表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

冒険者ランク「認定なし」のギルドマスターが冒険者ランクAの冒険者達に「わりのいいクエストをよこせ」と絡まれています




「ギルドマスターを出せ! 俺は冒険者ランクAだぞ!」


 またあの手のやからか、と、ギルドマスターのフラッドは溜め息をこらえた。


 ここはアイビスの町の冒険者ギルド。カウンターの前では冒険者ランクAだという、筋骨隆々とした男ががなり立てている。


「冒険者ランクAの推奨クエストが一角ウサギ狩りだと?! 冒険者ランクAを舐めてるのか!!」


 犬獣人の受付嬢が冒険者ランクAをなだめようとしているが、彼女の豊満な胸部を持ってしても男に冷静さをとりもどさせるに至らない

 ギルドマスターのフラッドは、ぶつぶつと文句を云いながら、バックヤードからそれを見ている。彼はこの手のトラブルに対応することを得意としていない。


「昨日半日かけて結果がこれだ! 買いとりには期待してもいいんだろうな!」


 冒険者ギルドでは冒険者ランクに応じてクエストをうけられるようになっており、推奨ランクかそれ以下のものをこなすと、クエスト達成料は1.2倍になる。自分のランクよりも上のものを安易に受注する冒険者を牽制する目的だ。

 ただし、その結果得た素材やアイテムを普通より高く買いとることはない。


 受付嬢がそのように説明している。男は納得しない。


「冒険者ランクAが! 半日も消費したんだぞ! もっといいクエストをうけたってよかったんだ! こんなしけた町じゃなくよそでな!」




 数十年前突然、モンスターが出現するようになったこの世界にとって、冒険者は貴重な戦力だ。自前の軍隊を持たない国でも、金さえ払えば冒険者がモンスターを退治してくれる。

 冒険者はモンスター出現後に誕生した職業で、はじめはギルドもランクもなく、それぞれが独立して活動していた。


 ギルドへの登録制がはじまったのは、約三十年前。ある国が「冒険者にモンスター退治を依頼しやすいように」「冒険者がモンスター退治で怪我をした際は優先的に治療できるように」とはじめたことだが、反乱や革命を起こすかもしれない存在として名簿をつくるのが目的だった。


 その後、その国はモンスターの氾濫で滅んでしまい、ギルドの形だけが残った。独立して活動していた冒険者には、自前の治癒魔法を持たぬ者も居て、そういう冒険者には怪我の際に治療してもらえるシステムはありがたかったのだ。


 冒険者や各国の商人が発起人となって、全世界共通の機関として冒険者ギルドがはじまったのは二十五年前だ。商人達は、モンスターの牙や革、爪などを素材にして様々な商品をつくっていた為、冒険者達の活動が活発になって素材がもっと沢山手にはいることを見越して冒険者ギルド設立に手をかした。




 しかし、冒険者ギルドには大きな問題があった。

 冒険者の質を担保できないことだ。




 冒険者はそれまで、好き勝手にモンスターを狩り、素材を売るなどして金を得、好きに暮らしていた。

 なので、冒険者と云っても「弱いモンスターを狩って綺麗な状態の素材を売る」者も居れば、「強いモンスターと戦うのが楽しくて素材はおまけ」の者も居る。

 冒険者ギルドでは、特定の冒険者にモンスター退治や素材調達を依頼することもできるのだが、そこで問題が絶えなかった。

 自分の冒険者スタイルに合致しないクエストでも、達成料がよければひきうけてしまう。その結果、怪我をして再起不能になるならまだいいほうで、冒険者が死亡するということも――。


 誰がどれくらいモンスターに対応でき、どれくらいの魔法をつかえるのか、それは冒険者の自己申告で測るしかなかった。

 それを根本的にかえたのが、「冒険者ランク」である。




 冒険者ランクの導入は、ほんの三年前だ。その前の五年間、試行錯誤の期間があるのだが、一般の冒険者はそのようなことは知らない。


 冒険者ランクはふたつの試験とひとつの要素で決まる。


 ひとつめ試験はモンスターの生態や気質、特徴、弱点などについてのペーパーテストで、数百問からなる。冒険者ランクに関わらず、最高難度のものから簡単なものまでうけることができ、冒険者ギルドに登録しておけば試験料はタダだ。




