それは素敵な力だと私は思います
森に入る直前ケイト様は立ち止まると聖気を励起させます。
「聖術を使うわ……【赤刃の蝶】」
そう唱えたと同時に突き出した手の甲から真っ赤な蝶が生まれて飛び立つ、一つ二つと増えていきあっと言う間に赤い蝶は10匹になって私達の周囲を羽搏く。その羽根は薄金のように陽光を反射して輝きとても美しい。私は「わー」と感嘆の声を上げてしまいます。
舞うように飛ぶ蝶を指先で触ろうとするとケイト様がそれを制します。
「迂闊に触ると切れるわよ」
「え?」
「危ないのが近付いたら勝手に追い払ってくれる聖術よ」
「それはそれは、気を付けます。……それにしても綺麗ですねー。それに可愛いです」
「…………」
パタパタと飛ぶ赤い蝶が健気に見えて目で追っていると、そんな私をケイト様が訝しそうに睨んでいました。
「ど、どうかしましたか?」
「……別に。ただ……気持ち悪いとか思わないの?」
「何がですか?」
気持ち悪いとは何のことか全然わかりません。
「何がってアンタ、この蝶……私の血で出来てるのよ?」
「血は別に気持ち悪い物ではありませんよ?」
「はあ?」
私は何と説明すれば良いのか「うーん」と考え……取り敢えず自分の思ったことを言葉にしてみます。
「血は皆さん生まれながらに持っている物です。生きている者全てに流れている大事な物。だから気持ち悪くなんて決してありません」
私はその場で膝を着くと失礼にならないようケイト様の手を取ります。その手の甲には聖術【赤刃の蝶】を行使している証なのか赤く輝く蝶の“聖紋”が浮かび上がっていました。綺麗ですがそれは傷跡のようでもあり……
「痛みますか?」
「は? 血を使うって言っても聖術なんだから痛くないわよ」
「良かった。なら尚更、私はケイト様の血を気持ち悪いと思いません」
蝶の聖紋から微かに鉄のような匂いがする。とても嗅ぎ慣れた匂いだ。
「血を見た時、人は苦痛や恐怖を感じた時の記憶を想起します。その忌避感が血を気持ち悪いと思わせる一因なのだと、私はそう思います」
血それ自体を怖れるのでは無い。血を流す要因に人は怖れるのだ。
「ケイト様の力は人を助ける力です。こうして私を守ってくれてます。だから私はこの血を素敵だと、綺麗だと思います」
「…………」
上手く伝えられたでしょうか? ちょっと自信が在りません……だって私はこれまで苦痛や傷病と違い血液自体に気持ち悪さを覚えたことが無いから。なのでそれを気持ちが悪いと思っている方の気持ちに私は寄り添えていないと思います。難しいですね、人の気持ちって。
「変な奴」
「……へ?」
ケイト様が私の手を振り払う。軽く、優しく。そうして言います。
「変な奴って言ったのよ! ……まったく、これを素敵だとか綺麗だとか……こんな変な奴が私の後輩だなんてね!」
「ええー、そんなぁ……」
私、変なのになってしまいました。ガーン。
「これでも一生懸命考えて答えたんですよー?」
「知らない! ふーんだ!」
ケイト様は私に背を向けると大股歩きでズンズン先に進んでいきます。
「ぐずぐずしてたら日が暮れちゃうでしょ。さっさと行って帰るわよ!」
「あー! 置いてかないでくださーい!」
慌てて追い掛ける私はその時、ケイト様の横顔を少し見ました。
「……ふふん」
笑っていました。でも私が隣に来ると直ぐにその笑顔は直ぐに引っ込んでしまいます。何故? でも笑ってたと云うことは機嫌は悪く無いと思って宜しいんでしょうか? ちょっと安心しました。
「そういえばケイト様。血の話で思い出したんですけど」
「何よ?」
安心ついでに雑談しましょう。こうして会話を重ねて人は仲良くなっていくのです。もっともっとケイト様と仲良くなりたいので私頑張っちゃいますよ。
「血液料理って美味しいんですよ」
「……は?」
「独特の癖は有るんですが鶏の血ってスープの材料にするとすごく滋養豊富で、味も新鮮な物を直ぐ処理すれば臭くありませんし」
「…………」
「初めは食べきれない臓物と一緒に堆肥にしていたみたいなんです。でも全部捨てるのは勿体ないからと料理に挑戦したのが私のお母さんで、そのお陰か私も物心付く頃から普通に食べてましたね。そういえば隣の村では豚で作る血の腸詰めなんかもあって頂いて食べたことが有るのですがこれも美味しかったです。でも血で腸詰めを作るなんてすごい発想ですよね」
「……ちょっと」
「あと私的に今一番興味が有るのが骨まで食べられるようになる調理なんですけど、どうも山岳国家で秘匿されてる技術らしくて現地でしか食べられ―――」
「アリサ」
「はい?」
名前を呼ばれたので返事をしました。ああ、ごめんなさいケイト様。私ばっかり話していましたね。ちょっと熱が入ってしまって……料理の話だけに!
