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私の懺悔と邪神さんの温かい優しさ

 夕食の後片付けは全員でしたので早く終わりました。後は思い思いの時間を過ごして眠るだけですが私は部屋に戻る前に聖堂へと足を運ぶ。


「……今日は色んなことがありました」


 窓から差し込む月明かりに照らされた大聖霊様の象に向かって私は今日の出来事を報告します。


「――――――」


 口には出さずただ祈るように伝える。

 封印の様子を初めて1人で確認しに行ったこと、封印が消えてしまったこと、邪神さんが解き放たれたこと、その邪神さん……ネロさんは伝承と違って優しい方だったこと、皆でフリアエを食べたこと。

 それら一つ一つを伝えていけば私の中で様々な感情が浮かび上がり、そして―――


「ごめんなさい」


 私の口からその言葉が出た。


「……ごめんなさい、エリザヴェータ様」


 エリザヴェータ様への謝罪。どうしても自分の内に留めておけなかった言葉を私は口に出す。


「私は……悪い子です」

「何がだ?」

「うひゃい!?」


 突然背後から聞こえた声に私は驚き振り返ろうとしたらバランスを崩して転びそうに……ですが腕と背中に回された手によって転倒は回避されました。


「大丈夫か」

「ネ、ネロさん? 居たんですか?」

「たった今な」


 声を掛け私を支えてくれたのはネロさんでした。うう、お恥ずかしい所を見せてしまいました。


「ありがとうございます」

「いや、祈りの邪魔をした俺が悪い。すまなかった」

「そんな、私が勝手に驚いただけですから」


 手を繋いだまま私はネロさんを見る。彼が今着ている服はファン様から借りた男性用の物で地味な風合いの有り触れた物。ですがネロさんが持つ神秘的な雰囲気により特別な物をお召しになっているように見えます。

 服の隙間から見える肉体も細身なようで鍛え抜かれて逞しく、月光を浴びる黒髪と黒目はより一層美しさを輝かせる。はっと息を飲むような美貌です。


「……立ち話もなんだ、座らないか?」


 ネロさんにエスコートされるよう私達は同じ長椅子へ並んで腰を掛けます。繋いだ手が解かれ一人分の間を空けて座った私達は言葉を交わす。


「夜に祈りを捧げるのは日課か?」

「えーっと、日課という程でも有りませんがよく来ます」

「そうか」

「ネロさんもお祈りですか?」

「俺は別の用だ……しかしアリサ、俺の()()が気になるのか」

「あ」


 ネロさんは私の視線に気付くと服の前を(はだ)けて胸元を晒します。うわわわ!? は、はしたないですよ!? そう濫りに肌を見せる物では無いと思います!


「何だ? この程度で照れるのか?」

「だっ!? だって……!」

「肌よりも深い部分まで見たろうに」


 ネロさんは「くっくっく」と人が悪い笑みを浮かべています。からかっているのでしょうか? 私だって怒る時は怒るんですよ?


「すまないな。アリサはからかうと可愛いから、ついな」

「え?」

「傷の経過が気になっていただろう。問題無い。完治した」


 い、今かわいいって言いました? でもそれを確認する間も無くネロさんは胸の中央を指で叩いて示します。そこは風穴が通っていた箇所であり私が聖術の治療をわずかにですが施した箇所でもあります。皮膚は最初の内に塞がりましたが心臓を初めとした内蔵は時間が掛かっていたようですが……あんな即死級の傷でも治ってしまうなんて流石は邪神さんです。


「良かった。痛みはどうですか? 残ってたりしますか?」

「触って確かめてみるか?」

「ぅえええ!?」


 触る? 異性の素肌を? 無理無理無理無理!?


「そんなっ……恥ずかしくて無理です!」

「治癒の光使う時触っただろ?」

「それとこれとは話が別です!」


 治療行為や介護での接触は触れ合いとは全く違うんです。

 私は抗議の意志が伝わるよう頑張ってネロさんを睨み付けてみますが、本人は目を細めてニマニマと笑い素知らぬ顔をしています。


「アリサは表情がころころ変わって面白いな」

「わ、私は別に面白くありません。早く服を正してください」

「はいはい」


 ネロさんは素直に服の前を閉じてくれます。ちょっと残念に思ったのは内緒です。


「……そ、それで。別の用とは何のことですか? ご覧の通りここは祈るぐらいしか出来ませんが」

「…………」


 気を取り直して私はネロさんが聖堂に来た理由を尋ねました。するとネロさんの視線が彼を見ていた私の視線と合う……え? もしかして。


「用って、私に……ですか?」

「ああ。アリサに用が在った。だが部屋の扉を叩いても返事が無くてな。台所で酒を飲んでいたセラピアに聞けば聖堂に居ると言われてこうして来た」

「それは……お手数を」


 私を探してここまで来てくれたようです。病み上がりの方に申し訳無いことをさせてしまいました。


「頭を下げないでくれ。用と言っても急ぎの用でも無いんだ。ただこれからの事について少し話をしようと思ってな」

「これから事ですか?」


 ネロさんは頷くと大聖霊様の象に顔を向けて話を始めます。


「十日。この村に滞在したら俺はリーザ……エリザヴェータに会いに行く。もう一度俺をあの場所に封印させる為に。だから此処を発つまでアリサや他の皆にも世話になるだろう」

