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12/27

眠れない夜のお話しです

 夜、ベッドの中で横になっていた私は今日見た“封印”が今も瞼の裏に焼き付いているように感じた。


「……眠れません」


 〈眠り歌の村〉の教会に併設された家屋、ケイト様やファン様も住んでいる場所の一室を借り受けて私は暮らすことになりました。案内が終わってから色々とあって、ようやく寝ようとしていたわけですが……どうも頭が冴えてしまって落ち着きません。ケイト様にはちゃんと眠るよう言い付けられていますが仕方ありません。ごめんなさい。


「ふう。水でも貰おう」


 私は魔石灯(あかり)を手に取るとベッドから抜けました。





 寝間着のまま部屋を出て廊下を進む。夜の暗さと冷えを感じながら手に持った魔石灯だけを頼りにキッチンルームへ向かう。


「―――おや?」

「あ、こんばんはー……」


 キッチンには先客が。ファン様です。

 ファン様は椅子に座りながらグラスに注いだ飲み物を口にしていました。僅かに漂ってくる酒精(アルコール)……どうやら晩酌中のようです。黒眼鏡(サングラス)を外された切れ長の目が私を映します。


「ふ。眠れないのかい?」

「……はい」

()()を初めて見た娘は皆そうさ。体調を崩してないだけ上等だよ。……ほら、そんな所に立ってないで。年寄りの話し相手になっておくれ」


 手招きをするファン様に促され私は隣りに置かれた椅子に腰掛けます。


「……ケイトが世話になったね。ありがとうよ」

「いえ。私の方がお世話になっているので」

「それでも森から背負って帰るのは骨が折れたろ?」

「体力には自信有るんです私」


 “封印”を目の当たりにした後、私は具合を悪くしたケイト様を背負って教会まで帰ってきた。幸い森を抜ける頃には復調したのですが大事を取って教会まで責任を持って背負わせていただきました。体力的には問題ありませんでしたが、ケイト様は小さなお手々で私の背中をぽかぽか叩いてきたのでそれがちょっと痛くて問題だったかもしれません。可愛かったですけど。

 ちなみに当の本人であるケイト様は就寝中です。私がベッドに入るよりも早く眠気に誘われるまま私室に入られました。疲労も有ったかもしれませんが夜更かし出来ない年頃なのが一番の原因かもしれませんね。


「体力に自信ねー、そりゃアタシもいよいよ立てなくなった時は背負ってもらわなきゃだね~ひっひっひ」


 ファン様は煙草に聖術で火を点けると吸い始めます。今更ですが寝間着(ネグリジェ)すっごいです下着みたいです目のやり場に困っちゃいますね。


「めちゃくちゃ見てくるねえアンタ。(ばばあ)の体なんて珍しくもないだろう?」


 注目しちゃってました。だって綺麗なんですもの。


「……ごめんなさい」

「羞恥心なんて歳と一緒に枯れちまってるよ。気にしないさ」


 そう言いますが枯れてる感じは全然ありません。色っぽいお姉さんみたいな外見です。そんなファン様は一度大きく紫煙を吐き出すと酒瓶を掴んで私に示します。


「酒はイけるかい?」

「すみません、お酒は料理で使うぐらいで飲むのはちょっと……」

「そりゃ残念」


 お付き合いしたいのは山々なんですが飲むのはどうしても苦手なんですよねー。


「そうだ、代わりと言っては何ですがお酒に(あて)がう物でもお作りしましょうか?」

「良いのかい? そりゃ嬉しいけど」

「じゃあパパッと作っちゃいますね!」


 私は台所に立つと材料を手に取り調理を始める。夕食はファン様に御馳走になったので頑張りますよー! さてさて何を使いましょうか?

 先ずは玉葱の皮を剥いて薄切りにしましょう。繊維を断つようにして切った物を器に入れて次に調味液を作ります。オリーブ油とお酢、お塩を少々―――


「……アリサ。アンタは“邪神”についてどれだけ知っている?」

「邪神、ですか?」


 唐突の問い掛け……と云うわけでも無いですね。出来上がったドレッシングを脇に置いて私はこれまで学んだ知識を掘り返す。


「邪神、破壊の現身(うつせみ)、魔物の統率者。呼び方は数有れど共通するのは“邪神とは世界を破滅に導く存在”であると云うこと。その力は強大で光の大聖女エリザヴェータ様が勇者を始めとした英雄達と共に戦い滅ぼそうとしましたが……結局、封印するしかなかった」


 赤く瑞々しいトマトを角切りにする。


「邪神が自由であった時代はそれはそれは過酷だったそうです。魔物はより大きく硬く残虐で、それの凶化(きょうか)は邪神に近ければ近い程強くなっていた。そうしてもたらされた被害は途方も無く、国家はバラバラに引き裂かれて生き残った人々はひっそり息を潜めて生活するしかなかった。暗黒の時代、血の時代とも呼ばれていたようです」


 まな板の上で細かく切り分けられたトマトから汁が溢れ広がっていく。


「“邪神は二度と目覚めさせてはならない”。“永遠に眠りに就かせなければならない”。そう仰ったエリザヴェータ様は邪神の眠りが何者にも脅かされぬよう封印の場所さえ秘匿し、長く続いた暗黒の時代に終止符を打った」


