第一章 6.ラスカお姉ちゃんの魔術講座②
「よし、じゃあ始めるよ!」
ラスカがそう言って秘策の内容を説明し始める。半年近くも魔術の修練の成果がでずに落ち込んでいるソウシの為の秘策。固有魔術を強制発動する詠唱。
「何度も説明しているからわかっているとは思うけれど、まずはおさらいね。魔術を行使する際には、最初に自身の周りの空気中にある“魔力を支配する”必要がある。これを一般的には“魔力を占有する”と表現するわ。ここまではいい?」
ソウシは無言で強く頷く。
何度も何度もやっている基礎の基礎だ。そして、一度も上手くいっていない基礎の基礎でもある。魔力が何処にあるかわからないし、感じられもしない。しかし、それさえできればこれまでの勉強の全ての知識が活きて、あらゆる魔術がとんとん拍子に使える様になるはずなのだ。つまり、これができるかどうかが今回の正念場なのである。
「初心者が魔術を使えない最大の原因は殆どこれね。“魔力を占有する感覚”がないから、そもそも”魔術を発動する為のエネルギー”つまり魔力を確保できずに詠唱が完璧でも魔術が不発になるの。もちろん、ソウシくんもこれができていないから魔術が使えていないわ。逆に言えば、この感覚さえ掴めば、一気にあらゆる魔術が使える様になるはずよ!既に知識はそこそこあるものね!そして、今回の秘策は強制的に魔術刻印を内側から起動して固有魔術を発動するというものなの!獣人と違って、人間は必ずしも強力な固有魔術を所持しているとは限らないけれど、実用的でなくとも何かしらは持っているものよ。どんなに微弱でも何か発動さえできれば、空気中の魔力を少しは感じられるはず。それをとっかかりに“魔力の占有”を覚えちゃおうって作戦ね!まぁ、この方法はかなり無理矢理で、まだ解明されてない部分の多い固有魔術の強制使用なのでちょっと危ないのだけれど……。まぁ大丈夫!頑張ってね!」
「はいっ!!……え?」
いや、最後は流石に不安な発言が多すぎない!?本当に大丈夫なの!?とは思うものの、もうこの“怪しげな治療魔術の詠唱”に頼るしか魔術を使えるようになる方法が思い付かない。5ヵ月も成果がないのだ。藁にも縋る思いなのだ。魔力を占有さえできれば、5ヵ月の努力が全て報われる。そう信じていたからこそ、必死に魔術文言や形態にルールなどを覚えてきたのだ。その希望があったからこそ、半年近く成果が皆無でも魔術の勉強を頑張ってこれたのだ。5ヶ月を無駄にするかどうか、意味を成すかどうか、今まさにソウシはその瀬戸際に立っている。
「じゃあ、私に続いて詠唱してね?いくよ……」
「あっちょっと待って?それってお姉さんも魔術発動しちゃって危なくないんですか?」
疑問に思ったのもそうであるが、半分以上は緊張で心構えができておらず時間をとりたくなった、というのが大きい。
だって、しょうがないじゃない。半年の努力が骨折り損のくたびれもうけになるか一瞬で決まってしまうのだから。ひょっとして、告白の返事をもらう直前もこんな気持ちなのだろうか。もう少し甘酸っぱさはあるのかな。
ラスカは出鼻を挫かれてガクッと肩を落とした。
「おろろ?えっと、それもさっきと同じよ。魔力を占有しなければ詠唱しても発動しないの。……もしかして、緊張しているの?」
「……はい。ちょっと危ないって言ってましたし」
「あら、ちょっと怖がらせちゃったかな。ごめんね。じゃあ、一度深呼吸しよっか?」
言われた通りに大きく深呼吸をするソウシ。
何度か深呼吸をして落ち着くのを待って、ラスカは切り出した。
「いけそうかな?」
ソウシは最後に強く息を吐き、気を引き締める様に両頬を平手で軽く叩いた。
「はい!いけます!」
「ほい!それじゃ、いくよ!」
事前に詠唱の文言は聞いていないが、何のことはない。詠唱そのものはただの言葉の羅列で特別な発音も必要がないのだから。ラスカの後に続くだけで問題ない。
