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邪神さんとお話し。仲良くなれそうな気がします

 私は可能な限り優しく触れるよう傷口へ指先を当てる。その際に痛みを感じてかネロさんの表情が硬くなったのを見て心中で謝りながら聖術を発動させる。


「【聖霊よ】【()の物の苦痛を】【癒やし(たま)え】―――【癒やしの光】」


 触れた箇所から広がるように効果を発揮する聖術【癒やしの光】。それを私はネロさんの傷口に放ち続ける。


「…………」


 うん。中々治りませんね。そもそも致命傷なんて物じゃなくて即死して当然みたいな傷ですもんね、しょうがないしょうがない。でも最弱な私が使う弱々しい聖術だって掛け続ければいずれ効果が出る筈です! 気合い入れて頑張りますよ!


「……アリサ? 気持ちは嬉しいが、さっき言った通り俺の体は―――」


 あ。ちょっと効いてきましたね。良かったぁ、無事に効果が出て。


「……は?」


 傷口の表面を薄く覆うように白い泡がくつくつと生まれる。これは治癒系の聖術が効果を現わした証拠です! 本当ならもっとじゅわじゅわ~と出る術なのですが私が使うと半減、と言うのも烏滸がましい微弱な効果ですが……


「そんな馬鹿な……」

「ネロさん、傷口の痛みはどうでしょう? 少しは和らぎますか?」

「あ、ああ? そう……だな……。かなり楽だ。ありがとう」

「そうですか! 良かったです!」


 鎮痛の作用のお陰ですね。時に聖女は誰かを看取る際にこうして聖術を使う場合も有ります。悲しい使い方であると同時にとても優しい使い方でもあります。

 そうして傷口に治癒の光を当て続けていると……突然、これまでの比じゃない規模と速度でぶくぶくと泡立ち蒸気を上げ始めました。


「ぅわっひゃ!?」


 変な声出てしまいました。だってびっくりしたんですもん。この蒸気は治癒の光とは別の現象です。ネロさんはそんな風に驚いていた私の手を取るとゆっくり下げました。


「……もう大丈夫だ。後は自然と治る」

「本当ですか?」

「見ればわかる。目に見えて塞がってきているだろ?」

「確かに」


 言われた通り傷口を見れば私が治癒を掛けずともじわじわと風穴が小さくなってきています。凄い自己治癒力です。


「1時間もすれば完治するだろう。アリサのお陰だ」

「いえ。出来る事をしたまでで……って未だ1時間も掛かるんですか?」


 それなら完治するまで治療しましょうよ。


「これ以上アリサに治療してもらうより森から出るのを優先しよう。日が暮れてきているし、それに歩きながら聖術を使い続けるのは無理だろう?」

「う」


 指摘された通り私の聖術は歩きながらでは安定して発動させられません。浄化だけなら使い慣れているので多少は出来るのですが。


「……そ、それならさっきみたいに抱き上げてもらって治癒を掛けるとか」

「それでお前の聖気は保つのか?」

「聖気ならまだっ……あれ?」


 大分減ってます、そんなに使った覚えは無いのですが……

 しかし消耗を自覚すると疲労が表に出て来ました、慣れた感覚ですが気持ちの良い物ではありませんね。そんな私にネロさんはある物を取り出して見せます。


聖杯(これ)を使ったろう? 半永久的に動くと言ってもこれは最初に大量の聖気を持っていく」

「あ。それは……持ってきたんですか?」


 ネロさんが手にしているのは封印の地に置いていた聖杯だった。


遺跡(あそこ)は俺の()で早々に壊れないようにした、仮に魔物に荒らされてもな。だがこれだけは違う。代えが利かない。盗まれでもしたら厄介だ」

「霊器は人の手では作れませんからね」

「ああ。だからリーザに渡すまで俺が持っておく」


 そう言ってネロさんは聖杯を懐に仕舞い込みました。

 そういえば……私が触った時に起きた現象はいったい何だったのでしょうか? それ以前にエリザヴェータ様の聖気を突破出来たことが解せません。調べようにも聖杯は停止していますし。きっとネロさんが止めているのかもしれません。


 もし、もし仮にあの“黒ずむ銀”が私の適性を示す物だったなら……それはいったいどんな能力なのか。


「アリサ?」


 そんな風に考えていたらネロさんが私に声を掛けていました。


「……はい? どうしましたか?」

「いや、ぼーっとしていたから。やはり聖気酔いか? 歩くのも辛いか?」

「だっ、大丈夫です!? 聖気酔いなんて全然してませんし!」

「そうか、それなら良いが……」


 ネロさんが腕を広げていたのを見て慌てて体調は良好だと伝えました。怪我をしている方にまた抱き上げられるわけにはいきません。私は腕を曲げて力こぶをアピール……(ちっ)さ、筋肉全然無いです。これじゃあ元気さを見せ付けられません。他の手段で元気を証明する方法……そうだ!