 用意した材料を全て一つの器に合わせて()え、私は自分が飲む分の水を入れたグラスと共にそれをファン様の元へ運ぶ。


「大まかですが、それが私が学んだ邪神の知識になります」


 テーブルに置いた料理の上へ挽いた胡椒を振り掛け……完成です。私はファン様にフォークを手渡して椅子に座る。


「どうでしょう? どこか間違いは有りませんでしたか?」

「合ってるよ。成る程、しっかり覚えているようで感心だよ」

「ありがとうございます。ではどうぞ、お口に合えば良いんですが」


 火を使ったり手の込んだ時間の掛かる料理は避けたので簡単の物ですが……素材の良さは村を巡った時と夕食で確認したので味の心配はそこまでありません。


「うん旨い。酒が進む」

「良かったぁ。お野菜に甘味があって美味しいので変に手を加えず仕上げてみたんです。あとニンニクを炒めたオリーブ油を使ってみたりチーズを入れても美味しいと思いますよ」

「夜中にお腹が空くことを言うねー。ほら、アンタも食べな。アタシばっか食べてたんじゃ申し訳無いからね」

「わかりました。ではお言葉に甘えて」


 パクッと一口。う~ん! 玉葱と胡椒の辛味と刺激は有りますがそれ以上にお酢やお塩で引き立ったトマトや玉葱の甘味を感じられて美味しいです! 


「実はチーズが有るんだが……」

「それは……使っても?」

「使っちまおう」


 ファン様が保冷庫から取り出したチーズを受け取ると私はそれも角切りにして和え物に放り込む。そうして出来上がった物を2人で食べる。


「うまぁ」

「は、背徳の味がします……寝る前にこれは暴力的ですよ」


 頭の中でセシルが「太るわよ」と言っていますが、ごめんなさい。これはファン様と仲良くなる為に必要なことなんです。ファン様も笑顔で食べてくれるので嬉しいです。

 空になっていたグラスに私は瓶のお酒を注ぐ。「ありがと」と言ったファン様は一口飲んで酒精の混じる息を吐きます。


「さて何処まで話そうか。アンタの知っての通りこの村は……いや、あの森の奥深くに存在した封印こそ光の大聖女様が秘匿した場所さね。秘匿、そう秘匿だ。だから此処に勤める聖女と一部の高位聖女にだけ秘匿を明かされ口を閉ざすことを約束される。アリサも聞いたろ?」

「……はい。ゲイル教官から聞きました。秘密にするという約束で」

「よっぽど信用されてるようだね、ゲイルから」


 ファン様がゲイル教官の名を口にする時そこには懐かしい響きが込められていました。


「ゲイル教官も此処で務めを果たしていたと聞いてます。ファン様とはその時からの?」

「少し違うね。ゲイルは私が教官時代の教え子、そしてその後“魔物の狂騒(スタンピード)”だったり疫病の流行なんかの時に偶然一緒に対処する機会が多くてねえ。その縁でゲイルなら信用出来ると判断して私がこの村に務めるよう()()した」


 和え物を頬張りながらファン様はニヤリと口角を上げる。


「秘匿を明かす者を選ぶ権利を持てるのは……私やゲイル、それにアタシの可愛い孫ケイトように全ての事情を知りつつ〈眠り歌の村〉で務めた経歴を持つ聖女だけ。そして選ばれたアタシ達は封印が問題無く機能しているか監視するのさ」


 置き時計の針が日を跨ぐ。


「世界に要らぬ不安や混乱を与えぬようエリザヴェータ様が作った約束事さ」

「……なるほど」

「これからはアンタもそのお仲間。まあ末永く宜しく頼むよ」

「はい。微力ながら頑張ります」


 ファン様やゲイル教官、それにケイト様のような優秀な方と同じ立場にしていただき恐縮ですが……立派に務められるよう頑張ります!


 そうして私が日付と同じく気持ちを新たにした時でした。

 ファン様は快活に笑いながら言います。


「まあこの村での務めなんて()()を秘密にしとく以外やることなんて特にな~んも無いんだけどねー!」


 …………


「え」

「1年でも2年でも好きに居ると良いさ、最低限の期間だけ居てくれればアタシの方から偉いさんに声掛けて一人前に認定してあげるよ」

「えぇ……それで良いんでしょうか?」


 かなり重要な地で、そして大事なお務めだと思うんですけど?


「全人類掻き集めて知ってる奴50人も居ない秘密の仕事なんてこんなもんさ! ()()だってアタシらでどうにかなる物じゃ無いしね! 本当にちょっと様子見るだけ! マジで暇だから! あの近くで長居すると“聖気酔い”で気分悪くなるしね!」

「…………」

「どうせ酔うならお酒でも飲みな! そんで村人と仲良く毎日楽しく過ごしときゃ良いよ! ひっひっひっひっひ!」

「……あはは。わかりました、そうします」


 グラスが空になると瓶から直接飲み出したファン様。飲み過ぎはお体に障りますよ?

 私は浄化した水を飲み……先程まで有った緊張がほぐれたのを感じながら夜を過ごすのでした。

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