第6話
人族最後の砦ヴェルポリス。
北には険しい山脈がそびえ立ち、東は浅い岩礁が延々と続いている僻地である。
だがそれゆえに魔王軍の侵攻が後回しにされつづけた。
その結果、この場所は人族の都市の中で最も長く生き残ることになったのだ。
そんな石造りの砦を魔族の軍勢が襲い続けている。
昼夜を問わず、魔族も下級上級入り交ざった無数の軍勢だ。
当然人々も砦を奪われまいと必死に抵抗している。
「防衛戦を死守しろ! 負傷者は下がって治療だ!」
「魔族共め、これはあいつの仇ぃ!」
「死ね、死ねぇ! あの子を奪ったお前たちはみんな死ねェ!」
戦っている人々は兵士ではない。
例えば剣の構えすらおぼつかない青年や、鍬を振り回す壮年の女性。
つまりはボロボロになった衣服の上に簡素な鎧を着込んだ一般人だった。
だが、彼らの攻撃は魔族の軍勢を押し戻している。
逆に魔族側はただの一般人相手に攻めあぐねていた。
「は、はは! 大したことないじゃないか!」
「待て、前に出過ぎるな!」
「このまま皆殺しにしてやる! この力でお前たちを――」
青年の叫びは最後まで響かなかった。
突出した青年に超高速のマグマが命中したからだ。
「エンシェントゴーレムだ!」
「気をつけろ! 奴の攻撃は俺達じゃ防ぎきれない!」
黒曜石の巨体が地平線の向こうから大勢現れる。
一体で国一つ滅ぼせる恐ろしい魔物エンシェントゴーレム。
その表現は誇張ではない。
並大抵の人間では太刀打ち出来ない災害のようなものだからだ。
「くそっ、俺達じゃあいつらには勝てねえ!」
「勇者様はまだなの!?」
「ここは主戦力がいないからって他に行ったんだろうが!」
軍勢を押し返しながらも、人々の顔は険しい。
ゴーレムの群れは遥か遠く、しかも相手はその距離から即死級の攻撃が出来る。
とある手段で戦う力を手にしている人々とて、敵う相手ではなかった。
「ならせめて防衛戦を維持し続けるだけでも……っ!」
そう呟いた男性の頭上にマグマが迫る。
目を見開き、自身の死期を悟る男性。
そのままマグマが彼を飲み込む――
「レプリージス!」
『ライズ』
――直前、光の壁がマグマを弾き飛ばした。
「ごめん、遅くなったっ! けどもう大丈夫っ!」
男性の前に立っていたのは、大盾を構えた少女。
青いツインテールをたなびかせ、背中に背負った大剣がきらりと光る。
「遥か前方にエンシェントゴーレムの群れがいるジェル!
その数約50体ジェル!」
「ありがとビムジェルっ! それじゃ一丁行きますかっ!」
少女の側には翼が二対生えた卵型の何かが浮かんでいた。
その卵ビムジェルの言葉に返答した少女は盾を構えたままぐん、と前に跳ぶ。
展開された光の壁も大盾に追従し、前方の魔王軍を轢き潰しながら進んでいく。
「「「!」」」
あっという間にゴーレム達の至近距離まで近づいた少女。
敵を感知したゴーレム達は慌ててマグマを発射する。
しかしその全てが光の壁に遮られ、少女に届かない。
「レプリ―ジスの守りは完璧ジェル!」
「あったりまえ! それじゃあ――」
光の壁にへばりついた溶岩が冷え固まり、岩の壁となり両者の視界を遮る。
その間に少女は大盾から大剣に持ち替え、力を込めた。
「――いくよレプリカリバーっ!」
『スタンダップ』
大剣の刃がふたつに割れ、中央から聖力の光が柱のように放たれる。
光は溶岩の壁をたやすく穿ち、ゴーレム一体の頭をぶち抜いた。
「勇者殺法そのいちぃっ!」
少女は大剣を高く掲げ、さらに力を込める。
光の柱は更に勢いを増し、
その色が純粋な白から青みがかった白へと変化していく。
「一網打尽の兜割りぃっ!!」
極限まで勢いづけられた光の柱は、ついにゴーレムたちに振り下ろされた。
