乗り心地が良かったので」
「ブルルル」
今回の旅での移動手段はこの子、トニトルスの脚で行うことになりました。この子はネロさんの聖気によって仮初めの肉体を与えられた霊馬らしく普段はネロさんが所持している聖具の中で眠っています。封印される時に一緒に放り込まれていた道具の一つらしく、これもまた貴重で現在では国宝級かもしれません。
手綱を握るネロさんの後ろに乗り平原を駆けて私達は今ここに居ます。馬車で行く距離の3倍は進んだでしょうか、そんなに速く走ったのに揺れや衝撃は驚く程無くてとても快適でした。何でしたら馬車の方がお尻が痛くなります。トニトルスは偉いです、最初はネロさんと2人乗りでドキドキしてたと思うのですがその胸の高鳴りは走りの爽快感に取って代わったのですから。
「お水のお代わり入れますねー」
熱湯を混ぜてほんのり温めた水に塩を溶かし入れた物を桶へと注ぐ。底を舐めていたトニトルスは追加のそれを嬉しそうにごくごく飲んでいきます。
聖気が続く限り休憩も飲食も不要で駆け続けられる霊馬とは云えやはり労る気持ちは大事だと思います。まあそれとは別にトニトルスが可愛いのでただ私が餌付けしたいという気持ちが大きいのも有ります。実家の鶏達も可愛いのですが基本的に食用だったので可愛さの方向性が少し違いますね。
私も馬か、それか犬や猫を飼ってみたいです。でもトニトルスみたいに弱い魔物ぐらいなら角から放つ雷で撃退出来る頼もしい動物は流石に飼えませんよねー。残念。