ゆっくりと、ラスカが口を開いて詠唱を始める。
「“梏桎の特殊型”」
「“梏桎の特殊型”」
鳴り響く心臓。震える唇。少し舌がもつれそうになりながらも、つかえずに前半を言い切る。残るは後半。
「“クラテス37 0,0,0”」
「“クラテス37 0,0,0”」
言い切った。言い間違えはなかった。完璧だった。そして……。
何も、起こらなかった。
失敗した事実を認識して虚な表情のソウシを見て、ラスカはオロオロと取り乱す。
「えっと、あれぇ?ごめんね?私の教え方が悪いのかな?あ、あれ?赤ちゃんですら、何かは起こるはずなんだけど……。固有魔術が小規模で感知できない……のかな?ソウシくん、何か感じるものはなかった?例えば、その……魔力がぶわぁー!って、たくさんある!みたいな?」
「……いえ、特には。全く、ないです」
そこで、唐突にラスカは諦めた様に言った。
「はぁ~……仕方ないか、もう見てらんないし。よし!私のポリシーには反するけれど、とっておきを使っちゃおうかな!これで絶対にソウシくんも魔術を使えるよ!」
「……え?」
最後の手段ではなかった……?ソウシは顔を上げ、赤く腫れた瞳でひたとラスカを見つめる。
「言っていなかったけれど、私の固有魔術はそれはもうとぉーってもレアなの!なんとっ“心身操作”!!これでソウシくんの身体を操って、私がソウシくんの体で魔術を使う事で直接に魔力を占有する感覚を教えちゃおうってわけ!」
ラスカは紙に魔法陣を黙々と書いていく。
いや、でもちょっと待って欲しい、だったら
「え、だったら、初めからそうすればよかったのでは……?」
「それねぇ。自戒というか、個人的なルールがあって。男の子には使わないっていう。抑えが効かなくなりそうというか……っよし。できた!」
話しながら書いていた魔法陣が完成した。
抑えが効かないとは何なのか。ともかく、問題がないのならば気にしないことにした。何が理由であれ、親身に教えてくれているのは事実。感謝こそすれ避ける理由はない。何故か少し背筋に悪寒があったが、きっと気のせいだろう。
「では、今からソウシくんをお姉ちゃんが操ってこの明かりの魔法陣を発動してもらいます。魔法陣にしたのは占有の感覚に集中してもらう為に詠唱を省きたいからです」
明かりの魔術。それは一般的に夜に使われる辺りを照らすだけ魔法だ。
そこで、ソウシは少し怖いので根本的な質問をしてみることにした。
「はい!お姉ちゃん先生!質問です!」
「はい!どうぞ!ソウシくん!」
「“心身操作”ってどうやるんですか?」
心身操作と言っても方法が問題だ。しかも、どうやら何かしらの理由で気が進まないらしい。例えば、腕を釘で打たれて無理矢理に操作される(物理)とか、脳を直接弄られて精神崩壊、みたいな事態になるならば流石に辞退したいところである。魔術は使えるようになったけれど、正気は失ったのでは本末転倒だ。ラスカに限ってそこまで深刻な事態にはならないとは思うが、程度の差こそあれ問題が起こる可能性はある。
だって、さっきの赤ちゃんでも何か起きる詠唱でさえ少し危険だって言っていたもの。ラスカさんは少し楽観的すぎて危ういんだ。
それに対して、ラスカはこともなげに答えた。
「心配しなくても危険なことはしないから安心してね?相手の“魔術刻印”に干渉してちょちょいっとやるだけよ。後遺症もなし!安全で完璧な魔術!流石、私!もちろん、明かりの魔法陣も小さな光しか出ないから安心安全!やっぱり完璧!ねぇねぇ褒めて褒めて?」
どうやら全く安全らしい。気が進まなかった理由はよくわからないが、安全であるならばヨシッ!っである。いや、これは現場猫だからフラグになってしまう。大丈夫、確認はちゃんとしたもの。
……ん?ちょっと待て。今、聞き慣れない単語がなかったか?