光の奔流が溶岩の壁を叩き割り、ゴーレムの群れに降り注ぐ。
「!?」
青白い聖力がゴーレムに当たった瞬間、その体を削り取って消え去る。
そうして全てのゴーレムたちが瞬時に消滅していき、
溶岩の壁も粉々に破壊された。
聖力を解き放った大剣はひとりでに刃を元通りに戻す。
それを確認した少女はゴーレム達に背を向け、大剣を地面に突き刺した。
「――成敗っ!」
『ヴィクトリー』
同時に青白い爆発が少女の背で炸裂。
その場にあった魔王軍のあらゆる存在を一片も残らず消滅させた。
「まだまだレプリカリバーも動くジェル! イチゴ、頑張るジェル!」
「もちろんっ! ……うんっ?」
ビムジェルに急かされた少女イチゴはその場を後にしようとして、やめた。
何かが近づいているという直感を信じたためだ。
自分の感覚に従って気配のする方向に目を凝らせば、
空から何かが迫ってきていた。
「何あれっ!? 魔王軍の新兵器っ!?」
「ジェルジェル……あれは聖術による結界ジェル!」
「結界っ? でも、こっちに向かってくるっ……おっきぃ!」
豆粒ほどに見えた結界は近づくにつれて一軒家以上の大きさになっていた。
結界の正確な規模に驚いたイチゴは咄嗟に大盾を構え正面上空に聖力を束ねる。
「このままじゃ潰されちゃうっ! 受け止めてレプリージスっ!」
『ライズ』
束ねられた聖力が巨大な手の形を取り、迫る結界に向けて大きく開く。
「ぐっ、凄い勢い……っ! けど、勇者だから負けないっ!」
結界が激突した衝撃は聖力の巨手を通じてイチゴの体全体に響いた。
それを彼女は歯を食いしばり、足を地面に陥没させながらも耐える。
それでも衝撃は逃しきれず結界が止まるまでイチゴは数十メートル後ずさった。
「や、やっと止まったっ……」
結界をゆっくりと地面に下ろし、聖力を霧散させたイチゴは息を整える。
そして両手に武具を構えたまま結界に恐る恐る近づく。
「ここまで頑丈な結界を張れるなんて、
まだそんな凄い聖人さんが外にいたんだ……」
あと一歩で結界に触れられる、という距離で突然結界が解除される。
それにイチゴは一瞬ビクついたが、あらわになった光景に更に驚いた。
「――ゆうしゃ、さま……なん、とか……」
白いローブの少女、パラシアが虚ろな目で倒れる。
その周囲には様々な人々が気絶しており、誰もが苦しそうに倒れこんでいた。
「パラ姉っ!?」
イチゴは顔を青くしながらパラシアに駆け寄る。
抱き上げられたパラシアの顔色は悪く、だがその表情はどこか晴れやかだった。
「あ……あなた、は……」
「パラ姉っ! 生きていて良かった……っ! けど、これは……」
「……もう、大丈夫……ですから……ひとりじゃ……」
やわらかな笑みを浮かべながらパラシアは失神する。
イチゴはパラシアの呟いた言葉の意味が分からなかった。
「……ひどいっ!
魔王軍め、パラ姉の結界を破れなかったからってこんな手段に出るなんてっ!」
イチゴは憤り、魔王軍への恨みを募らせる。
同時に聖力で白いカーペットを編み出し、倒れている者たちを載せていく。
「とりあえず先にこの人達を砦まで運んで……また何か来るっ!?」
再びイチゴの直感が接近する何かに感づいた。
その方向に警戒していると、銀色に輝く何者かが走って現れる。
それは吹き飛ばしたパラシアたちを追ってきたショーカだった。
「あ、やっと見つけた。うわ、気絶してる!? 強すぎたかな……」
「お前、何者だっ!」
「え?」
パラシアたちの様子を見て罰の悪そうな顔をするショーカ。
そんな彼女にイチゴは大剣を向けて強く警戒した。
どうやらショーカのヴェルポリス入りはすんなりとはいかないようであった。