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邪神が目覚めてしまいました!? あれ? だけど想像と違う?

 邪神を封じていた力が泡のように消えていく。


「―――封印が破れたか」


 知らない男性の声。目の前から聞こえてきた私以外の声に血の気が引いていく……だけどその姿を見た時、私は場違いにも見惚れてしまう。


「いつの間に森に……」


 祭服(キャソック)に似た装いの男性。黒曜石のように美しい黒髪と涼やかな美貌を宿したその彼が歩いて来る。何かの聖術なのか光り輝く杭が胸の中央を貫通しているが……それも封印と同じように崩れて消滅する。そうして胸に風穴が通りながらも平然としてる者が普通の存在である筈が無い。

 怖い。その()()を認めてしまうのが体が震えてしまう程に怖ろしい。もしその事実を受け入れてしまえば―――


「そこの娘」


 気付けば彼は私の直ぐ傍に居た。見下ろしてくる瞳はまるで夜空を溶かしたように黒く昏く、でも月と星々を見上げたように神秘的で……覗き込めば何処までも吸い込まれそうな気持ちになる。


「今は創星暦(そうせいれき)何年だ?」

「…………」


 聴けば自然と耳を傾けそうになる穏やかで甘さを含んだ声が私の耳朶を打つ。近くで見てしまった美貌と合わせて意識を逸らすことが出来ない魅力を覚えてしまう。これが魔性という物なのでしょうか?


「聞こえているのか? どこか具合でも悪いのか?」

「ひゃい!? え、えっとそのあの……」


 緊張で舌が上手く回らない。でも私は何とかして言葉を紡ぐ。今はとにかく時間が欲しい、この状況をどうにかする為の時間を。


「創、星暦? は、もう使っていなくて……今は聖暦(せいれき)1012年……です」


 創星暦は聖暦以前に使われていた物。そんな古い暦を真っ先に使うなんてやはり彼は―――


「聖暦。リーザが俺を封印して暦を新しくしたのか? まあ区切りを付けるのは大事だろうしな」


 リーザ? 私がその何処かで聞いた気がする名に意識が逸れた間に、彼は「成る程成る程、千年も経てば森に沈むか」と一人納得したように頷き……私の傍へ屈みこむ。


「立てるか?」

「……え?」


 差し出された手に困惑する。


「え? え?」


 その声も、表情も、振る舞いも、彼が私に向ける全てが優しく感じられた。危機的な状況なのに心身が安らいでくる。知識と理性が恐怖を感じるのは当然と訴えてくるのに、私の直感が……()()が大丈夫だと囁く。

 どうして? どうしてなの?


「娘。お前の名は?」

「……ア、アリサです……アリサ・グレイ」

「そうか」


 自然と差し出された手に応えてしまう。今直ぐ逃げなくていけないのに、そんな風に微笑まれたら私の中に在る恐怖も警戒も溶かされていってしまう。駄目なのに。


「ならアリサと呼ぼう。俺はネロ・グラン・メラース。いや、こう言った方が通りが良いか? 俺は―――」


 千年の時を越えて封印から解き放たれた彼は私に名乗り、そして告げる。


「俺は“邪神”だ」


 ああ、やっぱり……私はそんな納得と諦観を抱きながら邪神を見詰める。私の手を柔らかく握った彼は見惚れてしまう笑みを浮かべて口を開きます。


「急で悪いが……お前に頼みたいことが在る。聴いてくれるか?」

「は、はい」


 邪神からの頼みに頷いてしまった私、その体を震わす原因は恐怖から?

 これからいったいどうなるのかと不安を覚える。そんな私に彼が尋ねたのは―――



「もう一度俺を“封印”して貰いたいんだがリーザは……エリザヴェータは何処に居る」



 ―――そんな信じられない内容の言葉でした。

 返事も出来ずただ呆然と邪神を見る。美人です。男性の方に言って良いのかわかりませんがとにかく美人です。白い肌なんて女性の私よりもきめ細かい気が……ああ、思い出しました。リーザは確かエリザヴェータ様の愛称です。勇者様や仲間達が彼女をそう呼んでいたと記録に残っています。つまりエリザヴェータ様は邪神とも親交が在ったということでしょうか?


「俺が生きているんだ。あいつが死んでいるとは思えない。もし心当たりが在れば教えてくれないか?」

「…………」

「この遺跡はリーザの(ちから)で機能するように皆で造ったんだ。それが停止てしまったのなら再び封印を施し……聖杯で力を満たさなければ」


 信じられない、でも聞き間違いでは無かったようです。邪神……いえ、ネロさん? 彼は本当にもう一度自分が封印されることを望んでいる。あれ? ネロって勇者様のと同じ名前ですよ? 偶然でしょうか?


