何故邪神は世界を滅ぼすのか、そして驚愕の―――
ネロさんと聖堂で言葉を交わしてから5日。すっかりネロさんの姿が日常に加わりました。
ネロさんは教会の空き部屋を借りる代わりに様々な手伝いをしてくれます。それは教会での雑務に留まらず村内に有る人手が必要な作業まで。
「―――畑の拡張はこれで終わりか?」
「ああ助かった。あんたが魔術を使ってくれたから随分楽に終わったよ」
鋤を担いだウェルナーさんが同じく鋤を手にしたネロさんにお礼を言います。彼等の他にも男性の方が数人居て、目の前には広く掘り返された土地が有ります。
ここは村の外。これは畑を広げて収穫量を増やそうと考えての作業でした。当初は一回り拡張する予定でしたがネロさんが手を貸したことで二回り以上広げられ、後日に回す筈だった柵の設置も完了しています。私やケイト様などの女性は力仕事でお疲れな皆さんの為に食事や飲み物を用意したので、全ての作業が終わった現在それをネロさん達に渡しています。
汗をかいて失われた塩分と水分を補うようにネロさんとウェルナーさんはチキンフライを挟んだパンと水を口に付け、そうして人心地付いてから雑談を始めます。
共同作業で仲が深まったのでしょう、ネロさんとウェルナーさんは終始朗らかに話を楽しんでいるご様子。背丈はウェルナーさんの方が高いのですが年季を積んだネロさんは威厳が在って大きく見えます。
「―――土の魔術使って一気に地面を引っ繰り返すとは思わなかった。牛も馬も要らないな」
「そうでもない。魔術は大雑把だ。土塊が残ったりしていただろう? やはり細かい部分では人の手が必要になってくる」
「確かに仕上げは手作業でやったが……もともと数日掛かりで進める予定が半日で終了だぞ? オレの魔術なんて斬り裂くぐらいだから羨ましいよ」
「物は使いようだ。修練を積めば自然とやれることが増える」
「……そうか。じゃあ頑張ってみようかな」
「村に居る間なら少しは教えてやれる。時間が有れば来ると良い」
「ありがとう。世話になる」
ネロさんはまるで先輩か近所のお兄さんのように接して色々と教えてあげてウェルナーさんはそれを嬉しそうに聞いています。周囲に居る村人の方々も会話に混じったりしてとても楽しそうです。
「よし! 男が集まってるんだから力比べするか!」
何故か男性達で腕相撲大会が始まりました。いや本当に何で? 不思議です、畑作業で疲れているのにどこからそんな元気が出てくるのでしょうか。筋肉が全てを解決してくれるのでしょうか、私は鍛えても全然筋肉付かないのでわかりません。
空の酒樽を台にして次々に勝ち負けを決めていきます。いつの間にか男性は全員上半身裸です。ネロさんも例外では無く彼が脱いだ時にはその見事な肢体を見た女性陣から感嘆の声が上がりました。ウェルナーさんが脱いだ時も近い反応が出ます。うわはぁ、目のやり場に困ります。
「―――勝て勝て! 俺の飲み代が掛かってるんだ!」
「行けぇええウェルナー! その筋肉が伊達じゃ無いって見せてくれ!」
「負けたら承知しないわよお兄ちゃん!!」
野次が飛び交う中で決勝を行うのはネロさんとウェルナーさん。両者手を握り合って始まった腕相撲は互角……ではありません、体格ではウェルナーさんが圧倒的有利に見えるのですが眉間に皺を刻んで必死な形相、対するネロさんは顔色変わらず余裕の表れか笑みさえ浮かべています。
そんな2人の様子が示す通り勝敗は直ぐに出ました。
「くそぉおお!! 負けたぁああ!!」
「なかなか強かった。だが俺と戦うには鍛錬が足りなかったな」
「な~に負けてんのよお兄ちゃん!? 体大きいくせに!」
優勝はネロさんでした。腕の筋肉を誇示しながらすごく良い笑顔をしています。それがどこか可笑しくて私は笑ってしまいます。
「……ふふ。子供みたい」
私は労いの意味も込めてよく冷えた飲み物を皆さんに配ります。
「はーい、皆さんお疲れさまでーす。冷たい飲み物ですよー」
「おお。ありがとうアリサちゃん」
「いやーネロの兄ちゃんマジで強ぇわ!」
「しかも魔術も使えてそれにツラも良いときた! 完璧かよこの野郎!」
「はっはっはっはっは!」
村のおじさん達が飲み物片手にネロさんへ肩を組みに行ったり背中をバシバシ叩きに行ったりします。それらを笑って受け入れる彼は容姿の美しさを除けば何処にでも居る一人の男性に見えました。
邪神と呼ばれる人の意外な一面……いえ、そもそも邪神という言葉自体がネロさんに合っていないのかもしれません。
上着を着たネロさんに飲み物を手渡せば「ありがとう」とお礼を言ってくれる。
「……このまま」
「ん?」
「あ。な、何でもないです」
私は危うく口にしてしまいそうだった言葉を飲み込み誤魔化す。2人きりの時だったらまだしも周囲にはネロさんの正体を知らない方が大勢居ます。私は不自然になっていないか心配しながらも彼から背を向けて飲み物を配っていく。
心の中で飲み込んだ言葉が大きくなる。
―――このまま目覚めて居ては駄目なのですか?
