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封印が壊れるなんて万に一つも在りません!

 森のお友達が持つ野生の勘(レーダー)はとても優秀で、私はリスさんが警戒する場所を避けながら道なき道を進んで行きました。そうして感覚的に深層が近くなってきたと捉えた時、私は()()を木々の間、鬱蒼とした緑に埋もれた場所で見付けました。


「石碑?」


 岩を切り出して作られたと思わしき石碑に私は近付く。胸の高さ程の大きさしかない石碑。此処に在るということは遺跡の一部でしょうか?


「古い言葉、だけど……鎮魂に使われる言葉かな?」


 ならこれは慰霊碑か墓標ということになる。私は名前と思わしき刻まれた文字を見る。


「“ネロ”……そうですか、これは勇者様の」


 その場に膝を突き私は祈りを捧げる。

 勇者様は邪神との戦いで命を落としたと伝えられています……いえ、実際に死んだと記されたわけでは無いのですが。邪神の封印と同じくして勇者様の名が表舞台に出てくることは無くなるので、現代の見解では勇者様が犠牲になったのを明言せず歴史の影に隠したのでは……そう言われています。


「『どうか安らかに』」


 鎮魂の文言とは別に名前の直ぐ傍に刻まれた言葉を読み上げる。それは他の整然とした文字とは違い後から付け足された、まるで悲しみを押し殺して刻み込んだかのように深く歪で……胸が締め付けられるような()()だった。


「……命を賭して皆様が戦ったからこそ、私達はこうして平和な時代を過ごせています。未熟な身ですが此処に感謝を捧げ、そして死後の安寧を祈ります」


 私のような者の祈りに何処まで意味が在るかはわかりません。ですが祈らずには居られませんでした。





 ●●●●





 祈りを終え、少しばかり墓標の周辺を掃除した私は道行きを再開する。


「ここまでありがとうリスさん。助かりました」


 近くの枝を掴めば私の肩に乗っていたリスさんは腕を伝って駆けていく。お礼と共に渡せるだけの木の実を与えて離れる。もう大丈夫。これ以上はこの子が辛くなる筈だから。


 奥へと進む。境界を感じる。手を伸ばせばはっきりと濃密な聖気の壁を感じられる。私はその中へとまるで潜水するように踏み込む。ここからは深層、封印本体を除けば最も聖気の影響が強い場所。


「体は……うん、平気」


 何故かは知りませんが私は聖気が濃い場所でも問題無く活動出来るようです。そのまま封印を確認する為に更に奥へと進んでいく。

 深層の中では陽光がより強く感じられる気がします。これはエリザヴェータ様が光属性の力を持っていた影響でしょうか? 粘度が在るような空気で呼吸しながら私は視界に入った遺跡へ近付いて行く。


「何度見ても」


 光の球。遺跡の柱がまるで檻のように囲む中心に存在するその“封印”を間近で見ながら私は目を細める。


「綺麗で、眩しくて、そして―――」


 手で触れられる程の距離で私は封印を見る。


「そして……どうして、まったく怖くないのでしょうか?」


 邪神が封じられている筈なのに。私はその封印から何一つ恐怖を覚えることが出来なかった。それだけエリザヴェータ様の張った封印を信頼しているから? 1人で考えた所で答えなど出ない疑問に考えを巡らせて、私は封印の()を見付けた。


「……これは?」


 遺跡の中心、封印の正面部分にその台座が置かれていた。小さな台座で膝を突いて祈りの姿勢を取れば丁度良い高さの台座。私は膝を突くとその台座に置かれた物へ目を向ける。初めはそれが何なのかわかりませんでした。しかし直ぐに記憶に在った知識と繋がる。


「―――“聖杯”……まさか本物ですか!?」


 台座に置かれていたのは木製の地味な杯。何処の家にでも有りそうな何の変哲もない代物―――そう見えるだけの、たった一つで国家を揺るがす“霊器”だ。

 人の手で作ることは不可能で霊器ごとにその力は異なる。聖杯の力は確か……


「使用者の力を記憶して生成・増幅・放出する。半永久的に」


 成る程合点がいきました。聖杯の力でこの強力な封印を維持していたのですね。

 台座に安置された聖杯から湧き水が如く光り輝く聖気が溢れ出ている、おそらく千年以上前からずっと。

 エリザヴェータ様の聖気を記憶した聖杯は、遺跡に刻まれた術式によって封印を発動し続けている。聖杯はこの場所において心臓の役割を担っているのですね。迂闊に触れないように注意しなくては。


「……そういえばファン様は私達にはどうにかなる物じゃないって言ってましたね」


 あれ? じゃあそこまで気にしなくても触れないようになっているんでしょうか?


「…………」


 私は誰も居るはずがないのに周囲を見回す。ちょ、ちょっとぐらいなら良いですよね。


「ご、ごめんなさい。少しだけ~」


 私は謝りながら聖杯へ手を伸ばす。正直言って触れるとは思ってもいませんが……それはそれとして霊器と呼ばれる世界の宝をこんな近くで拝見出来る機会などそうはありません。なのでこうして触る、気分だけでも味わってみたいのです。

 予想が的中しました。いざ聖杯に触れる、そこまで距離を詰めたら見えない膜のような物で接触を妨げられたのです。


「使用者が許可するか、今現在使われている力を()()()()かしないと次の人は使えないんでしたっけ?」


 とても強い聖気。光の大聖女と謳われるエリザヴェータ様の力はそれだけ絶大だったのでしょう。聖杯から感じる圧力はセシルさんが高位聖術を使う時と同等かそれ以上に思えます。まるで太陽を思わせる輝きです。

 何度か不可視の膜ごと聖杯を握るように手を動かす。うん、全然触れませんね。


「まあ、そもそも最弱聖女の私なんかが触れるわけ……」


 残念な気も在りますがそれ以上に触れないように出来ていて安心しました。うん、良い思い出が出来ました。これで封印を確認する仕事は終わり、お家に帰りま―――


「え?」


 ()()()()()()、私の手が聖杯を掴んだ。


「嘘ッ!? どうし―――……きゃ!?」


 手に収まる聖杯から光り輝く聖気が消え、()()の光が噴き出される。


「これは!?」


 銀色の粒子はどんどん量を増やしていく。私は突然の事態にどう行動すれば良いのか分からず動けない。その間にも事態は進んでいく。散った花弁の如く、吹雪の如く、光り輝く銀の粒子は遺跡を包み込む。


 聖杯の力は触れた者の力を記憶して生成……なら今聖杯が吐き出してる力は―――


「……っ!? ……なに? なんなの?」


 銀が。あれだけ綺麗に見えた銀が……()()()。輝きが消えていく。その不気味で不安を掻き立ててくる光景に私は足先から力が失せていくような感覚を覚える。


「あ」


 そして見てしまう。この黒ずむ銀が“封印”も包んでいる光景を。この黒ずむ銀が何なのかはわからない……でも嫌な予感とは得てして当たってしまうもの。


「……だめ」


 封印に罅が入る。


「だめよ」


 薄氷を割るような、卵の殻を割るような、そんな音が連続して鳴る。それは―――


「だめええええーーッ!!!?」


 封印の終わりを意味していた。


「――――――」


 割れる。崩れる。壊れる。失われる。

 砕けた水晶の欠片が陽を浴びて輝くような光景に私は状況も忘れて見入る。見入ってしまった。

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