あれ? 何でしょうか、ケイト様の表情がこう何とも言えない微妙な物になってます。
「アリサ、アンタ……気持ち悪いわね」
「えええええーー!?」
気持ち悪いと言われました。何故?
「ちょっと離れて歩いてくれない?」
「や、やめてくださいどうして距離取るんですか!?」
「本当。申し訳無いけど……ごめんね」
本気の謝罪じゃないですか!? やばいです泣きそうです!
「やだー! 一緒に行きましょうよケイトちゃん!?」
「うわわっ、追い掛けて来ないでよ!?」
―――そうして何故か私とケイト様は追いかけっこをするように森の奥へと走るのでした。
●●●●
かなり進んだ所で私達は休憩も兼ねて立ち止まっていました。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……い、いらない体力使ったわ……」
「私達なんで走ってたんでしょう?」
「もう、忘れたわ……てか何で……アンタは息、あがってないのよ」
「元気が取り柄ですから!」
「……はあ~」
ケイト様は大きな溜息を吐くと手を掲げます。
「聖術を解除するんですか?」
「ええ。ここまで来たらもう獣も襲ってこないから」
周囲を飛び交っていた赤い蝶を聖紋で吸収するよう消すとケイト様は歩き出します。その後を付いていけば、私の意識は自然と周囲へと向けられる。
「静かな場所」
静寂。辿り着いた此処は樹木が葉を揺らすざわめきも鳥獣が発する鳴き声も、何もしません。耳が痛くなりそうな静かな空間を進めば―――
「見なさいアリサ。ここが〈眠り歌の村〉に住む聖女がこれまで密かに伝え、繋いできた……一部の者のみが知ることを許された“聖地”」
空気が重い、そう錯覚する程に濃密な聖気が巨大な壁の如く存在している。これ程の物はセシルが全力で聖気を発した時以来……いや、それよりもずっと濃いかもしれない。動物さえ本能的に避ける程に強大なそれに潜り私達はそこへ足を踏み入れる。
「これが」
眩しい。陽光さえ歪める聖気の中に在ったのは柱のみで構成された神殿。屋根も壁も存在しないそれが内に囲むのは―――
“光り輝く大きな球体”。人間1人覆って余り有るそれは目を奪う程の神秘を感じさせ近寄ることを許さない荘厳さを同時に宿す。一目見れば理解出来る。あれがこの濃密で重厚な聖気の出所。
ケイト様は顔色を悪くし額に汗を滲ませ口元を手で抑える。急な体調の変化に私は直ぐさま彼女の肩を支え寄り添う。安静にさせないと……でもケイト様はそんな状態になっても目の前の物がいったい何かを私に教えてくれる。
「“封印”」
球体が脈動する。これは鼓動だ。
「そう名付けられただけの……“邪神”を封じる結界よ」
「――――――」
私はただ感じていた。
眼前のこれが生きていることを、気が遠くなるような年月を封印に囚われながらも確かに息づく……邪神の存在を。確かに感じていた。