 ふたつ目の試験は体力と言語で、こちらは試験官が直にたしかめる。

 体力測定は持久走と壁登りが基本だ。ランクに関わらず同じ試験で、どの課程まで進めたかが成績になる。


 言語はこの世界の主な十言語のうち、幾つの言語でクエストについて話し合えるか、書面でのやりとりができるかを見る。

 これは言語が覚束なかった為に、ギルト・冒険者間、或いは冒険者・依頼人間で行き違いが起こるのを防ぐ目的だ。そのような事例はこれまでに多々あったので、冒険者ギルドはその仲裁や裁判で莫大な費用をつかっていたのだ。




 試験ではない重要な要素は、治癒魔法をつかえるかどうか。これは冒険者ランクの上限を決める要素だ。

 モンスターは一頭だけと思っても、そいつが仲間を呼び、群れで襲いかかってくることはある。

 そんな時、治癒魔法をつかえるかどうかは生死を左右する。実際、ランク導入の準備期間中に集めた膨大なデータに拠れば、治癒魔法を持たない冒険者のクエスト中死亡率は、治癒魔法を持つ冒険者のそれよりも高く、なんと五倍もあった。


 その為、治癒魔法をつかえない冒険者は、どれだけ試験の成績がよくても冒険者ランクCまでしか交付されない。自身のランクよりも上のクエストをうけても得はない為、ランクを抑えておけば自然と、危険なクエストへ向こう見ずにつっこんでいく冒険者は減るだろうと、ギルドの上層部は考えたのだ。実際、ランク導入以降、クエスト中死亡率はランクに関係なく少ない。




 冒険者ランクが高ければ、各国の王家から直に指名されることもある。そういうクエストの達成料はとても多いので、冒険者達はこぞってランクを上げたがる。




 冒険者、ギルド両方に便利で役に立つ冒険者ランクだが、高ランク冒険者のなかにはこのような傍若無人な振る舞いをする者もたまに居た。


 フラッドはこっそり、バックヤードから受付の様子をうかがっている。

 彼は全ギルド中で最年少のギルドマスターだ。弱冠十七歳、ギルドが規則をつくりなおしてギルドマスターに迎えた人物である。

 のだが、喧嘩や争いごとは苦手で、そういうものの仲裁は副ギルドマスターのマキシムに任せてきた。

 マキシムは三十過ぎで、別ギルドからフラッドの補助としてやってきた温和な男性である。といっても、冒険者ランクはA′、並みの冒険者ならかなわないくらいクエストをこなしてきている。


 その頼りになるマキシムは、冒険者ギルド総会に出席する為に、このアイビスの町から首都フェズントへ向けて出発したばかりだ。フェズントには冒険者ギルドの総本部がある。

 という訳で、ここはフラッドが出ていってあの男をたしなめるしかないのだが、彼は尻込みしていた。






「マスター! マスター……」


 受付嬢が悲鳴のような声を出し、フラッドはなんとか勇気を振り絞って、バックヤードから受付へと歩いていった。

 カウンターの向こうには、冒険者ランクAの男、その仲間と覚しい痩せた黒ずくめの男と派手なドレスの女、荷物を担いだおどおどした男が居る。


 冒険者ランクAの男は、丸太のような腕をしている。物理系のアタッカーか、とフラッドはあたりをつけた。

 黒ずくめも物理系のアタッカーに見えたが、手数で勝負するタイプだろう。女は長い杖を持っているので、魔法攻撃と回復を担当しているのだろうな。あとのひとりは、荷物持ちだ。