「エ、エリザヴェータ様は確か、その……あれ? あ、脚が……」


 私ネロさんの手を頼りに立ち上がろうとしますが、脚に力が入らず上手くいきませんでした。


「ご、ごめんなさ―――」

「悪いが触れるぞ」

「え? ……わひゃ!?」


 立てない私、それをなんとネロさんは軽々と抱き上げたではありませんか。ちょっとびっくりして変な声が出てしまいました! 何でしょうすっごい恥ずかしいです。また変な声が出てしまうのではないかと思って手で口を覆ってしまいます。


「いつまでもこんな場所に居ても仕方が無い。近くに街か村は在るか? そこまで連れて行こう」

「…………」


 男性にこうして抱き上げられたのは初めての経験で思考がまとまりません。先程よりもずっとその端整な顔が近いです心臓がうるさくなってきました。背中や膝裏に回された腕と密着する胸板も女性のそれとはまったく違います。服越しでも鍛えられた肉体が感じられて顔が熱くなってきます。


「封印の影響下で長く居ると体調を崩す。その封印は壊れてしまったが土地自体に染み込んだ聖気が完全に消えるまで数ヶ月は掛かる……無理をしたんだろう、回復するまで休むと良い」

「……ぅあ……はいぃ……」


 邪神が優しいです。体調なんて全然崩してないけどこのまま甘えたくなる気持ちになってきます。予想外の事態が連続して起こった所為で頭が回っていません。ネロさんからの心遣いで脳味噌をガツンと叩かれた感じです。

 危険です。これは危険です。命の危険とかじゃない方向で私の心がキャーと悲鳴を上げています。ちょっと黄色い気がしないでもない悲鳴ですが……しっかりしなさい私! これでも聖女なんですよ!


「えっと、森を出れば近くに村が有って……だいたいこっちの方角になります」

「わかった」


 聞かれたので村の場所をしっかりと教えてあげましたよ、聖女らしく! ……いや聖女的に邪神の言葉に答えるのは駄目なのでは? 駄目聖女です。

 ……で、でもどうしても悪い感じがしないんですよぉネロさん。邪神の腕の中……なんて言うとちょっと生贄感が出てしまいますが私が感じているのは安心感が大きいです。足取りなんて私を抱えているとは思えないぐらい軽い。男性って皆さんこんなにも頼もしいのでしょうか? 教えて下さいゲイル教官。


「……ッ! ……」

「……?」


 そんな時でした。一瞬だけネロさんの顔が歪んだのを見たのは。直ぐに平静を装ったようですが私の目は誤魔化されません。ずっとお顔を拝見していたので間違いありません。邪神だから警戒して見ていただけで他意は在りませんよ? 多分。

 そうしてネロさんが私から隠したのは……()()を堪える表情でした。


「…………」


 そうです。ネロさんの顔にばかり意識を取られて忘れていました。私は間違っても触れないようネロさんの胸へと手を伸ばす。


「……い、痛むんですか?」

「…………。……気にするような物じゃない」


 ネロさんは身動(みじろ)ぎして()()()を隠そうとします。いやいや無理ですって隠すの。だって襟元から周辺が杭が刺さってた所為で服がズタズタになってますもん。それに目を逸らしましたよね? 気不味そうにしてましたよね?


「……下ろしてください。何か手当を……」

「大丈夫だ。放っておけばその内治る」


 治るんですかこれ? じゃあ大丈夫、ってなるわけ無いでしょう。向こう側が見えるぐらいにザックリ風穴出来てますよね? 私なんかより運んであげなきゃダメな人じゃないですか!


「その内っていつですか?」

「……1日?」

「え、はや……じゃなくて! 痛むなら無理しないでください! 私自分で歩きますから!」

「おい待て急に動くな!? わかった! 下ろすから大人しくしろ!」


 そうしてネロさんに下ろしてもらった私は自分で立つと彼の襟元を広げて傷口がよく見えるようにする。


「……ッ! ……酷い傷」


 邪神は生き物なのかどうか、そんな疑問は傷口を見れば直ぐにわかります。ネロさんは間違い無く私達と同じ生き物でした。

 胸を貫通した傷は骨肉や内臓は抉り取り痛々しい断面を晒す。これだけの杙創(よくそう)で出血が無いのはその傷口自体が焼け焦げた状態だからでしょう。貫き抉られ焼け爛れた傷跡……私がその強力な聖術により刻み込まれた傷を見て考え込んでいるとネロさんが声を掛けてくる。


「……本当に気にするな。どうせ俺はこの程度では()()()()。その気遣いは嬉しく思う。だが見ていて気分が良い物でも無いだろう? こんな気持ちの悪い傷口。さあ離れてくれ」


 傷口から目を逸らさない私の手に触れながらネロさんはそんなことを言う……気持ち悪い? この傷が? 彼はいったい何を言っているのでしょうか。


「離れません。これじゃあ貴方が痛いままです」

「…………」

「痛いのは辛いです苦しいです」


 そう言いながら心の中で決めたのは、聖女である私がしてはいけないこと。


「私、最弱聖女なんて言われる程度の腕前ですがそれでも“治癒の光”ぐらいなら少しだけ使えます」


 邪神を癒やす。この世界で最も罪深いかもしれない行為……だけど私は迷いなんて抱かずいつでも聖術が使えるように聖気を励起させてネロさんと顔を合わせる。


「どうかお願いします。貴方の苦痛を取り除かせてください」


 治るから大丈夫だなんて、そんなの苦痛を我慢する理由になりません。私は何とか治療の許可を貰おうとネロさんの目を見詰める。(てこ)でも動きませんよ!


「……お前は……。……はぁ」


 しばらく睨み合いのような状況が続くとネロさんの瞳が揺れた。彼は眉を顰めて溜息を吐くと私の手を離します。


「わかった。だが治癒の利きが悪くとも気にするなよ? 俺は外部からの影響に()()()()から」

「……っ! ありがとうございます!」


 許可を頂きました! 良かったですこれで治療が出来ます!


「何でお前が礼を言うんだ……」

「気にしないでください! じゃあ失礼ながら傷口に触りますね!」


 治療は早ければ早い程良いんですから直ぐにやっちゃいますよ! 私は聖衣の袖を捲りながら聖術の用意を始めました。

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