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1人で封印を見に行きます。怪我が無いよう気を付けましょう

 お休みを頂いたので本日は村長さん宅にお邪魔しています。 テラスに置かれたテーブルには村長さんの他にも奥さんが居て、その方もまた柔和な雰囲気を持っているので一緒に居ると気分が落ち着きます。


「ありがとうね、儂が招待したのに色々用意してもらって」

「いえいえ。私がやりたくてやってることですから」


 焼きたて香ばしいビスケットを盛ったお皿をテーブルに置く。クリームや蜂蜜、ジャムなんかも容器別に用意すればを立派な午後の軽食(アフタヌーン・ティー)。ハーブティーの芳しい香りも相俟ってとても胸が弾みます。


「はいどうぞ。熱いのでゆっくり楽しみましょう」

「ありがとう」

「頂くわね」


 皆さんのカップにハーブティーを注げば楽しいお茶会の始まり。先ずは香りを堪能しつつお話に花を咲かせます。


「―――奥さんはファン様と幼馴染みなんですか?」

「そうよ。私の方が5つ上だけど子供の頃はよく一緒に遊んだわ」

「幼少のファン様……想像出来るような出来ないような……」

「とっても可愛かったわよ。ケイトちゃんとそっくりで、村の男の子にモテて……それにしてもあの子、全然老けないわねー。羨ましいわー」


 ファン様ってケイト様のお祖母様じゃなくお母様で通じそうな容姿ですもんね。


「儂、ファンよりお前がずっと好きだったぞ」

「あらやだ急になんですかこの人」


 村長さんの告白に奥さんは照れ臭そうにしながらも笑顔を浮かべます。惚気! 惚気です!


「お二人のように長く寄り添える関係、とっても素敵です」

「まあまあ、そういう貴女はどうなの? 良い人は居なかったのかしら?」

「いやあ無かったですねー……友達ぐらいは居てたんですが」


 お婆ちゃんお婆ちゃん言われてましたし。そういう対象じゃ無かったんでしょう。首都に移ってからも教会でお勉強の毎日だったので出会いなんて殆ど在りませんし。


「アリサちゃん綺麗だから、きっと素直になれなかったのよ」

「そうでしょうか?」

「男の子ってそんなものよ」

「儂は?」

「貴方も似たようなものでしたよ」


 村長さんの「え?」って反応がおかしくて私は笑ってしまいました。失礼かなと思ったんですが2人も笑っていたので心置きなくこの場の空気を満喫します。


 そうしてお話しをしながらお菓子も食べ幾何か経った時でした。

 村長さんがお茶を飲み干すと、遠い空の向こうへ視線を向けてポツリと呟く。


「―――そういえば、そろそろ()()の時期だね」

「……渡り?」


 その言葉の意味がよくわからず首を傾げます。私がおかわりのハーブティーを注ぐと村長さんは渡りとは何なのか教えてくれました。


「渡りはね、国を跨いで魔物がこっちまで飛んでくることだよ。今頃の時期に来るんだ」

「魔物? それは危険なんじゃ……」


 何か対策が要るのでは? そう思ったのですが村長さんが首を横に振って答えます。


「いや、ここら辺は昔から魔物が不思議と避けるから大丈夫だよ。少なくとも儂が生きてる間に渡りの魔物が村の近辺に現れた話は聞いたことが無いね」

「……なるほど、そうなんですか」


 魔物が寄り付かない。そうでした、ここは“封印”の影響範囲で聖気が多く魔物は忌避するのでした。しかしそれは秘匿された情報なので知っている人は極一部……村長さん達はどんな風に聞いているのでしょうか?

 偶然、奥さんが私の疑問に答えを返してくれます。


「エリザヴェータ様が近くを立ち寄ってくださったと言い伝えられてるわ。その時に土地に祝福を与えてくれて魔物は棲み着けなくなったらしいの。本当か嘘かわからないけどね」


 そうですか、詳細は伏せた状態ですがこうして伝承として残っているのですね。


「渡りは空を飛ぶ魔物だから、空気が澄んでいる日なら遠くでも見えるかもしれないよ」

「ちょっと見てみたいです」

「黒くて翼が四つある魔物だけど、遠目からだ鳥と見間違えるかもね」

「ぶっ」


 魔物の特徴を聞いてお茶を吹き出しそうになる。


「あら大丈夫?」

「だ、だいじょうぶです!? どうぞおかまいなく!」


 咽せなかったのが幸いでした。私は直ぐにぎこちないながらも笑顔を浮かべます。

 いやいやいや、黒くて翼が四つって“フリアエ”じゃないですか!? とんでもなく危険な魔物、古い時代では国一つ滅ぼしたと云われる災害級の存在。そんなのが近くを飛ぶなんて……しかしそれすら寄り付けないなんて。

