第8話
「オマエはここで用済みだ、勇者もどき」
巨大ゴーレムビッグタイタンの双腕がイチゴに迫る。
膝を折り、俯いたままのイチゴは一滴の涙を落とした。
「……ぼくが、せっかくの救いを潰したというのならっ」
あわや巨腕がイチゴを押し潰すかと思われたその時。
ガキン! と轟音を立ててビッグタイタンの腕が左右に弾かれる。
何故ならばイチゴが頭上に向けて構えた大盾から光の壁が放たれていたからだ。
「ぼくが勇者をやるしかないっ! 今までそうしてきたように、これからもっ!」
「ビッグタイタンを凌ぐかあ」
「お願い、レプリカリバーッ! ぼくの全力をありったけっ!」
『ブレイジング』
立ち上がり、大剣を高く掲げたイチゴはその柄を力強く握った。
大剣の刃が左右に展開し、中央から聖力の光が力強く迸る。
「勇者殺法その十っ……」
「やらせると思うかい? 行け、ゴーレム軍団!」
ビッグタイタンが雄叫びを上げ、その体から熱を発した。
その熱で体表がドロドロと融解し大地に流れ落ちていく。
冷え固まったそれは音を立ててひび割れ、人の形となって無数に立ち上がる。
イチゴが消滅させた50体を遥かに上回るエンシェントゴーレムの大群。
その単眼が一斉に輝き、イチゴめがけてマグマを怒涛の勢いで発射した。
「レプリージスはジェルがサポートするジェル!」
その全てを光の壁が遮断する。
せき止められた溶岩は冷え固まるとにゴーレムとなり、
自身の硬度を活かして壁を殴り始めた。
無数のマグマ嵐と黒曜石の打撃を立て続けに喰らい、
無敵を誇っていた光の壁にもヒビが入り始める。
「馬鹿な、この数の攻撃を受け止め続ける事は勇者もどきには不可能なはずだ」
「――これはお前たち魔王軍と、ぼく自身への怒りから来る強い力だっ!
喰らえぇっ!」
白い光は青白く変化し、その激しさが増していく。
そして最大限に勢いづいた瞬間、イチゴの目が蒼く輝いた。
「乾坤一擲の大薙払いぃっ!!」
大剣から迸る蒼白の光が横薙ぎに大きく振りぬかれた。
その軌跡にあったゴーレムたちは光に触れた瞬間消滅していく。
「――――!!」
そして胴体に光が直撃したビッグタイタンは、声にならない悲鳴を上げた。
光にえぐられた部分がすっぽりと抜けてしまったように消滅したからだ。
轟音を立てながら崩れ落ちるビッグタイタン。
それを見届けたイチゴは大剣を地面に突き刺し、よりかかって息を整えた。
「はぁ、はぁっ……たいしたこと、ないなっ……」
「へぇ――怒りの力か――それでここまで――」
「ぼくの怒りはこんなものじゃ収まらないっ!
そこに居ないのはわかってるんだっ!」
ビッグタイタンが倒されたからかエステラーの声が飛び飛びになる。
イチゴはビッグタイタンの頭越しにエステラーを睨みつけ、吼えた。
「――やはり――準備ってのは――大事だね――」
「……何っ?」
「後は――頼んだよ――ルガレッド」
どこからともなく狼の遠吠えが聞こえてくる。
それを聞いた瞬間、イチゴの中の燃えたぎる怒りが急速に萎んだ。
同時に魔王軍への恨みつらみも、
人々を殺された悲しみもイチゴの中から消えていく。
「な、なにっ……これっ……」
「――チッ、覚えてやがれエステラー。おれの獲物を取らせやがって」
魔王軍への敵対心が萎えていくさまに困惑するイチゴ。
そんな彼女の前にひとりの狼男が音も無く現れる。
その体は全身が傷だらけであり、筋骨隆々な偉丈夫であった。
「勇者もどき、キサマの怒りはおれが受け取った。
キサマは自身の怒りによって殺されるのだ!」
「えっ……!?」
困惑を深めるイチゴを指差しながら、狼男は高らかに名乗った。
「おれは七大魔将がひとり、ウェアウルフ大将軍ルガレッド。
我が友の仇を横取りしたキサマは楽に死ねると思わんことだ!」
イチゴの前に現れたウェアウルフ大将軍ルガレッド。
その目を紅く輝かせながら両手の凶爪を鋭く伸ばし、イチゴに突きつける。
「おれ達魔王軍への強い憎悪。自らの手で救いきれなかった後悔。
その全てをないまぜにして昇華させたキサマの怒りは中々に煮えたぎるぜ」
「なんだとっ……」
イチゴは大剣の切っ先をルガレッドに向ける。
しかし、そこから動かない。
正確には、戦おうと心の底から思えなかったのだ。
戦いの原動力をすっぽりと抜き出されたような虚無感。
それがイチゴの心の内を強く支配していた。
(だ、だめだっ……! ぼくは勇者として戦わないとっ……!)
