出発の準備です、楽しい旅にしたいですね!
私は嬉々としてネロさんの部屋に行って報告します。
「エリザヴェータ様へのお目通りが叶いそうです!」
「……もう連絡が出来たのか?」
「はい! 妖精の手記を使ったので直ぐでした!」
「妖精の手記……何なのか知らないが便利な物が作られたんだな」
どうやらネロさんは妖精の手記を知らなかったようです。確かにこれは最近ようやく実用化された物ですもんね。
「友達……セシルって言うんですが、その方がエリザヴェータ様と会う日取りを調整してくれるんです。だから聖国に到着する日程が知りたいらしくて―――」
私はネロさんに手紙でやり取りした内容を伝えます。
「―――と云うことになりました」
「そうか」
「…………」
伝えてから気付きます。ネロさん、私が同行するのを嫌がりませんかね? これって我儘を通したと思われても仕方がありませんし……今更ながら不安になってきました。
「じゃあ宜しく頼む」
「……はい?」
「一緒に聖国まで行くんだろう? 迷惑を掛ける」
ですがネロさんはいつも通りの様子で、いえ寧ろ私に対して少し申し訳無さそうな感じで言いました。
「め、迷惑だなんてっ……最初から同行したかった私的にはとても嬉しいと言うか……!」
「それでもだ。アリサを同行させるとなればセラピアとクスィフォスにも留守にする旨を伝えなければならないだろう?」
「あ」
そうでした。ファン様とケイト様にこのことを伝えなければなりません。
「俺は聖国までゆっくり……今の世界がどうなっているのかこの目で確かめながら行くつもりだ。そうだな、2ヶ月程掛けようか」
「2ヶ月……」
聖国へは馬車を使えば1ヶ月前後。おそらくネロさんはそれらを使わず自力で移動するつもりなのでしょう。
「急がなくても大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。邪神の影響を受けたとしても数年は誤差のような物だ」
「そうなんですか?」
「ああ。だが一定の年数を超えれば新世代が親世代を駆逐して成り代わり縄張りを広げる。魔物の強化は元が強ければ強い程に上がり幅が増えるから……10年が境界線だな。それ以降は加速度的に強くなる魔物によって世界が侵略される」
「…………」
「逆に云えば2、3年は何の問題も無い。世代を経て強くなると言っても産まれ立ての幼体が無力なことに変わりないからな。それが生き残り親になって初めて次の強い世代が生まれる」
想像していたより余裕が在ったと思う反面、ネロさんの邪神と呼ばれる力の怖ろしさを少し見誤っていたと知ります。ネロさんが封印から解放され今この瞬間にも魔物は強くなっている。じわじわと、初めは誰も気付かないような早さで。しかし気が付いた時にはもう手遅れになるような影響力で。
怖ろしい話ですがネロさん自身はそこまで深刻には考えていないようで終始穏やかな様子で語ります。それはきっと―――
「何なら一年ぐらい世界旅しても良いとすら思っているぐらいだ。だからお前も軽い気持ちで居れば良い」
「……わかりました」
「じゃあ日程を伝えておいてもらえるか? そのセシルという者も早めに知っておいた方が助かるだろう」
「そうします。では早速伝えてきますね」
それはきっと、ネロさんは封印されることを受け入れているから。死ねないから永遠に近い時間を孤独に過ごすことを決心しているから。
ネロさんの部屋を後にし自分の部屋に戻った私は便箋を取り出す。そして村を出発する日と聖国到着までの日数を記す。
「後は今回の旅の許可を取らないと」
事後承諾になるので正直かなり失礼だと思っています。それでも何とか説得しないといけません。私はこの件に関しては関係者なので。
そうして私は緊張しながらファン様とケイト様に聖国に行く件を報告したのですが―――
「良いさ良いさ行っておいで。どうせならアタシの紹介状も書いといてあげるよ。こんなの幾つ有っても良いからね」
「アンタ修行に来てるって意識が薄いんじゃないの? こっちに来てまだそんなに経ってないのに。だけどまあ、行ってくれば良いんじゃない?」
快く承諾してくれました。正直とても助かります。
「聖国は良い所だよ。まあちょいと堅物過ぎる場所だが……友達が案内してくれるならまあ大丈夫じゃないか?」
「私も行ってみたいのに……ねえお祖母様、私も行っちゃ駄目?」
「ケイトが居ないと村人が困るだろ? また今度」
「ぶー。ちょっとアリサ、ちゃんとお土産買ってくるのよ」
お土産きちんと買ってきます。名物とか有るのでしょうか?
