第一章 9.獣人と人間と魔術の関係③
やや長めの回想から時は戻り、ヴォルクとマーパー、チョノの3人に御輿のように担がれている自分へとソウシの意識は戻る。
ソウシは回想の最後の発言を思い出す。
(流石にそこで『お勤めご苦労様です』は違うだろ!絶対にアホっぽいとか思われてそう……。その直前も、魔術が使えた喜びのあまりに興奮して灯りの魔法を連発しちゃったし。客観的に見てアホっぽいどころか完全にアホだ。穴にあったら入りたい……)
他人との会話中は興奮して思いついたことを何でも言ってしまうが、家に帰って寝る直前になると日中の自分を思い出して毎夜恥ずかしくなる。ソウシはそんなタイプであった。
ちなみに、毎夜羞恥を感じると言うことは、毎日そんな発言を1回はしているということで。アホと思われるなんて心配をせずとも、普段の言動から皆にアホっぽいと思われているソウシなのであるが、本人は知る由もない。既に崩壊している自身の世間体を守ろうと日々奔走する哀れなソウシであった。
それにしても、っとラスカの小声を思い出す。
(あれは何て言ってたのかな。うっすら『欲しい』?みたいに聞こえたけど。何かが有れば詠唱も使えるのかな?あの後に1人で詠唱を何種類かやってみても、案の定全部不発だったしな。逆に魔法陣は全て発動した。うーん、何が違うんだろ?でも、何も言われなかったしなぁ。特に問題はなかったのかなぁ)
色々と自らの知識と照らし合わせながら足りないものを考えるソウシであるが、やはり半年の乏しい知識では何も出てこない。それにラスカに習っていたと言っても、農業や掃除の手伝いをしながらである。受験生の様に缶詰で勉強ができる訳ではないのだ。更には、特に魔術書などの教科書があるわけでもなく全て口頭であるし、授業内容も“魔力の操作方法”や“魔力を支配する方法”など、今思えば魔術刻印のない自分にはいくら練習しても無駄だったのでは?と疑わしいものも多かった。つまり、ソウシの魔術の知識は半年も努力したとはいえ、決して豊富とは言えない。
そう考えると、如何に日本での生活が恵まれていたかがわかる。教科書があり、衣食住に不安がなく勉学に励める。失って初めて大切さがわかるというものだ。まぁ、ソウシは孤児であるのでそれらに対する感謝も忘れたことはないし、18歳で施設を出ることになれば今と似た様な生活になると考えると、少しそれが早まっただけだと前向きに今の状況を捉えることにしている。
(それはそうと、最後に肉体強化の魔法陣をラスカさんに書いてもらったのは良かったな。お陰で今日はキリオスさんへの食糧の荷運びを一人で運べた。身体がバッキバキで帰りはこんなザマだけど……。地味にキリオスさんが獣人嫌いで、マーパー達に手伝って貰いすぎると怖かったからな。まぁ、ラスカさんに魔法陣を書いてもらう時に『え?肉体強化?良いけど。私は使わないし上手くできるかな……。うーんと、出力はこんなもんかしら。んー、これじゃあ骨が折れるかな?うーん、でも荷馬車は重そうだしなぁ、これだとちゃんと引けるかなぁ。それなら、よし!これだけのパワーがあれば大丈夫よね!うん!はい!できたよ!完璧!たぶんっ!』って言われた時は心底心配だったけど、意外と何とかなったな。いや、今思えば、よくそれで僕はその肉体強化の魔法陣を使おうと思ったな……)
そんな取り留めのない事をグルグルと考えていると、ヴォルクが魔術や獣人についての説明を続けていた事をソウシは思い出す。途中、話を少し聞いていなかったかもしれない。担がれて頭に血が昇ったせいで、呆けてしまったのだろうか。
少し申し訳なく思いつつ、以降はしっかりと聞こうと耳を傾けるソウシ。
「んで……、ってさっきから返事がねェが、聞いてンのか?オイ」
さっそく気が付かれた。いやしかし、まだ挽回は可能とみた。謝る前に、ここぞとばかりに元気よく返事をしてみるソウシ。
「アィガッディッ!」
「いや、それ何の返事なンだよ……。まぁいいわ、聞いてンなら続けるぞ。その魔術刻印は二種類ある。それは“通常刻印”と“固有刻印”だ」
どうやら殆ど聞き逃してなかった様に感じる。回想と思案もしたのに一瞬だったらしい。ひょっとすると僕には“思考加速”的な能力が異世界召喚時に与えられたのかもしれない。僅かな時間で大量の物事を思考できる能力だ。アクセラレーション!とか言ってみたら加速しないかな。いや、今は失敗すると恥ずいしやらないけれど。
「んで、前者の“通常刻印”は全ての“一般魔術”を発動するのに適した刻印で、後者の“固有刻印”は“個性のある本人専用の魔術”のための魔術刻印ってとこだな。まぁ、専用つっても遺伝や何やで似た様な魔術が多いし、一般魔術と大差ない奴も大多数だが」
「な、なるほど……?」
筋肉にも瞬発力に優れた速筋と持久力に優れた遅筋がある、それと似た様な事だろうか?とソウシは朧げに理解した。
ちなみにソウシは知る由もないが、ラスカがソウシに教えた“固有魔術を強制発動する詠唱”は、この固有刻印が人によって大きく性質が異なる影響で発動そのものが難しい場合があり、それを強制的に発動して無理矢理に性質を把握しようという荒療治の為のものであった。“固有刻印”によって発動する“固有魔術”にはかなり個人差がある。つまり、何が出るかわからないビックリ箱詠唱。割と普通に危険。医師の診察の元で用法容量を守って正しく使いましょう。