「ほう、戦意が無くとも得物を落とさねえか。少し見直したぞ」
「イチゴ、危ないジェル!」
にいっと牙を見せつけ、体を低めるルガレッド。
次の瞬間、その体は弾丸のようにイチゴに向けて高速で跳びかかった。
「スゥゥ……サァッ!」
「ぐ、うぅぅっ!!」
金属がぶつかり合い、弾ける音が響く。
血のように赤く、鋭利な爪が大剣によって受け止められた。
「ススス……戦意を失ってなおこれとは、よくやるな!」
「うる、さい、なぁっ……!」
「サァーッ!」
「えぇっ!?」
ルガレッドはにやりと笑うと両手に力を込め、大剣を起点に宙に跳び上がる。
虚を突かれたイチゴは普段ならば絶対にしない動揺をしてしまう。
「スゥーッ!」
空中で一回転したルガレッドは両手両足の爪を長く鋭く生え伸ばす。
そのままイチゴに狙いを定め、全ての爪を彼女に向けたまま落下する。
「シャァアアーッ!!」
「み、見え見えの攻撃でっ!」
イチゴは慌てて大剣で迎撃しようと構える。
だが、ルガレッドはそれを見てもなお笑みを絶やさない。
「……あっ! だめジェル! あれは避けないと――」
ついに長爪と大剣が交差する、その瞬間。
ビムジェルはルガレッドの企むを看破する。
だが、全ては遅かった。
「――シャァッ!」
「……かはっ」
一瞬で全身を切り刻まれたイチゴは口から血を吐く。
その身を守っていた鎧も青い髪も白い肌も全てが傷だらけになる。
大剣を地面に突き刺しなんとか倒れずには済んだが、その体は満身創痍だった。
「イチゴ!」
「友の仇は討てなかったが……。
手負いとはいえ悪くない相手だったぜ、キサマは」
「く、うぅ……」
イチゴはルガレッドを睨みつけるが、苦痛に呻くだけで何も出来ない。
それを一瞥したルガレッドは倒れているパラシアたちを見やり、
次いでヴェルポリスの方向を睨みつける。
「さて、気の乗らない後片付けをするか」
「勇者様ー! ご無事ですかー!」
「あれは……勇者様が傷ついているぞ!」
「加勢しろー! 勇者様を守れー!」
「まずは小うるさいハエ共だ」
ルガレッドの視線の先からは武装した人々が向かってきていた。
イチゴが戦っている場所まで防衛線が引き上げられたのだ。
傷ついたイチゴを発見した人々は怒り、魔族であるルガレッドに目標を定める。
「や、やめろっ……!」
「――ワオォォーーーーン!!」
ルガレッドが空に吼える。
その雄叫びは喧騒を物ともせず辺りに響き渡った。
すると、先程まで怒りに燃えていた人々の顔から生気が抜けていく。
「あ……」
「――良い怒りだ。家族を、想い人を、相棒を……奪われ、辱められた。
だから魔族を憎悪し、嫌悪して、怒りの力に変える」
目を瞑ったルガレッドは感慨深げに呟く。
そしてゆっくりと目を見開き、怯え惑う人々をじっくりと見渡した。
「キサマらの怒りは受け取った。
自らの怒りによって身を滅ぼすが良い、人族共!」
「やめろっ……やめろぉっー!」
ルガレッドが爪を研ぎ澄ましながら人々へ飛びかかる。
それをイチゴは止められず、叫ぶことしか出来なかった。
(ぼくが勇者様を倒さなければっ……! 聖界神様っ……!)
イチゴの胸中に渦巻くのは後悔。
そして懺悔。
もはやルガレッドの凶行を止められる者はどこにも居ない。
「……ジェル!? こ、この反応は……!」
否、ビムジェルは感知する。
イチゴが吹き飛ばしたはずの存在を。
普通なら勇者であろうとも耐えられない攻撃を受けたはずの存在を。
「――――メテオブレイクスマッシャァアアアアア!!!」
「シィ――何ッ!? ガッ――」
ルガレッドの真下から巨大な鉄腕が大地を割って飛び出し、直撃。
超質量の塊をまともに喰らったルガレッドは大きく吹き飛ぶ。
次いで大穴が明るく輝き、人型の何かが穴の中から空へと飛び上がった。
「――勇者ショーカちゃん、大ふっかぁつ!」
それは翼のようなマントをたなびかせた勇者ショーカの姿だった。