「えっと、何度も質問すみません。あの……“魔術刻印”ってなんですか?魔術の授業でも言わなかったですし。干渉?僕の魔術刻印に、ですか……?」
酷く嫌な予感がした。刻印とは何かのマーキングや模様のことだ。これが魔術道具の様なもので、それの所持の有無であればいい。だが、言い方や“心身操作”という魔術の字面から予想される性質からして、何か人体にあるものではないのだろうか。そうであるならば、異世界人の僕にはとてもあるとは思えない。もしそれが、魔術において重要な役割を果たすものなのだとすれば……。
そこで、ラスカは少し驚きながら質問に応えた。
「あれ?胃とかの臓器の名称は詳しかったし、てっきり生物系は得意なのかと思ってたのだけれど。たしかに、それを知らないと魔術の習得が進まないのも納得ね。ソウシくんにもあるはずよ」
心臓が早鐘を鳴らす。それを知らないと魔術の習得が進まない?僕にもあるはず?いや、ある訳がない。だって、僕は……。
「“魔術刻印”とは、人体にある臓器の一つ。空気中の魔力に干渉する為の器官のことよ」
その事実によって、何とも呆気なく完全に希望が打ち砕かれた。
ああ、そうか。やはり才能とかそういう問題じゃなかったのだ。
ストンと納得すると同時に、虚無感が襲いかかる。
そもそも自分はこの世界の人間ではない。ただガワが似ているだけの別物。そう、根本的に別の世界の生き物がこの世界の法則である魔術を扱える方がおかしいのだ。つまり、これは当然の結果で当たり前の出来事。電気うなぎが電気を出せるのはその為の臓器があるから。毒蛇が毒を持つのもその為の臓器があるから。ファンタジーや摩訶不思議なことじゃない。結果には必ず原因がある。魔術という結果には、魔術刻印という臓器があった。ただ、それだけ。当たり前のことであったのだ。何故、気が付かなかったのか。いや、薄々気がついてはいたが、目を逸らしていたのかもしれない。僕にとっては、この世界で生きていく最後の希望が魔術であったから。
あぁ、でも。それでも思わずにはいられない。半年の努力は何だったのか、と。異世界に来て、やったことは他人への迷惑と無駄な努力だけだったのか、と。もう、お世話になった人達に恩返しをして、役に立つことはできないのか、と。
気持ちが沈みすぎて、何も状況を判断できていなかった。
チビで力もなければ、魔術も全く使えない。自分に何ができるというのか?ただの、役立たずではないのか?ここに居て良いのだろうか?
それらばかりが思考を埋め尽くし、ぐるぐるぐるぐると駆け巡る。
まだラスカが喋り続けているが、頭には何も入ってこなかった。
「ほら、私で言えば腕とかにあるこの紋様。趣味やオシャレじゃないのよ?産まれつき。結構綺麗でしょ?色と形も自慢なのよね。どうかな?……ん?そういえば、ソウシくんの魔術刻印は見当たらないね?見せて見せて?」
それにしても、短時間でショックな出来事が重なり、一周回って逆に頭が冴えてきたかもしれない。
あーあ、ゲームなんかでは魔法陣に手を当てて“ファイア”なんて唱えれば簡単に発動できるのに。あ、この場合は“ルーモス”の方がいいのかな。明かりを灯す訳だし。まぁそれで発動できるのならばよかったけど、現実は残酷なものだ。そうだ、もういっそテキトーにやってみるか。案外どうにかなるかもしれない。
ヤケになり魔法陣に手を当てながら、試しに思い付いた魔法の言葉を紡いでみる。
「“光よ”」
ぽわっと小さな明かりが灯った。
「「え……?」」
唖然と光を見つめる少年と女性。
2人して顔を見合わせる。
「……できたね?ソウシくん?」
「……はい、できましたね?」
しばらく見つめ合い、事態を飲み込めた少年はダンッと椅子から勢いよく立ち上がった。
「いや、できんのかーーーいっ!!何だったんだよ!何だったんだよここまでの流れ!!てか、何でできた!?詠唱もデタラメなのに!?いや、むしろ何で今までできなかったん!?いや、ほんっと、俺のここまでの気持ち返して??」
叫びながら無邪気に喜ぶ。気分は有頂天。
さっきまでの気分が嘘の様だ!異世界の魔術習得イベントほどに興奮することもない!これで何とかなる気がする!根拠は全くないけど、だって魔法だもの!大抵の事はできるでしょ!
そん気持ちで飛び跳ねながらガッツポーズをするソウシは、興奮のあまりその姿をジッと真顔で見つめているラスカに気が付かなかった。