 フラッドは長い前髪から透かすように、男達を見る。


「あの……僕がギルドマスターですけど……」


「なんだ、あのチビは!」


 フラッドは俯いた。フラッドは身長160cmに満たない。ふわふわした淡い色の髪、小さな手を見て、フラッドを子ども扱いするひとは多い。


 無法者達もその類で、フラッドは思い切り侮辱された。


「おい、ギルドマスターの子どもじゃないのか、お前」


「チビだけならまだしもひょろひょろじゃねえか!」


「なあにい、あの腕。あたしよりも細いんじゃないの?」


「おい坊主、お前冒険者ランク幾つだよ」


 フラッドは口を動かすが、言葉が出てこない。

 ギルドマスターは冒険者ギルドに登録していても、試験をうける義務はない。総本部のギルドマスター、つまり冒険者ギルドのトップはA′だが。

 フラッドは怯える受付嬢をひっぱって自分のせなかに庇った。


「……です」


「なんだ? 聴こえないぜ」


「冒険者ランク、認定なしです。試験をうけてないから」


 男達が大声を立てて笑った。笑っていないのは荷物持ちらしい男だけだ。荷物持ちは初めて口を開いた。


「お、おい、やめろよアーサー。ギルドマスターに失礼だろ」


「チビでランクなしのギルドマスターなら俺のほうが上だ!」


 アーサーと呼ばれた冒険者ランクAの男は荷物持ちを怒鳴りつけ、認定証を自慢げにかざした。黒ずくめと女が続く。たしかに三人とも、冒険者ランクはAだった。

 フラッドは震える声で云う。


「あの……冒険者ランクAに、一角ウサギは適正なクエストです」


「はあ?」


「一角ウサギはポーン級モンスターです。冒険者ランクAならわかりますよね? ポーン級は相当な数の群れをつくっているおそれもあるモンスターで」


「ただし一体一体は弱いし、数が出てくれなくちゃ儲けもいまいちだ」


「そ、それを理解した上で、クエストを……あの、あなた達には選択の権利があるんですから、いやなら最初からうけなかったら」


「うるせえ!」


 アーサーの大声に、フラッドはびくっとした。にじんできた涙を拭う。


「俺達は時間を無駄にした。だから、わびをいれてもらいたい」


「わび?」


 アーサーはカウンター越しにフラッドの襟首を掴み、ひっぱった。フラッドの耳許で云う。


「キング級モンスターの情報をよこせ」


「そ、そんな」


 キング級というのは、やはり群れをつくるモンスターだが、ポーン級と違い、はっきりとしたリーダーが居る。

 更に、リーダーのモンスターはお宝をためこんでいたり、その体そのものが高級素材になったりと、冒険者なら一度は討伐したいものだ。

 だが、ためこんでいるものが多ければ多いほど凶暴で強く、ギルドの特別編成部隊か、ランクA′にしかクエスト情報が公開されない。


 アーサーは最初から、難癖をつけて、本来なら冒険者ランクAには公開されないクエスト情報を手にいれるつもりだったのだろう。意地悪くにやにや笑っている。


「いやならかまわねえ。俺は冒険者ランクAの仲間が沢山居る。アイビスの町のクエストは最低だったって仲間に話すだけだ」


 フラッドは涙の所為で鼻が詰まり、呼吸が苦しくなっていた。

 荷物持ちが慌てている。絶望的な体格差なのに、荷物持ちはアーサーの腕を掴み、フラッドの服からアーサーの指を外そうとした。


「流石にまずいぜアーサー、ギルドマスターは総本部で研修をうけたきちんとしたひと達だ。そんなふうに」


「黙れ、サルヴァドー!」


 アーサーがフラッドから手をはなし、荷物持ちのサルヴァドーを殴りつけた。

 サルヴァドーの体が宙を舞う。


 フラッドはカウンターを飛び越え、サルヴァドーを両腕でうけとめたが、そのまま一緒に床に倒れた。


「え?」


「痛い……」


 せなかの痛みに涙が流れたが、フラッドはそれを手早く魔法で治療して、立ち上がった。


「クエストへの抗議ならいいですけど、暴力沙汰はよしてください」


 フラッドの人間離れしたスピードに目をまるくしていたアーサー達が、それぞれ武器をかまえた。


「なんだと! 冒険者ランク認定なしが、ランクAの俺に指図」


 アーサーは最後まで云えなかった。フラッドが拳を振りぬいてその腹部を殴ったからだ。


 アーサーは猛烈な勢いでギルド正面の壁をぶち破り、前の通りに倒れた。


「あー」フラッドは泣いている。「マキシムさんに叱られるう。どうしよう、クレアちゃん」


「え? えーと、これはマスターの所為ではないのでは……」


 黒ずくめと魔法つかいはカウンタに手をついてやっと立っている状態だ。ふたり揃って受付嬢のクレアを見た。クレアは肩をすくめる。


「あの、マスターは訳あって試験をうけられないだけで、冒険者ランクA′相当の実力の持ち主です」


 黒ずくめと魔法つかいが腰をぬかした。






 フラッドが泣きながら壁の修繕をしている。アーサーは、クレアの通報でギルド特別編成部隊がひったてていった。黒ずくめのジムと魔法つかいのアグネスもだ。