ネロさんが封印されなければいけない理由がわからない、優しい彼がどうして自らを邪神と称すのか、自由で居ることを何故拒むのか……それらの疑問から生まれた問いを私はお腹の中に押し込む。
何だかもどかしい。ネロさんに聞いてみましょうか。教えてくれるかはわかりませんが、それでもモヤモヤを抱えたままよりずっと健全な気がします。
●●●●
その日の晩に私はネロさんの部屋を訪ねました。
「―――そういう訳で理由を教えてください」
「……お前……」
ベッドに腰掛けたネロさんは私が部屋を訪ねてから額を押さえています。具合でも悪いのでしょうか? 私は椅子から立って近付こうとしましたがそれをネロさんは手で制します。
「夜中に男の部屋に……いや止そう。どうせ自覚は無いだろうし」
「……? 体調が優れないなら診ますよ?」
「俺は体調を崩せないから気遣いは無用だ。まあ座っていろ」
座っていろと言われたのでそうします。寝間着を変に巻き込んだので少しお尻を浮かせて調整して……あれ? ……よし、直りました。寝間着は着心地が良い反面ゆったりしているのでこんな風になりやすいですよね。
「……それも天然でやってるのか?」
「へ?」
どういう意味でしょう? 私は前屈みになっていた上体を戻し背筋を正してネロさんと向き直ります。
「……いやこれはお前の問いと関係無いな。別の機会にしよう」
「はあ、わかりました?」
ネロさんはベッドに置いていた本、“光の道導”の題名を持つそれを手に取ります。私がお邪魔するまで読んでいたのでしょう。あの本は私も読んだことが有ります。内容はエリザヴェータ様が邪神を封印してからの千年を書き記した物で、きっとネロさんはそれで自分が封印されていた間の歴史を大まかに知ろうとしていたのでしょう。
エリザヴェータ様の血を色濃く受け継いだ“六聖人”と彼等の子孫の名も書かれており、現代にまで残るその貴き家名は誰もが知るところでしょう。セシルもその中で“青き聖人”キュアノスの血を受け継いだとってもすごいお家の出身なので覚えやすかったです。
「俺が封印されなくてはいけない、その理由が知りたいんだったな」
脇に逸れていた思考がネロさんの声で戻ります。そうでした、私はそれを聞きに来たんです。
「…………」
「……ネロさん?」
しかし彼は中々話し出そうとしません。ですが教えてくれる気は有るようです。だって断られていませんから。おそらく私にどう説明すべきか考えてくれているのでしょう。正直座学の成績もそんなに優秀じゃなかったのでわかりやすく説明してくれると助かります。
「何処から説明した物か……ふむ」
窓から差し込む星明かりを眺め、そして考えがまとまったようです。
「あと5日で俺はこの村を発つ……十日滞在することに決めたのはアリサ、お前がした問いと無関係では無い」
「そうなのですか?」
「ああ。森でお前と出会い、そしてフリアエを殺してから9度太陽が昇る日に……俺は確かめるべき事が在る」
どうして今そこでフリアエの名が出るのか。私がそう疑問を抱いた時にネロさんは衝撃的な答えを私に伝えます。
「俺が殺した魔物は“復活する”。より強く凶悪になって」
「――――――」
復活? 殺した魔物が……あのフリアエが生き返る?
「俺は復活したフリアエをこの目で確認する為に滞在を決めた。どうだ、今のでわかったか? 俺が封印されるべき理由を」
「そ、それは……だけど」
もし本当ならとても怖ろしいこと。ただでさえ凶悪な魔物がより強力な存在となって生き返るなんて信じられません……いえ違います。信じましょう。折角教えてくれたことに疑問を持っても仕方がありません。
私は思い付いた解決策を言葉にします。
「……なら、ネロさんが魔物を殺さなければ大丈夫なのでは? そうすれば―――」
「悪いが俺が殺さずとも月日を経るごとに魔物は強化されていくぞ。自然の流れになるから生き返るより時間は掛かるが……際限は無い。世代を経るごとに強くなった魔物は世界中でその被害をもたらすだろう」
聞いてしまった内容が衝撃的過ぎて私の頭が真っ白になっていきます。
「俺が自分の力に気が付いた時、人類の生存圏は子供の頃から半分以下にまで追い込まれた。凶悪さを増した魔物によって」
「……何で……そんな」
「それは俺にも分からない。唯一の“強化”ともう一つ……それこそ狂化や魔王、“邪神”とも呼ぶべき俺の力が招いた暗黒の時代だ」
ネロさんは本の表紙に描かれたエリザヴェータ様の横顔を指先で触れ、慈しむような目を向けます。
「俺が存在すればいずれ人類は滅ぶ。だから、どうやっても死ねない俺は封印されることを望んだ」
その言葉を聞いて思い出す……『剣で首を落としても心臓を刺しても治る』と言っていたことを。それは、そういう意味だったんですか? 死のうとしたんですか? 何度も?