やることが決まったので次は出立までの準備です。
セシルに日程を伝えれば『わかった』と返信が有ったのでこれで聖国に着いた時の心配は無くなりました。とても有り難いです。
次に移動手段。これはネロさんに相談したところ―――
「脚なら用意出来るから心配要らない」
そう言われました。千年封印されていたネロさんにどんな移動手段の当てがあるかはわかりませんがネロさんがそう言うならお願いしましょう。
「ではその間の天幕や食事はどうしますか?」
馬車などで移動するなら立ち寄る村や街が決まっているのでそれを考慮して準備をするのですが、ネロさんが移動手段を考えるのなら色々と相談して決める必要が有りますね。
「テントは不要だな、それもこっちで用意出来る。食事は……お前が持って行きたい物が有れば全部運べるぞ」
「え? 全部?」
「ああ、全部」
びっくりしました。聞き間違いでは無く本当に持って行きたい物は全て運べるようです。ネロさんはいったいどんな移動手段を用意するつもりなのでしょうか?
「……えーっと、それでは前日までに荷物をまとめておきます」
「よろしく頼む」
とても簡単に出立の予定が立ってしまいました。本来はもっと色々と頭を悩ませるのですが、正直言って楽ちんなのは嬉しいので問題無しです。
こうして驚く程順調に出立の準備が整っていくのでした。
●●●●
出立の日、私とネロさんは〈眠り歌の村〉の皆さんから見送られながら出発しました。全部終わったらまた帰ってきますからね。
「晴れて良かったですねー」
ほぼ手ぶらの状態で私達は最初に予定していたフリアエ探し……ネロさんが仕留めて復活している筈の魔物を見付ける為にあの封印が在った森へと向かいます。
「でもすごいですね、ネロさんが持ってる“魔道具”。荷物がこれに全部入ってしまいました」
「長旅で苦労するのはいつも嵩張る荷物だったからな。その【白雲の鞄】を手に入れてからは随分と楽になった」
私は左手首に巻いた白い腕輪を指でなぞる。表面には古い魔術言語が刻まれていて魔力によってぼんやりと光を放つ。
出立する前日にこれを渡された時は驚きました。魔道具はとても貴重で高価ですから。しかもネロさんが取り出したこれは現在では製造不可能とされている代物です。
「ネロさんの時代ではまだ魔石を溶かして加工する技術が残ってたんですね。今は形を整えるぐらいが関の山で……だからこの形の品は初めて見ました」
魔石は加工して使うのが普通、ですがその方法も宝石のように研磨するか割って小さくするか砕いて粉末にするのが精々です。なので性能が高い魔道具を作るとなればそれだけ大きなサイズの魔石を使うか小さくても数を多く揃えて使うかになります。
それに対してこの白雲の鞄は魔石を溶かして柔らかくし何層にも折り畳んで形成された魔道具です。折込むごとに新たに魔術を刻み込めるのでその分の術式密度がすごいことになっています。
「2頭立ての箱馬車ぐらいの容量でしたか? 今の時代でこれと同じ性能を持たせようと思ったら旅行鞄ぐらいの大きさになりますよ」
「それは腕に付けられないな」
異空間収納・軽量化・縮小化・耐環境・保存・防衛……どれも構成する上で重要な魔術なので外せません。敢えて言うなら軽量化と保存あとは耐環境でも無くせば現代でもそれなりに小さく出来るかもしれません。それなりなので腕輪サイズはどちらにしろ無理でしょう。
そんな優秀な品物である白雲の鞄に私は今回大量の食材や調理器具を収納させていただきました。これで道中の食事は完璧です本当にありがとうございました。
「ネロさんってこんな便利な魔道具、色々と持ってたんですね?」
「実は封印前に私物全て仲間に渡していたんだが……誰かが直前に放り込んだみたいだな。幾つかあの場に転がっていたのをこうして回収した」
貴重で便利な魔道具はこれ一つではありません。他にも色々とネロさんは持っていてそのお陰で今回の旅はかなり快適な物となりそうです。
ちなみに妖精の手記は魔道具ではありません。何なのでしょうね不思議な代物です。
そうして私達は森の近くにまで辿り着き、ネロさんは聖術を行使して光翼を発生させます。もう邪神なのに聖術が使えることに疑問はありません。人は慣れる生き物ですから。
「じゃあ飛ぶぞ。高い所で待っていれば自然と寄ってくるだろう」
「わかりました」
フリアエと遭遇する為に前回と同じように飛行状態で待機する予定です。私はネロさんが差し出した手を取り身を預けます。
「少し揺れるぞ」
「…………」
「アリサ? 大丈夫か?」
「は、はい! 問題ありません大丈夫です!」
やっぱりこの肩を抱かれた体勢はちょっと恥ずかしいです。心臓がうるさいぐらい鳴っているのがネロさんに聞こえていないか冷や冷やします。
変に離れた場所で待っているよりネロさんの傍が安全なのは理解していますが……あ~う~、フリアエが来るより先に私の限界が先に来てしまいそうです。人が慣れる生き物って嘘かもしれません。




