第7話
荒野にふたりの少女が対峙していた。
青髪ツインテールの少女イチゴは
大剣を構えながらショーカを強く警戒している。
一方ショーカは敵対心むき出しな少女の様子に困惑していた。
イチゴは改めてショーカの全身を見渡した。
ショーカの体は金属のように輝いており、右腕は異常に肥大化している。
また、身の丈に合わないハルバードを担いでいることにより
尋常ではない力を持っていることも分かった。
こんな存在は人族ではなく、エルフでもない。
つまりイチゴの考えでは新種の魔族である可能性が高かった。
「もう一度言う、お前は何者だっ!」
「な、何者って……勇者ショーカちゃん?」
「何だとっ……!」
馬鹿正直に答えたショーカの言葉に、イチゴはうろたえた。
そして顔を真っ赤に染めて目を吊り上げてショーカを睨みつける。
「嘘をつくならもっとマシな奴にするんだなっ! そんな適当なでっちあげっ!」
「ジェジェル!? まさか、いや、ようやく? なら今頃何故……」
「どうしたのビムジェルっ?」
激昂するイチゴだったが、ビムジェルの震える様子に気を取られる。
「おお、ならば……人の子の所業は……」
「ビムジェルっ? くっ、ビムジェルが応えてくれないなんてっ」
ビムジェルが謎の呟きに没頭し始め、イチゴの視線が剣呑なものになる。
そんな視線を向けられたショーカは、困惑した表情をするしかなかった。
「えっと、なんでそんな喧嘩腰なの?」
「ふざけるなっ、勇者を語る魔族めっ!
ここにいる人たちは勇者の名に誓ってぼくが守り切るっ!」
「勇者!?」
イチゴは自身の相方を狂わせた相手を魔族と認定し、攻撃する。
一方ショーカは啖呵を切ったイチゴの言葉に驚いて反応が遅れていた。
「勇者殺法そのにぃ! 見敵必殺滅多打、ちぃ!?」
「速い……!」
ガガガガ、と衝突音が連続して辺りに響く。
イチゴは一瞬の間にショーカに何度も剣戟を叩き込み、
そのままショーカを抜き去った。
されるがままだったショーカだが、その体にはかすり傷ひとつない。
イチゴは相手の硬さに、ショーカは相手の素早さに驚いていた。
「そんなっ、レプリカリバーが通らないなんてっ!?」
「待って、勇者ってあたし以外にもいたの!?」
ショーカの叫びにイチゴは動きを止める。
「しつこいっ! そんな姿で砦に入り込もうとしたってっ!」
「む、人を見た目で判断しないでよ!」
「わかりやすく人族じゃないんだよっ!」
大剣を構え直して再びショーカに襲いかかるイチゴ。
(どうしよう、勇者って名乗ってるなら神様と関係あるかもしれない……)
ショーカは相手が人間であることと、
恩ある神と関係があるかもしれないという推測からイチゴに手を出せずにいた。
そんなショーカの様子にイチゴは苛立ちを増していく。
「反撃もしないで……馬鹿にしてっ!」
「待つジェル! その人は恐らく……」
「お願いレプリカリバーッ!」
『スタンダップ』
空に掲げられた大剣の刃がふたつに開き、光が天に迸る。
ショーカは目を見開いてその光を見ていた。
「パラシアちゃんの結界と同じ……!」
「勇者殺法そのいちっ! 一網打尽のぉっ!」
棒立ちのショーカに向けて光が振り下ろされる。
「兜割りぃっ!」
青白い爆発が何度も大地を削り、ショーカの姿が見えなくなった。
イチゴは息を切らして、爆炎の向こう側を睨みつける。
爆炎が晴れるとそこにショーカの姿は無く、
大地には底の見えない大穴が穿たれていた。
「はぁ、はぁ……ぼくを惑わすような魔族を送り込んでくるなんてっ」
「な、なんてことをしたジェルかイチゴ!」
「えっ……?」
ビムジェルが焦った様子でイチゴに語りかける。
てっきり称賛の言葉が来るかと思っていたイチゴは面食らってしまう。
「あれは本物の――」
「素晴らしい!」
ビムジェルが怒鳴ろうとした瞬間、別の声が場を塗りつぶした。
「だ、誰っ?」
「ボクは生まれて初めてオマエに感謝しているよ、なりそこないの勇者もどき!」
「上かっ!」
頭上に巨大な気配を感じてその場を飛び退くイチゴ。
倒れたパラシアたちの元まで飛びのいた瞬間、
イチゴの居た場所が何かに押し潰される。
それは山のようにそそり立つ砦よりも巨大な土塊だった。
「……ご、ゴーレムの腕っ!?」
土塊はゆっくりと持ち上げられる。
その先を視線で追っていけば、人の形をした超巨大な山がそびえ立っていた。
頭や肩に雲がかかるほど巨大なそれは、しっかりとイチゴを見下ろす。
「ふん、このビッグタイタンをその辺の石人形共と一緒にしないでほしいね」
「タイタン……大昔に封印された超巨大ゴーレムのことだジェル!」
「やっぱりゴーレムじゃんかっ!」
声はビッグタイタンの頭から聞こえてきており周囲に物凄く反響している。
大剣と大盾を構えながらビッグタイタンと向かい合うイチゴ。
後ろには気絶したパラシア達、更に後ろには防衛線を守っている人々。
エンシェントゴーレムが豆粒に見える程のゴーレムを通す訳にはいかない。
一瞬で覚悟を決めたイチゴは自分の持ちうる全ての力を武具に込め始める。
「まあ、それはどうでもいいよ。重要なのはオマエがやってくれた事なんだから」
「レプリカリバー、レプリージス! ぼくの全部をもっていって――」
「本当に助かったよ。ボクらに代わって本物の勇者を倒してくれるなんてさ!」
「――……えっ?」
力を込めていたイチゴの集中が途切れる。
「な、何をいってるのさっ。ぼくを動揺させようたって……」
「さっきまでオマエは魔族みたいな奴と戦ってただろう?
そいつが勇者なんだよ」
「嘘だっ!
お前たち魔王軍がぼくを揺さぶろうとして送り込んだ刺客なんだろっ!」
「面白い妄想だね。けど真実は違う」
イチゴは顔色を悪くしながら、首を横にする。
「嘘だ、嘘だっ……だったらなんで今更、なんであんな……ねえビムジェルっ!」
すがるような表情でビムジェルに詰め寄るイチゴ。
「さっきぼくに怒ろうとした事に関係あるの?
あれは……ぼくが倒した魔族は、本当に勇者だったの!?」
「……そうジェル。あの人からは聖界神様の強い加護が感じられたジェル。
聖人のそれを容易く超えていたそれは、まさしく勇者の証。
ただ……ジェルも半信半疑だったジェル。だから……」
ビムジェルの説明を最後まで聞かずに、イチゴは膝から崩れ落ちた。
「は、はははっ……ぼくが、ぼくのせいで……本物の勇者様が死んだ……?」
「そうとも。魔王軍への協力、大変感謝するよ勇者もどき」
うなだれていた顔が力なくビッグタイタンを見上げる。
「冥土の土産に名乗っておこうか。ボクは七大魔将が一人、エステラー」
ビッグタイタンが両腕を高く振り上げる。
それだけで上空の風が乱され、地上に小さな竜巻が多数発生した。
「心配しなくてもオマエも後を追わせてあげるよ。ボクは優しいからね」
「イチゴ! 立つジェル! イチゴ!」
そして超巨大な腕がイチゴめがけて振り下ろされた。