「…………」
「……アリサ?」
「……どうにも……ならないのでしょうか?」
ネロさんが言った話が本当なら、あまりに……あまりに酷い。
「あんまりです。ネロさんは、とっても優しいのに……」
「アリサ」
「笑って……あんな風に笑えるのに……皆さんと同じなのに」
普通に生きられた筈なのに。もっともっと素敵な人生が送れた筈なのに。“邪神”だなんて訳のわからない力を持って生まれたばかりに千年も孤独に封印されて。
「アリサ」
「……っ!」
「もう泣くな」
ネロさんの指が私の頬を撫でる。目の前で膝を突いて私の顔を覗き込む彼の瞳は吸い込まれそうなぐらい綺麗で……それが悲しくて。溢れ出す涙を拭ってくれるその指が優しくて温かくて……それが辛くて。
「でも、だって……ネロさん……」
「まったく。出会って数日の相手にそこまで思い悩むなんて……お人好しが過ぎるぞ?」
少し呆れたような顔でネロさんはそう言います。自分でも変だと思いますがそれでも悲しいのや辛いのは止められません。どうしてこんなにも胸が苦しいのでしょうか。
「ううううぅ……」
「もしかして泣き虫か? ほらほら元気出せ」
鼻をぐずぐず鳴らしながら私は頑張って涙を止めようとします。お部屋にお邪魔しただけでは飽き足らずこんな風に泣かれてはネロさんもきっと迷惑でしょう。
頬に触れるネロさんの手に自分の手を重ねて気を紛らわせる。この温もりに触れていると少しだけ勇気が貰える気がします。ほんの少しだけ、強くなれる気がするのです。
「……ずずっ……ごめんなさい。ありがとうございます」
呼吸が落ち着いてくる。あれだけ溢れ出していた涙も。
「何とか落ち着いてきました。あの、その……お恥ずかしい所を見せて申し訳無いです」
「そうだな、急に部屋に来たと思ったら泣き出すんだ。驚いたぞ」
「ほ、本当にごめんなさいっ」
我ながら何しているんだろう穴が有ったら入りたい気分です。うへあ、はしたないです。
「悩むなら朝か昼にしろと以前言ったばかりな気がするが?」
「返す言葉も有りません……」
「笑って、泣いて、落ち込んで。忙しいなアリサは」
立ち上がったネロさんこの前のように私の頭を撫でてくれます。何だか小さな子をあやしているような感じがします。ちょっと恥ずかしいです。子供みたいに泣いていた私が悪いんですが。
「それで他に聞きたい事は有るか?」
「多分、無いです」
泣いちゃった所為で顔も頭の中もぐちゃぐちゃです。今日はもう帰りましょうか。
「夜遅くにお邪魔して申し訳ありませんでした。そろそろ帰ります」
「泊まっていくか?」
「それは迷惑になるので出来ませんよー」
泣き疲れていても自分のお部屋に帰るぐらいへっちゃらです。それにネロさんの部屋に泊まってもベッドは一つしか有りませんし、その大きさで2人寝るのはちょっと厳しいです。
「……身持ちが堅いのか隙だらけなのかわからないな」
「何がですか?」
「いやこっちの話だ」
そうして、私は椅子から立ち上がるとネロさんへ頭を下げる。
「お世話になりました」
「どういたしまして。気を付けて帰れよ」
ネロさんに見送られ私は部屋を後にします。
自分の部屋に戻る道すがら私は考える。ネロさんが封印されず、邪神とも呼ばれず、普通の人として生きていくことは出来ないのかと。
「……大聖霊様。何とかなりませんかね?」
夜の闇に向けて言った願い。大聖霊様に届いてくれると嬉しいのですが……
●●●●
ネロさんが村を発つ日、事態は思わぬ方へと向かいます。
「……ネロさん、これって……」
「…………」
ネロさんは難しい顔で、自らが一撃で仕留めたフリアエを見下ろします。その個体はネロさんが言っていた復活したフリアエで間違い無いのですが……少々問題が―――
「は? え? ……弱っ……いや弱すぎだろう? どういうことだ?」
「わ、私に聞かれてもわかりません」
以前と同じ威力の魔力矢を受け上半身を丸ごと吹き飛ばされ息絶えた……復活前より一回り小さくなったフリアエを前に私達は呆然とするのでした。




