第一章 2.リコス村のあぜ道にて
獣人国コーツピースと隣接する学園国家ミスティルテイン。その国境付近に位置するリコス村は米の産地である。
獰猛な魔獣である鮮血狼の住む森の開けた土地にあるこの村は魔獣である鮮血狼ブラッドウルフを飼育することで、その縄張り意識を利用し野生の鮮血狼から村の安全を守っている。森の鮮血狼にとって、この村は別の鮮血狼の縄張りであるために危害を加えて来ないのだ。また、農作物の害獣である草食動物を肉食である狼は狩ってくれるため、農産物の米を安全に栽培できるのである。
そのリコス村の長く続く田畑の外れ。真夏の朝日が眩しい輝き、高く聳える稲穂畑が微風になびく。
森の入り口にある空き家へと続くあぜ道を大量の食材を載せた荷馬車を引いて進む、否、引いて進んでいない1人の少年がいた。
「あっついぃ。おっもいぃ。何で俺なんだ。どう考えても体格的に獣人の方が適任じゃん。ぼくぁ、157cmだぞ。ヴォルクなんて、224cmもあるのに……。くそったれめぇ」
自らの境遇に不満を垂れながら必死に荷馬車を引く少年。彼の名は「主来社 創士」で「しらいと そうし」。半年ほど前にこの村で保護されて、村長の家に居候中の16歳。地球から異世界にやってきた黒髪黒目の人間の少年だ。
少年の引く荷馬車は人間の村ならば馬や牛を使って引いていたであろう大きさであった。しかし、リコス村の村人はソウシを除いて100%獣人である。彼らは人間より遥かに屈強で成人男性の平均身長は優に2mを超える。つまり、人間の少年であるソウシにとっては荷馬車でも、獣人にとってはただの荷車なのである。その荷車はとうてい人間の少年が1人で引いて進める重さではなかった。
そんな荷車もとい荷馬車を人間である少年のソウシがどうやって道半ばまで進んだのか。答えは簡単、もう1人の同行者がいるのだ。
「大丈夫かぁ?もう少し手伝おうかぁ?ソウシだけじゃあ、これを引いて村はずれのキリオスさんのところまで行くのは無理だってぇ。気持ちはわかるけどさぁ。この荷車、僕らでもそこそこ重いんだぞぉ」
心配そうに言うのは、自称勇者のキリオスにソウシ達と一緒に助けられたマーパー。17歳、性別は男。身長218cmで体重150kgは優に超えるであろう巨漢の獣人である。ふくよかにも見えるが、その中身はギッシリと筋肉が詰まっている。力士に近い体型だ。しかし、普通に見ると穏やかな顔であるために少しお腹の出たまんまるとした獣人に見える。下半身から上半身まで全身が獣に近く、少し可愛いつぶらな瞳がチャームポイント。一言で表すと、二足歩行で歩く垂れ目のデカ犬だ。この村の癒し担当。
「マ、マーパー……ッ!手を出すんじゃない。これはっ!僕の仕事でっ!はぁ…はぁ……。僕がやり切るんだっ!僕が、やり切らなきゃ意味がないんだっ!なんの、これしき!うぉぉぉおっ!!」
少年が渾身の力を込めると指先は黄色くなり、細腕には血管が浮き出る。汗を滴らせながら、一歩また一歩と足を踏み出していく。
「これでッ!!三歩だぁッ!!!」
「進んでる感出してるところ悪いんだけどさぁ。足元滑ってるだけで荷車は少しも動いてないんだなぁ」
「……え?嘘やん。マジかよ。あんなに手応えあったのに?この世の不条理を感じたぞ」
少年は自らの足元に刻まれた深い靴跡を眺めて、大きく落胆して肩を落とす。しかし、それでも小さな体で精一杯に荷馬車を引くのを辞めようとはしない。
それを隣で眺めるマーパーは嘆息した。
「それにさぁ。さっきまではオイラも手伝ってたじゃん?ちょっとくらい手伝ったって変わらないってさぁ。目的の村外れの小屋も近いし。見てらんないよ、もぅ……」
そこで、やっとソウシは荷車を引くのを辞める。少年は疲れた様に深く息を吐き、荷馬車に腰掛けて汗を拭きつつ、ポツポツと話し出す。
「うっ、そうだけど……。そう、だけどさ。やっと活躍できる仕事なんだよ。こっちに来てさ。村長さん達にも色々よくしてもらってさ。でも、こんなチビで仕事も少なくてさ。何も返せなくってさ。凄く感謝してるのに、申し訳なくってさ。昨日も無理に成人祭の為の狩猟に付いて行って、足手まといになって迷惑かけてさ。だから、名指しで仕事を貰えた時は少し嬉しかったんだ。やっと活躍できるって。だからさ。これは絶対に僕がやり遂げる。やり遂げなきゃいけないんだ。決めたんだ。だから、手ぇ出すんじゃないぞ!マーパー!!うぉぉぉぉおお!!!」
そして、ソウシは再び精一杯に荷馬車を引くがやはり全く進まない。
そんなソウシの少しふざけてはいるが本音であろう言葉や行動を、マーパーは真面目に見ている。いや、真面目ではあるがやや呆れも混ざる表情だ。
「ソウシ、全くすすんでないんだなぁ。それに、出発直後は荷台に乗って『こんだけ有れば少し減ってもバレないよなぁ!おっ!この林檎美味そう!いっただきぃ!うまぁ!うっまぁ!林檎の革命や!いや、そもそもこれは林檎なのか……?味は梨と桃の中間の様な!?なんじゃこりゃぁ!?うっまぁ!!もう一個……』とか言って、ずっと食べてばっかだったじゃん。もう諦めなってぇ」
「そ、それは確かに?一理あるが?でも!こっちに来てから林檎とか果物を殆ど食べる機会がなかったし!よくわからない人にあげるならちょっと位良いかなって……。それに、荷車は一緒になって必死に引いてる時も多かったじゃん!たしかに休憩もあったけど!!あ、待って?今気が付いたけど、ここで全く進んでないって事は、もしや、一緒に引いてた時も微塵も役に立ってなかった……?」
「んだなぁ。必死に引いてるのはわかったけど、微塵も軽くならなかったよぉ」
「そんな……やっぱり僕は要らない子?頑張っても、いつも空回り……」
「はいはぁい。向こう着いたらキリオスさんの食事や洗濯とかで活躍するんだなぁ」
「イェッサー!活躍するぞぉ!」
「調子良いんだから、もぅ」
そんな会話をしつつ、荷馬車を引くマーパーと荷台に乗りながら全力で応援するソウシは自称勇者のキリオスの待つ村はずれの古屋へと向かって進む。
「あ、そうだ。マーパーの固有魔術って加速だったよね?それで荷馬車も加速しちゃえば」
「そんなことしたらソウシは転げ落ちるし、荷物はぐちゃぐちゃになるだろぉ」
「う、そうか……。あぁ〜!もう!なんで僕が運ぶことになったんだよ。絶対にマーパー1人の方が適任だよ……」
そうやって駄弁りつつ、2人は自称勇者キリオスの元へと大量の食糧を運んでいった。