「んで、人間は“通常刻印”と弱めの“固有刻印”を持つ奴が多く、獣人は“固有刻印”のみってのが多い。ただ、個人差があって稀に両方を過不足なく持っている様な奴もいる。そして、それが特に人間に多いんだ。まぁ、そいつらが特権階級だの選ばれしものだのゴチャゴチャとウルセェんだが……。まぁ、これは今言ってもしゃーないな」
そこで、チョノが説明をここぞとばかりに付け加えた。
「アニキ!重要な事忘れてるっすよ!獣人はその代わりに身体能力が高くて、五体満足で産まれることが多いんだ!だから、オレは別に獣人が人間に劣ってる何て思わねぇんだけどなぁ」
(えっと……。つまり、かなりザックリとまとめると、『魔術が得意な人間』と『身体能力と個性ある魔術を持つ獣人』って事なのかな)
ソウシはそう漠然と整理した。
そこまで理解したところで、ソウシはチョノの発言に引っ掛かりを覚える。
「獣人が人間に劣る……?何か、今の説明を聞いてると、獣人の方が魔術も使えて身体能力も高いから強そうに感じるんだけど、劣る要素なくない?」
ヴォルクは大きく溜息を吐きながらチョノを軽く睨んだ。
「チョノォ……。わざとそこを濁したンだから察しろ、アホ」
「うぇ!?ご、ごめん、アニキ……」
予想外の批判にチョノは狼狽える。
ソウシはチョノが大好きなアニキに叱られたのは説明をしてもらっている自分にも責任があると感じたので、少々配慮の欠ける質問だったのではと思い謝ることにした。
「言い難いことなら聞いた僕が悪かったよ。ごめん……」
すると、ヴォルクは「大したことじゃない」っと否定する。
「なんつーか、せっかくならお前にはもっとフラットに、先入観無しに“獣人と人間”を見て欲しかったンだよ。現実に俺たち獣人は人間に勝てねェから、奴隷の様な立場だったこともある。幾分はマシになったが、今でも扱いは良い方じゃねぇと思う。リコス村やこの付近の村々の獣人だって、学園国家の首都に入れず敵国の獣人国との国境に押し込められた獣人達で形成されてンだぜ。すぐ隣の獣人国も主に迫害された者達が集まった魔窟が国の様になったンだしよ。だからよ……あー、なンつーか、上手く言えねぇんだが。そういう現実を抜きによ。お前には“獣人と人間”がどう見えるのか、いつか聞きたかったンだわ。俺たちが、俺達獣人と人間が、今後どんな関係性で歩んでいけンのか。その可能性を、その未来を、先入観のないお前に見つけて欲しかったンだわ。ソウシ、これはお前の分け隔てない態度を感じた時から思ってたことなンだがな」
その解答は酷く曖昧で、何故一般的に獣人が劣っていると言われているのか、その質問の答えにすらなっていなかった。しかし、人間と獣人の在り方の将来を見据えるヴォルクに、その視座の高さに、そして、初めて触れたこの世界の広さと闇に、ソウシは黙ったままで何も返す事ができなかった。それはリコス村で日々を生き抜くだけで背一杯な少年のソウシが、初めてこの世界の全体を、広さを意識した瞬間だった。
そんな感慨に耽るソウシを他所に、難しい話は関係ねぇ!オレはアニキの自慢がしたい!っとばかりにチョノが目を輝かせて得意げに話す。
「でもさ、でもさ!ヴォルクのアニキは特別で、獣人でも実践レベルの通常魔術が使えるんだぜ!固有魔術が使えて、通常魔術も使えて、身体能力も獣人の上位なんだ!アニキは!ここら辺の田畑も全部アニキが土魔術で耕したんだぜ!スゲェだろ!!」
それにソウシは素直に驚く。
「凄いな。いや、それはマジで凄くない?だって、獣人だから身体能力も高くて、しかも魔術も完璧にこなせるってことでしょ?そもそも獣人が人間の何に劣るか知らし、何なら獣人の方が凄いんじゃね?って気がしている状況でそれを聞くと、ヴォルクが完璧超人にしか聞こえないぞ!?ヴォルク!君はこんな辺境でくたばる様な男じゃない!世界に打って出るべきだよ!成功間違いなしさ!」
そんな褒め言葉にヴォルクは苦虫を噛み潰した様な表情をする。
「チッ、そんな大層なもんじゃねぇよ。通常魔術が使えても、俺の固有魔術は“鮮血狼の位置を把握する”なんて地味なもンだ。差し引きゼロってンだぜったくよぉ」
それを聞いて、静かに話を聞いていたマーパーが首を振った。
「でも、そのおかげでオイラ達は鮮血狼から逃げることができたんだなぁ。以前にキリオスさんに助けられる前にも素早く気が付いて逃してくれた。ヴォルクは自分を卑下し過ぎだと思うんだなぁ」
マーパーの発言にチョノもすかさず乗っかる。
「そうっすよ!あれがなければ、助けられる前には鮮血狼に襲われて速攻で死んでましたよ!主にソウシが」
「唐突な自分っ!でも確かに!思い出すと最初に襲われたの僕だったわ!襲われた時にヴォルクが瞬時に抱えてくれなかったら速攻で死んでましたっ!!その節はマジでありがとうございましたっ!!感謝感激ヴォルク様!!」
「そうなんだなぁ。いつもオイラ達も凄い助けられてるし、鮮血狼の多いこの村では最強の能力だよ。それに、村のみんなも言ってる。ヴォルクは勤勉で頭も良くて、固有魔術も次期村長にふさわしいってぇ」
それを聞いたヴォルクは軽く頬を上げつつ、空を見上げて鼻を掻きながら
「知っとるわ。当たりメェだろ。感謝しとけ」
っと、そんな、この場の誰もがわかる照れ隠しをした。