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そして、その後は平穏無事に
彩音は窓から離れ、鍵を締めた。カーテンをしめようとしたところ、翼がはためく音が聞こえた。夜だというのに鳥が飛んでいるのだろうかと不思議に思った。気のせいだったのだろうか、夜の街頭ではやはり夜空に鳥が飛んでいる姿など見えなかった。
ふと通りの方へ目線を落としたところ、電信柱の向こう側に猫の姿を見たような気がした。電信柱の向こう側がほんのりと気味の悪い色を帯びているように見えた。オレンジのようにも緑のようにも見えたけれど、向かい側の車のヘッドライトと、そこにいま通り過ぎた自転車のライトが混じったのかもしれない。そんな風に思っただけで、その後、彩音の身にはなにも起きることはなかった。
翌朝も母はいつもどおりに「おはよう」と言って朝食を用意してくれた。父はちょうど出かけるところで、彩音は何年かぶりに「行ってらっしゃい」と言えた。音華は慌ただしいけれど、いつもらしく、いつもどおりの朝だった。
その後、彩音は二度と不思議な光を見ることもなく、校内で猫の姿を見ることもなかった。自由室に行くこともなくなり、片岡から声をかけられることもなかった。