 サルヴァドーは、受付嬢とフラッドが庇ってくれたのでそれをまぬかれ、三人の荷物を引き渡しただけですんだ。


「あのー、マスター、これでいいですか?」


「ありがと、サルヴァドーさん。器用だね」


 フラッドは子どものような口調で云って、袖口で鼻水を拭い、サルヴァドーが用意した魔法漆喰をうけとった。

 不器用につくった木の壁に、それを塗りたくっていく。サルヴァドーはそれを見ていられなくなって、フラッドの手から道具を奪い、引き継いだ。


「ありがと。でも冒険者さんにタダで働かせたって、マキシムさんに叱られちゃう」


「はあ。あの、じゃあ、マスター」


「フラッドでいいよ」


「じゃあ、フラッドさん。さっきクレアさんが云ってましたが、どうして試験をうけられないんですか?」


 フラッドは鼻水でテカテカしている袖口で、なおも鼻をごしごしした。サルヴァドーはさっさっと、魔法漆喰で壁を完成させていく。こういう仕事は、冒険者ランクが低い時に散々やったので慣れている。戦闘能力は低いが、モンスターの解体や荷運びをやってくれとあいつらの誘いをうけたのが運の尽きだった。

 サルヴァドーは頭を振って、過去のこと忘れようとする。アーサー達と縁が切れた今、考えたってろくなことはない。


「強いのに、認定なしなんて、どうしてなんです? それを教えてくれるのが報酬がわりってことで……」


「わかった。サルヴァドーさん、ないしょね」


 フラッドはこっくり頷く。


「試験を考案して、問題を考えているのが、僕なんだ」






 冒険者ギルドの永遠の課題は、冒険者の死亡率の高さだった。

 冒険者は身の丈以上のクエストをうけ、無理をして死んでしまう。


 「段位」のようなものをつくり、そのランクに応じてうけられるクエストを制限したらいいのではないか?


 無理なクエストで大怪我をし、引退した父を持つフラッドは、六歳の頃にそれを考え付き、構想をまとめて冒険者ギルドへ送った。

 その後、フラッドは冒険者ギルド総本部に迎えられ、特別チームとともに膨大なデータを分析、試験を完成させて運用するに至った。ランクごとにうけられるクエストを制限することは人権の観点から不可能とされたが、かわりに自分のランク以下のものをうけたほうが得になるようにし、結果として実力に見合わないクエストをうけようとする冒険者は減った。


 今でも、試験の問題を制作しているのはフラッドだ。なので、フラッドは冒険者ランクの試験をまとめる立場でありながら試験をうけることができない。試験問題を知っている者は試験をうけられないと決まっているからだ。


 フラッドの功績は大きい。しかしこれまでなかった制度ということで、フラッドに相応しい椅子(ポスト)がない。

 冒険者ギルドの規則をかえる動きはあるのだが、フラッドに相応の地位ができるまでの期間、暫定的に新規ギルドのマスターをしているのだ。






「ここの町は、僻地だし、モンスターの襲撃になやまされているでしょ?」


 フラッドは子どもっぽい笑みをうかべている。まだ鼻水は止まらないが、涙はひっこんだらしく、サルヴァドーはそれにはほっとした。聴かされた話が話なので、胃もたれを起こしそうになっているが。


「モンスターの実地研究もできるし、ほんとに困ったら僕が討伐に行けばいいし……痛いのやだからやりたくないんだけど……」


「はあ。強いんですね、フラッドさん」


「フラッドでいいってば。僕のほうが年下だし、サルヴァドーさん助けてくれたから」


 胸の上にトレイを置くようにして、クレアがお茶を運んできた。


「はい、マスター、サルヴァドーさん」


「あ、すんません」


「わー、お花のお茶だー」


 フラッドは漆喰で汚れた手でマグをとり、花のういたお茶を咽を鳴らして飲んでいる。

 サルヴァドーはクレアに礼を云って綺麗な手でマグをとり、口へ運んだ。なにをどうしたらあの短時間で手があれだけ汚れるんだろう?

 フラッドがからのマグをトレイへ戻す。


「サルヴァドーさん、ここのギルドまだ職員が少ないんだ。サルヴァドーさんもここで働かない?」


 サルヴァドーはむせた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ! 馬鹿がギルマスに喧嘩売ったから、流石にマズい(※受付嬢に兎も角、ギルマスに掴みかかるとか、「ギルド全体に喧嘩売る行為」をして、この場では何とかなって…
[一言] 最初は冒険者ランクが独特で、『A・B・C・D・E・F』ではなく『メジャー・3A・2A・A』とか『J・O・D・溜めて〜・A・N』みたいに実はAが高くないパターンかと思いました。なるほど、そうき…
[良い点] 強いチビってロマンがありますよね。 細い腕でも大の男を殴り飛ばせるその剛力は、魔法による強化等の賜物でしょうか。 [一言] なろう発ではない某ファンタジー小説では、冒険者の昇級に関して、冒…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