 封印の影響力、どうやら私が想像していたより強力のようです。


「き、機会が有れば……見付けるのに挑戦してみます」

「うんうん。1年に1度しか機会がないからね。是非見付けてみると良いよ」


 どうやらこの村に住む方々はフリアエを知らないようです。そうでなければこんな風に穏やかに過ごせませんもの。ただ知らない方が幸せかもしれませんね。どうせ寄り付かないなら要らぬ不安を煽ることもないでしょうし。ファン様やケイト様なら知ってるでしょうし説明していないならそういうことだと思います。


 ―――最後の方で不穏な話を聞きつつも、私は村長さん達と楽しい時間をすごしたのでした。





 ●●●●







 ゆっくり時間が流れるような穏やかな日々が過ぎていきます。

 私が〈眠り歌の村〉に来てから10日が過ぎた頃、ある仕事を頼まれました。


「“封印”の様子、1人で本当に見に行ける?」

「はい! 任せてください!」

「……はあ、不安だわ」


 村の門。ケイト様はこれから森に向かう私を心配そうに見ています。本日は私1人で森の奥深くに在る“封印”を視てくるようファン様から提案されケイト様も渋々了承した……のですが、出発する時になってケイト様はこうして声を掛けて頻りに「大丈夫なの? 本当に大丈夫なの?」と言うのです。それだけ私が頼りなく見えるのでしょう。それも仕方ありませんが。


「大丈夫ですよ。魔物も出ませんし、それに獣にしたって何処に住んでいても遭遇する危険は有るのですから変わりませんよ」

「アンタの自衛能力がへなちょこだから不安なんでしょ!」

「手厳しいです」


 ちなみにケイト様の手は私の聖衣の裾をずっと握っています。すっごく頭を撫でたくなりますが撫でると怒られます。無念。


「まったく……危ないと思ったら直ぐに逃げること! わかったわね?」

「はい。重々承知し、気を付けて行ってきます」

「ん!」


 ようやく納得してくれたケイト様が私から手を離してくれました。でもちょっと寂しいです。

 そんな私達のやり取りを黙って見守ってくれていたウェルナーさんが声を掛けてきます。


「……行くのか?」

「はい」

「気を付けろよ。何か在れば駆け付ける」

「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ!」


 兄妹だけあってお二人はとても優しいです。これはしっかり無事に帰ってこないといけませんね。魔物は出ないからと少し抜けていた気を引き締める。


「それでは行ってきます!」


 私は森に向かい出発する。ケイト様とウェルナーさんは姿が見えなくなるまでずっと私を見てくれていました。





 ●●●●









 1人で入った森は以前とは感じ方が変わります。当然寂しいのも在るのですが……


「大丈夫、とは言いましたが……やっぱりちょっと不安です」


 魔物ほどでは無くとも獣も十分に危険です。自衛の為に私は体に聖気を纏う。

 聖気には敵対を避けさせる効果も在る。解明はされていませんが本能に働きかけているのではないかと云われています。それは聖気の濃度が高く範囲が広くなる程に効果も上がる。


「……やっぱり気休めぐらいにしかならないですね」


 最弱と名高い私の聖気は薄く狭い、体の表面を僅かに覆う程度しかない。しないよりはマシ……と云った具合です。これがセシルなら一軒家丸ごと余裕で包めます、才能の差がすごい。ケイト様が心配するのも当然です。

 申し訳無い気持ちになって肩が落ちる……ですが直ぐに背筋を伸ばす。


「落ち込んでいても仕方ありません! 無事に帰ると決めたんですから!」


 折角なので私は道中を楽しむことにします。新しい発見が在るかもしれませんから。どうせなら木の実でも拾っちゃいましょう。


「聖気が濃い方が中心ですから道に迷うことが無いのが救いですね」


 邪神が封印されている球体を中心として考えた場合幾つかの層で区別されます。

 聖気に慣れている聖女すら体調を崩す“深層”、それよりも薄いが普通の人は本能的に避けたくなる“中層”、普通の人は何も感じず魔物は忌避して寄り付かない“浅層”。

 中層は私が今居る森、深層を除く全ての領域になっています。本来なら野生動物も逃げ出す聖気濃度ですが……千年という時間の中で彼等は頑張って克服したのでしょう。


 私は木の枝に乗る栗鼠(リス)へ手を伸ばす。聖気が満ちる地で生きてきたからか、聖気を纏った私にまったく警戒せず大人しく触らせてくれる。うわー、これ猛獣が居たらやっぱりダメですね。


「聖気への忌避感より魔物への恐怖……ここは動物(このこ)達の楽園なのかもしれませんね」


 魔物が寄り付けず人の手も入らないことで豊かな自然が育まれた森。そこでこの子達の祖先は少しずつ聖気への耐性を獲得した。それは肉食の獣も例外では無い。


「リスさん。一緒に来てくれませんか? もし気性の荒い子が近付いたらその野生の勘で教えて欲しいんです」


 拾っておいた木の実を取り出し私はリスを釣るように手の上に乗せる。


「ふふ。これで寂しくなくなりました」


 森のお友達を得た私は最初よりも軽い足取りで深層へと向かうのでした。

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