「ちょっと私、走ってきましょうか?」

「急にどうした」


 どうしたって。


「筋肉で逞しさをアピール出来なかったので……」

「何? 筋肉? ……悪い、聴いたのに意味がわからん」


 むむむ、このやり方では駄目だったようです。ネロさんが私にすっごい怪訝そうな目を向けています。すごい居たたまれない気持ちになってきました。話題を変えましょう。


「えーっと……そうだ! ネロさんって“勇者様”とどんな関係だったんですか?」

「勇者?」


 私が思い付いた話題は勇者様について。理由はお名前です。だって邪神なのに勇者様と同じだなんてすごく気になるじゃないですか。だから聞いたのですが……ネロさんが返した答えは私の予想していない物でした。


「勇者とは何だ? 誰のことだ?」

「……あれ? 知らないのですか?」


 エリザヴェータ様の仲間で最も大きな存在として描かれている英雄達のリーダー。邪神との決戦でも最も大きな活躍をしたと記された世界の救世主。それが偉大なる勇者ネロ様なのです。


「エリザヴェータ様の仲間の1人で、ネロさんと同じ名前の方なんですけど……」

「俺と同じ? 名前が?」

「はい。今を生きる人々でその名を知らない方は居ないと思います」

「…………」


 あれ? 何でしょうかネロさんの表情……すごい苦み走った物になっていますよ?


「あー……わかった。大丈夫だ。勇者が誰かわかった。だからこの話題はこれで終わりにして欲しい」

「は、はあ? わかりました」

「……リーザめ、余計なことを……」

「え?」

「何でも無い。気にするな」


 何でしょう。明らかに事情が有りそうな言い方なのですが……すごく気になります。でも隠しておきたいことを無理に聞き出すのも失礼ですし触れないようにしましょうか。


 そうして村を目指しながら私とネロさんは歩いていたのですが――


「……時間を掛けて歩く理由も無いな」


 そう呟いたネロさんが私に向かって手を差し出します。急にどうしたのでしょうか?


「掴まれ。()()()

「とぶ?」

「一気に森を抜けようと思ってな。舌を噛まないよう気を付けろ」

「……ッ!」


 手に触れた途端そのまま引き寄せられ肩を抱かれると……私の視界に映る景色が急変、垂直に上昇したと同時に地面が爆ぜる音が響きます。

 とぶ。ネロさんは跳ぶと言った。つまりこれは跳躍? 私の肩を抱いた状態で一緒に宙へ跳び上がった?


「やはり上からの方が見渡しが良いな」

「ぅへあ?」


 空。見上げた視界は空で埋め尽くされた。直前まで背の高い木々に囲まれた森だったと云うのに……それはつまり直ぐ傍に何も無い程に高く跳び上がったことを意味します。ちょっと下を見る勇気が出ません。


「あそこか。ここから一番近い」

「ぁ、そうですぅ……」


 見ちゃった眼下の森。歩いて進めば広大に感じた森も簡単に見渡せる高度ですよ。ネロさんが指差した村は確かに私がよく知る〈眠り歌の村〉だと水堀や塀などの特徴でわかったので肯定しました。

 しかしこれ落ちたら死んじゃう高さですよね? どうして足場も無いのに私達は落下しないのでしょうか? 血の気が引く私にネロさんは何気無く言います。


「このまま魔力で浮くより飛ぶ方が良いな」

「ふぁ?」


 そう言うなりネロさんは唱えます。


「【光翼】」


 高位聖術【光翼】が発動しました。……え? うそ、聖術?

 ネロさんの背中から無機質な白い翼が出現、それは羽搏くのでは無く力場を発生させて私達を宙に留めます。先程の魔力を用いた浮遊よりも格段に安定感がましました。ちょっと安心……いやいや落ち着いている場合ではありません。


「……せ、聖術を使えるんですか?」

「使えるが何か問題でも?」

「問題……無いですかね。あれ? 無いですよね? あれー?」

「俺に聴かれても困るんだが」


 だって邪神なのに聖術ですよ。有り得ない組み合わせだと思った私はおかしくないと思います。


「問題無いならこのまま飛んで行くぞ」

「は、はい」


 ネロさんの飛行はそれはそれはお上手でした、セシルよりも使い熟している気がします。そんなことを思っているとある疑問が私の中で浮かんできます。


 そもそもネロさんって本当に邪神なんでしょうか? こうして一緒に居れば居るほど邪神と思えなくなります。普通の男性、と言うには少々外見がお美しすぎるのですが……自分から封印されたがっていますしエリザヴェータ様を愛称で呼んでいますし。


 そんなに賢くない頭を捻りながら私は考えます。もしや教会が私達に伝えていた歴史は違うのではないかと。ネロさんと話していると齟齬が大きいような気がします。優しくて素敵な方だと思いますが……ネロさんが言ってることが全て嘘の可能性も十分有り得ます。封印される気なんて更々無く、これから世界を恐怖のどん底に落とす気なのかもしれません。

 うーん? 聖女的に邪神を信じるのは駄目なんですが……どう考えても私はネロさんが悪い人に思えな―――


「口を閉じてろ」

「へ? ……っ!?」


 私のそんな思考が彼の一言で途切れ、そして―――


「ケェエエエエエエッ!!」


 空気が震えるけたたましい嘶きと巨大な黒い影が私達の頭上に降り掛かった。

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