「…………」

「〈聖国アスプロス〉だったか、そこであいつは眠っているんだろう? 村に来る道中で聞いたが間違いは無いか?」

「あ、合っています。エリザヴェータ様は命の火を絶やさぬよう自らに特殊な聖術を施して深い眠りに就いています。もし世界を災厄が襲った際にその御力を振るえるよう……」

「この千年で何度起きた?」

「えっと……それは秘密にされていて聖王様や高位の方などの一部しか知っていません」

「そうか」


 ネロさんは何かを考えるよう目を瞑ると体を背もたれに深く預けます。私は声を掛けて良いのかわからず同じように椅子にもたれ掛かります。

 いつまでそうしていたでしょうか、ネロさんが目を開けました。そして私の方へ顔を向けます。


「伝えようと思っていたのはそれだけだ。時間を取らせて悪かったな」

「いえ。いつでも話し掛けてもらって大丈夫ですよ」

「ありがとう。ただ最後に一つだけ良いか?」

「何でしょうか?」


 ネロさんは夜空のような瞳で私を見つめて言います


「一体何を謝っていた? エリザヴェータに」


 私は「うっ」と声を漏らしてしまいました。どうやら私が祈りの時に言っていた言葉を聞いていたようです。どうしましょうか少し言いづらいです……でも隠しておくのも違いますよね。

 意を決してネロさんに謝罪の内容を伝えます。


「……実は……封印を壊してしまったことを……謝ってました」

「…………」

「その、確証は無いのですが……やっぱり私が触ったのが原因なのかなって」


 聖杯から溢れた白銀の奔流はこれまで出ていたエリザヴェータ様の光とは違う物で、なら()()はきっと私が聖杯に触れた……触れてしまったが故に引き起こされた現象。


「そう考えるとエリザヴェータ様や、それにネロさんも協力して作ったあの封印を壊してしまった申し訳無さが―――」

「エリザヴェータは」


 私の言葉を遮って、ネロさんは私に言います。


「あいつなら寧ろ喜ぶだろうな。封印を壊したことを」

「……え?」


 喜ぶ?


「それは……どうしてですか? あれだけ強固な封印を作り上げるのは並大抵では無かった筈です」

「そうだな。それなりに苦労はしたな。術式の構築にそれを刻む聖域の建築、そして核となる霊器の確保……思い出すと本当に大変だったなあ」

「ひえ、ごめんなさい!」

「謝るな。言っただろう、エリザヴェータはそれでも封印が壊れたことを喜んでくれる」


 ネロさんはとても優しい目で私を……いえ、違います。その目で見ているのはきっと―――


「あいつはずっと反対していた。俺を封印することを。皆で説得して……それでも最後まで嫌がって」


 そして言葉にする。歴史の裏に隠された真実の一端を。


「だから俺はあいつに“世界の滅び”を迫った。俺を封印しなければ凶悪な魔物の群勢が人類を呑み込むとな」

「…………」


 それはいったいどういう意味なのか、ネロさんと魔物にどんな繋がりが? 邪神と呼ばれることと関係しているのか? 私は詳しく聞こうと思ったのですがそれは出来ませんでした。


「アリサ」


 ネロさんの大きな手が私の頭を撫でます。安心させるように。


「当時の仲間がもしここに居ても誰もお前を責めはしない。俺が保証する。だからもう気に病むな。それに封印が壊れたのだってお前の所為だと決まった訳でも無し」


 温かい。表情も声もその掌も全てが温かく優しい。そうして彼は私に言う。


「もう寝ると良い。夜に暗いことを考えるのは良くないとリーザも言っていた。悩むなら朝か昼にしておけ。相談がしたいなら俺がいつでも相手をしよう」

「ネ、ネロさん」


 ネロさんの気遣いが心に沁みる。


「おやすみアリサ。朝食、楽しみにしている」

「……はい。わかりました」


 離れていく掌が名残惜しいと思ったけど、私は立ち去るネロさんの背中に精一杯の笑顔を向けるのでした。


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